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【イベントレポート】文藝春秋 100thカンファレンスシリーズ 「支援型リーダー大全」 - 「個」と「組織」の成長を促す心理的安全性と、当事者意識の萌芽 ‐

コロナ禍で加速したテレワークはコミュニケーション不全を生み、部下のマネジメントに悩む管理職が増えている。4月14日(木)に開催された文藝春秋100周年カンファレンスシリーズ「支援型リーダー大全」では、コミュニケーションを活性化させ、社員の自律を促す「心理的安全性」や「サーバント(支援型)リーダーシップ」について、識者や経営者らが考察した。

基調講演

「失敗を許容する、恐れない組織のリーダー像」
~個と組織の成長を促す『感情的信頼』の構築と『心理的安全性』

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早稲田大学商学部准教授、『恐れのない組織』解説者
村瀬 俊朗氏

心理的安全性の提唱者、エイミー・C・エドモンドソンの著書「恐れのない組織」の解説文を執筆した早稲田大学の村瀬俊朗氏は、心理的安全性が求められる理由と、その構築の仕方について語った。

イノベーションを支える創造的な発想には、情報・知識などの新しい掛け合わせが必要だ。しかし、情報量が膨大な現代では、1人がカバーできる情報は限られる。また、人の脳は、関連性の高い情報を固まりにして記憶する構造になっているため、発想が固定化して新しい要素の掛け合わせが難しい。

そこで、チームで協力し合って情報を取捨選択し、掛け合わせる必要があるのだが、チームメンバーが類似した情報を扱う場合は組織レベルでも、発想の固定化が起きる。組織内から多様な意見を集めたり、外部から刺激を取り入れたりしようとしても、組織は、なじみのない考え方を拒絶する。

組織の発想の固定化を乗り越えるのに必要となるのが「心理的安全性」だ。これは2012年にグーグルが行った「プロジェクト・アリストテレス」で、創造的チームの特徴を分析した結果、最重要項目の1つとされて注目された。心理的安全性があると「こんな発言をして無知だとか、邪魔だとか思われないだろうか」という不安がなくなり、情報共有を円滑に進めることができる。

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心理的安全性は、チームリーダーがイライラや怒りを表出させることで失われるので、リーダーは感情的行動に走らないことが重要だ。村瀬氏は「なんだかイライラする」状態は、生物が持つ生存等のための情動(身体生理的反応)なので、まずは思考を働かせて情動の理由を理解し、感情として意識する。人は感情を抑え込もうとすると、限られた意識資源を感情抑制に費やし、仕事のパフォーマンスなどを低下させるので、抑制ではなく、前向きな感情になるように状況を再解釈することが望ましい。 創造的な組織になるためには「リーダーが、自身や職場のメンバーの感情に向き合うことが大切だ」と語った。

特別講演①

社員とクラウドワーカーで組織を変える
コーポレートトランスフォーメーションの実現に向けて

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株式会社アイドマ・ホールディングス
コンサルティング事業部事業部長兼人材開発室室長
中村 光太郎氏

在宅ワーカーを活用して成長してきたアイドマ・ホールディングスの中村光太郎氏は、従業ん約200人の10倍以上、約2200人の在宅ワーカーを活用して生産性を高める、同社の取り組みを紹介した。

営業・業務・経営支援事業を手掛ける同社が、在宅ワーカー活用を始めたのは2015年。出産後も仕事を続けたいというアルバイトの女性の要望を受けて、コールセンター業務を在宅でできる仕組みを構築した。当初は定着率の低さに悩まされたが、コミュニケーションの改善などを進めて、約2年をかけて安定した仕組みを確立。15年当時、社員15人、アルバイト20人ほどだった同社は、コールセンター以外にも在宅ワーカー活用の幅を広げることで、社員数の枠にとらわれない事業規模拡大を実現してきた。

同社は、在宅ワーカーを「収益拡大のために必要となった新たな機能・役割の担い手」と捉える。そこでは、社員を増やすなど別の選択肢もあるが、在宅ワーカーを活用すれば、固定費を削減でき、採用失敗などの雇用リスクも少ない。新組織がうまく機能しない場合にも抜本的な改革を行いやすい。在宅ワーカー採用は、他の労働市場に比べて容易、といったメリットがある。

在宅ワーカー活用は、まず業務の棚卸しを行って在宅向けの仕事を切り分ける。営業部門なら、リードを獲得するインサイドセールスや、提案資料作成等の営業事務に在宅ワーカーを活用。これにより、営業担当社員は、直接的に収益を生む顧客との商談に集中でき、社員1人当たりの生産性も高まる。

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同社は、営業・業務支援サービスをパッケージで提供。専属支援チームが、同社の在宅ワーカー活用ノウハウも使って、インサイドセールスチーム構築や、サービス提供部門拡大などのための組織づくり、採用、マネジメントまでを内製化できるように支援する。「営業データを使った再現性のある手法で受注率を高める営業の仕組みづくりと合わせて、顧客企業が収益性の高い組織に変革できるよう後押しする」とアピールした。

