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経団連新会長「手塚治虫『火の鳥』は問いかける」 サステイナブルな資本主義のために|十倉雅和

成長一辺倒では自分の首を絞めてしまう。/文・十倉雅和(住友化学会長)

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十倉氏

「志を高く」

「引き受けた以上は志を高く持って全力を尽くす」

5月10日の記者会見では、経団連会長就任についてこのように抱負を語りました。

実は、会長就任の打診を受けた直後は、「自分にできるだろうか」「身の丈を超えているんじゃないか」としばらく考え込んでいました。

その悩みを、弟(物理学者でノーベル賞候補にも名の上がる十倉好紀氏=編集部注)に打ち明けたんです。我家は2人兄弟で学年も3つしか離れておらず仲がいい。弟は普段から「家のことは兄貴に任せる。俺は財産も何もいらんから」と言っている典型的な次男坊。そもそも実家は兵庫の地方都市の普通の家庭でしたから、財産なんてないに等しいんですけれど(笑)、私よりはだいぶしっかりしている人間で、節目節目に話を聞いてアドバイスをくれます。

弟は私の悩みに対して、「受けるか受けないかはどっちでもいいけど、やるんだったら志を高く持ったほうがいい。中途半端な気持ちだったら何もできないよ」と。弟のくせになかなかいいこと言うなと感心して、就任会見で「志を高く」を使わせてもらいました。

前会長の中西(宏明)さんが志半ばで退任されることになり、さぞご無念であろうと思います。中西さんとは、2015年に私が経団連副会長に就任してから6年間のお付き合い。その考え方には、日頃から共感していました。特に中西さんは、「資本主義は制度疲労を起こしている。ここを見直してサステイナブル(持続可能)な資本主義にしていかないといけない」と度々おっしゃっていた。

私もこの考えに共鳴していたので、新会長として「サステイナブルな資本主義」を、経団連のいの一番のスローガンとして引継ぎました。

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環境破壊に警鐘を鳴らした

“いったん立ち止まる”ことの大切さ

実は私自身は、住友化学社長就任(2011年)ぐらいまでは、市場原理主義や小さな政府といった新自由主義を信奉していました。

これには、時代背景もあったと思います。就職後の1980年代に、サッチャリズムやレーガノミクスなどの新自由主義経済政策がもてはやされ、米英の経済が復活しソ連邦崩壊まで起こった。アメリカの著名な政治学者であるフランシス・フクヤマは、『歴史の終わり』を書いて、自由主義経済と民主主義の勝利を高らかに宣言しました。

しかし、それから30年が経過し、世界はどうなったかといえば、自由主義経済も民主主義も先行きが危ぶまれている。世界人口は70億を超えるほどまでに増大し、人間の経済活動によって地球温暖化といった気候変動の問題が起こっています。新型コロナのパンデミックも、人間の活動範囲が広がり、生態系が破壊された結果です。格差も恐ろしいほど広がり、アメリカでは最上位1%の国民が、所得の20%、資産の35%を握るほどまでになってしまった。このまま効率性を重視するだけの経済活動を続けて本当にいいのか、私自身も問題意識を持つようになりました。

今の状況は、手塚治虫先生の漫画作品『火の鳥』で、予言されていたのかもしれません。『火の鳥』は、マンガ好きの私が最も感銘を受けた作品の一つです。私の会社の部屋にも13巻を揃え、秘書も棚から借りて休み時間に読んでいます。もともと漫画を読むことが趣味で、若い頃は鞄に必ず1冊入れて1日1冊は読んでいました。可愛がってくれていた上司がそれを見とがめ、「もうちょっとマシな本を読め!」と本を放り投げられてしまったこともありました(苦笑)。

『火の鳥』は手塚先生のライフワーク的長編で、ストーリーごとに時空を行ったり来たりします。今の状況に示唆的だと思うのは、その中の「未来編」です。人工知能が人間を支配する世界で、ある日、人工知能どうしが喧嘩を始め、最終的に核戦争で人類の大半は滅んでしまう。放射能に汚染された地球で、火の鳥の力によって不老不死となった主人公は、何十億年と生き続けます。身体が滅び、魂のみになっても死ねずに生き続ける。その間、地球には何度も高等生命体が誕生するのですが、いつも同じ過ちを繰り返して滅んでいく。高度な文明を発展させても、結局は成長一辺倒が災いして自分で自分の首を絞めてしまうのです。その様子を主人公は見守り、「高等生命体もいつかは、自分たちそして地球をしっかりコントロールできるようになるだろう」と信じて待ち続けます。