スペシャルインサイト

「適材適所に全力を尽くす」
~能力を発揮しやすい環境を創る、藤田晋のリーダー論~

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株式会社サイバーエージェント
代表取締役
藤田 晋氏

「言葉は後から知ったが、サーバントリーダーシップを心がけてきた」というサイバーエージェントの藤田晋氏は、トップに情報を集約して組織を運営していた以前と異なり、今はインターネットであらゆる情報を入手できるので「サーバントリーダーシップが時代に合っていると思う」と話す。

24歳で起業、26歳で東証マザーズ上場を果たした藤田氏は、小さく始められるインターネット事業の特徴を活かし、さまざまな事業を興して社員に任せ、それを支援する形で会社と社員を成長させてきた。ただし「それぞれが頑張れば、足し算で伸びるわけではないので、方向性をそろえるためにトップが会社の方針を発信する必要がある」。

同社のビジョンは「21世紀を代表する会社を創る」。震災やコロナ禍など、不測の事態が続くが、「何があっても他人のせいにできないのが経営。どんな事態にも対処する覚悟を持てば、やるべきことはぶれない」と語った。

特別講演②

ダンボールが教えてくれた「社長の反省」~心理的安全性が組織を変える~

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Unipos株式会社
代表取締役社長CEO
田中 弦氏

2020年8月、米国SECにて上場企業に対し「人的資本の情報開示」について義務付けることを発表し、近年、日本の企業経営においても人的資本への取り組みの重要性が高まっている。Unipos(ユニポス)の田中弦氏は「経済成長を経験していないZ世代と、その上の世代との『価値観のギャップ』をはじめとする日本企業の組織課題を解決するためにも、人的資本経営における組織力の抜本的強化が必要」と訴えた。

会社による身分保障が揺らぎ、帰属意識が低下する中で、個人スキルへの志向を強めるZ世代も含めた社員を束ね、集団の力を引き出すには、社内の仲間の行動を互いに知り、興味を持ってもらうことが有効だ。

組織力の抜本的強化をテクノロジーで促すのがUniposというサービスである。称賛したい仲間の行動をUniposに投稿し、社内で共有する。感謝の意味を込めて少額ポイントを付与する「ピアボーナス」で盛り上げることで、月間アクティブユーザー率は80%以上。全公開で「誰がどんな働きをしたか」を共有することで、「誰がどんなノウハウを持っているか」が可視化され、組織の協力関係が強化される。

また、「この人はどんな行動をしているか」をUniposで知ることができれば、面識のない他部署の社員同士がコミュニケーションしやすくなる。「どんな行動が称賛されるか」を知れば、自身が行動する際の不安も少なくなる。この積み重ねが心理的安全性につながっていくという。

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Uniposは、離職が多いことに悩んだ田中氏が、他者の良い行動を発見して段ボール箱に投票してもらい、「月間で最も良いエピソードを提供した人に寿司をおごる」という「発見大賞」の実験をきっかけに開発された。そこには「成果を知っていても、影に隠れた努力や働きっぷりなどのプロセスを知らなかった」という経営者としての反省がある。

「知恵を出し合い、偉大な成果を残す」ことが企業組織の醍醐味だが、組織を信じ切れなくなっている若い世代の価値観の変化には対応が必要だ。「組織マネジメント手法は世代で変わる」と語った。

スペシャル対談

「樋口泰行-リーダーの流儀」

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パナソニック コネクト株式会社
代表取締役執行役員社長
樋口泰行氏
(聞き手)『文藝春秋』編集長 新谷 学

今年4月から持株会社制に移行したパナソニックグループで、法人向けソリューション事業を担うパナソニック コネクト社長の樋口泰行氏は、激動期のリーダーには「会社を変えるパッションと、変化のステップをデザインする力が大切だ」と語った。

樋口氏は大学卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に入社。1991年にハーバードビジネススクールに社費留学したが、その経験を活かしてもらえなかったことから退社。経営コンサルタントを経て日本ヒューレット・パッカード、経営再建中のダイエー、日本マイクロソフトの社長を歴任した。

社費留学後に退社したことに負い目があったという樋口氏は2017年に専務として25年ぶりに古巣へ復帰。「デジタル化した世界ではハードウエアの製造販売だけでは勝てない」と、サプライチェーン専門のソフトウェア会社、ブルーヨンダーを買収し、産業のソフト化やリカーリングを視野に事業ポートフォリオを整備。組織にダイナミズムを取り入れる変革を進めてきた。

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「良い経営の基本は、企業風土、カルチャー、社員のポジティブなマインド」と強調。会議の座席表作成など、収益や顧客満足につながらない業務を見直し、口頭やチャットでの迅速なすり合わせを推奨。役員室を廃止してフロア中央に席を置き、意識的に現場への声かけをして、トップから「会社全体のトーン」を変えることに努めた。

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「現場との距離を縮められず、若い人の感性を理解しないオールドファッションなリーダーは、現場の情報を得ることも、メンバーのモチベーションを高ることもできない」と、サーバント(支援型)リーダーシップの必要性にも言及。ただ、支援だけではなく「現場の情報からアクションを決断し、メンバーを引っ張ることも大事」と述べた。流動性のない組織の中で、同質なメンバーが議論しても正解にたどりつくことは難しい。外部からの学び、意見を採り入れて変革にチャレンジしようと訴えた。

特別講演③

「今、サーバント・リーダーシップが人と組織を救う理由」

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NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会理事長
株式会社レアリゼ代表取締役
真田 茂人氏

まだ「サーバント・リーダーシップ」という言葉も、日本ではあまり知られていなかった2000年代初めから、その普及に取り組んできた日本サーバント・リーダーシップ協会理事長で、組織開発コンサルティング、レアリゼの真田茂人氏は、その考え方や背景を説明した。

サーバント・リーダーシップは、米国のロバート・グリーンリーフが提唱した「まず相手に奉仕して、その後に導く」というリーダーシップの哲学。米国ビジネス界の著名経営者に広がり、日本でも同協会顧問を務めた資生堂の故池田守男・元社長らが取り入れた。「サーバント」の言葉を明示的に用いなくても同様の考え方を実践している経営者も多い。真田氏は、グリーンリーフの定義を補足して「大義のあるミッション・ビジョン・バリューを示し、それを遂行してくれるメンバーに奉仕するリーダーシップ」とまとめる。

部下を畏怖させ、命令する従来の「支配型リーダーシップ」に対し、サーバント(支援型)リーダーシップは、部下の主体性を尊重し、傾聴のコミュニケーションを重視することで、先を見通すことが難しく、ビジネスの正解も見えない現代に必要な自律型人材・組織を育てる。

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「俺はこう思うが、どうだ」と同調を求める支配型リーダーに部下はノーとは言えない。リーダーも常に正解を知っている訳ではないので、考え方の切り口を示すくらいにとどめ、後はメンバーが自由に意見を表明できるようにしなければ、環境変化に対応した新しいアイデアは生まれてこない。

サーバント・リーダーシップは、マネジメントや組織開発スキルを習得すれば発揮できるものでもない。真田氏は「スキルをアプリケーションとすれば、OS部分に当たる人間観、世界観、価値観、哲学といった前提となる考え方をアップデートする必要がある」と強調。「支援するだけの甘いリーダーではなく、組織の規律を共に考え、フィードバックすることも大事」と語った。

スペシャル対談

「勝利の哲学」
~自主性を尊重し、信頼関係を築く、支援型リーダーとしての実践知~

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青山学院大学地球社会共生学部教授
陸上競技部長距離ブロック監督
原 晋氏
(聞き手) スポーツジャーナリスト 生島 淳氏

2004年に青山学院大学陸上競技部長距離ブロックの監督に就任し、6度の箱根駅伝総合優勝に導いてきた原晋氏が、サーバント(支援型)リーダーシップについて、スポーツジャーナリストの生島淳氏と語り合った。

冒頭、原氏は「すぐに支援型リーダーシップがいいと勘違いしないでくださいね」と切り出した。就任当初のチームは、門限破りもあり、規律の弱い組織だった。「そういう組織状態で、サーバント・リーダーシップや自主性の尊重と言ってもうまくいかない。まずは規律と理念の共有が必要だった」と振り返る。最初は、監督が「選手としてどうあるべきか」という理念を示し、指示命令して実行させる支配型リーダーシップでスタート。理念が定着した8年目ごろからサーバント型に徐々に移行した。「組織状態を把握して、それにリーダーシップ、マネジメント手法を合わせるべき」とする。

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生島氏が「支援型リーダーシップによる自走する組織にはメンバーの発想・表現力が必要。青学を取材すると、しっかり話せる選手が多い」と水を向けると、原氏は「軍隊のようだった」という高校時代の経験に触れ、体育会系組織は指導者・先輩の指示に服従する文化があるが、「言われたことをきちんとやるだけでは、何が正しいのか分からない今の社会に通用しない」として、リーダーは「社会人になった後も、選手時代に頑張ったことが有益になるような仕組みを持つべきだ」と話した。

表現力については「心理的安全性」がカギになると考え、新入生には「とんちんかんでも構わないので自分の意見を言いなさい」と指導する。フレッシュな感覚の意見は、組織をより良くするためにも必要となる。

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また、適正な評価基準も重要だ。会社でも「失敗を恐れずチャレンジしよう」と語る経営者は増えたが、失敗を否定する評価基準のままでは、機能しないので、理念と整合した評価基準を明確にしてメンバーと共有する必要を指摘。「答えのない時代です。チャレンジあるのみです」と視聴者を励ました。

2022年4月14日 文藝春秋にて開催
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。

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