「未来編」は50年以上前に発表された作品ですが、AIの暴走や生態系の破壊が描かれていて、まるで近未来を描いているようで新鮮です。従来型の資本主義に限界が見えつつあるなか、私たちに“いったん立ち止まる”ことの大切さを教えてくれているのではないでしょうか。

経団連も一度原点に立ち返り、経済界の役割とは何かを真剣に考え直しました。そうして昨年11月、新構想である「。新成長戦略」を発表したのです。最初に句点を打ったのは、これまでの成長戦略にいったん終止符を打つ、という決意の表れです。一見すると、ちょっと読みづらいですけどね(笑)。「。新成長戦略」では、日本がコロナ禍を乗り越えて、“持続可能な成長”を実現するための提言を盛り込んでいます。

喫緊の課題は、気候変動への対策です。政府は2050年までに温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標を掲げています。関係先と議論を深め、排出削減に向けた施策を早急に実行に移していきたい。

オイルショック直後に化学メーカーに

昔話になりますが、私が住友化学に入社した1974年は、ちょうど環境問題や公害が社会で表面化しはじめた時代でした。企業の社会的責任が追及されるなか、オイルショックも起こった直後で、親や親戚からは「化学メーカーなんかに入って大丈夫か?」と相当心配されました。私は経済学部でしたが、もともと数学や物理が好きなんです。本当は理系の研究者になりたかったけれど、高校の恩師が「君はそういうの向いてないよ」と。それでなんとなく経済学部を選んでしまいました。

夢を簡単に諦めてしまったことで、今でもどこかに理系コンプレックスがあり、面白そうな科学の本は読み漁ります。社長就任時の記者会見で冗談で「高校時代は弟より数学が出来たんですよ」と言ったら、いろんな人が真に受けてしまって後で困りました(笑)。

これは入社後に知ったのですが、実は住友化学は公害を克服するために生まれた会社なのです。

住友グループの原点は、1691年に開坑した愛媛・別子銅山にあります。銅山で採掘した銅の製錬をおこなっていましたが、明治時代になると、製錬の際に出る亜硫酸ガスが近隣の農作物や森林に大きな被害を与えるようになりました。当時の住友総理事・伊庭貞剛はなかなかの人物で、多額の資金を投じて工場を瀬戸内海の無人島に移動しました。ところが風向きの関係で、ガスがまた陸地に流れ被害が出た。四苦八苦した末に次の総理事の代になって、最終的に亜硫酸ガスを回収して肥料を製造するという解決策に至ります。それが住友化学の前身の「住友肥料製造所」となり、肥料によってわが国の農作物の生産性も向上したのです。

技術の進歩が環境問題を生み出しましたが、それを解決できるのもまた科学技術。現代の日本も産業界が一丸となって取り組めば、新たな道が開けるはずです。住友化学も、光合成における二酸化炭素の吸収を促進する微生物資材の開発など、地球温暖化や気候変動の問題に取り組んでいます。

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「お騒がせするかもしれません」

今年6月、DeNA会長の南場智子さんが女性初の経団連副会長として就任され、注目を集めました。南場さんには、過去に何度かお願いしていましたが、固辞され就任はかないませんでした。中西さんが「ジョブ型雇用」や大胆な働き方改革を掲げたのをご覧になり、「経団連も変わりつつある」と思っていただけたのではないでしょうか。

南場さんの就任はいろいろな意味で象徴的です。一言でいうと「多様性」になるでしょうか。南場さんは女性初の副会長でもありますが、なによりベンチャー企業の創業者です。私の知る限り、創業者で経団連副会長になられた方はこれまでいない。大きな刺激を与えてくださると期待しています。

新体制になってから最初の会長・副会長会議で、印象的なことがありました。南場さんが会議の席上で、「私はここにいる皆様方に比べると、女性で、創業者だし、ちょっと違う考え方を持っているのでお騒がせするかもしれません」と挨拶されたのですが、大歓迎です。

私が言いたいのは、同じような人間が集まって組織が均質化しては、大きな変化は起こらないということです。歴史を振り返ると、戦後の日本社会は均質性と効率性をひたすら追求することで、経済成長を実現してきました。それはそれで日本的な利点もありましたが、多様性は生まれにくい。

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南場氏

グッドルーザーを認める空気を

日本経済が「活きのよさ」を取り戻すためには「多様性」が必要です。それは、アメリカの例を見てもわかるとおり、多種多様な人材の中から、新しいアイデアが生まれ、イノベーションが起こっていくものだからです。

では、企業としてできることは何か。一つに、採用のあり方の見直しがあります。

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