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公立中高一貫校が作る「受験の新常識」

いま、東京・茨城を端緒に公立トップ校の“一貫化”が加速している。受験の新常識をつくる公立中高一貫校の実態に迫った。/文・おおたとしまさ(教育ジャーナリスト)

外国人教師が教えるのは理科

「え、これが学校?」

広島空港から車で約25分。さらに竹原港からフェリーで約30分で瀬戸内海に浮かぶ大崎上島へ。港から島に3台しかないタクシーに乗り約20分でようやく昨年新設された県立の中高一貫校、広島叡智学園中学校・高等学校に到着した。海水浴場の近くに建てられたコテージ型リゾートのような趣の建物群が目の前に広がっていた。

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広島叡智学園中学校

職員室はIT企業のオフィスのよう。職員室がある管理棟と教室棟は「学びの回廊」と呼ばれるオブジェ風の通路で繋がっている。

教室棟にある“教室”は、一般的な学校の教室とはまるで違う。各部屋を仕切る扉はなく、うしろもまえもない。自由な向きに机と椅子を置くことができ、天井の至るところにプロジェクタが設置され、どこの壁を電子黒板にして使ってもいい。教室そのものに“意図”がなく、生徒や教員が空間を思いのままに使えるようになっている。そもそもホームルーム教室というものがなく、生徒たちは授業ごとに場所を移動する。理科の授業を覗いてみると、

「手を放す場所によって結果が変わってきてしまうと思うのですが、それはどうすればいいんですか?」

「そのとおりだね。では、リリースポイントを一定にするにはどうしたらいいかな?」

「あっ、そっか!」

生徒と教員のこんなやりとりが英語で行われていた。しかし、これは英語の授業ではない。外国人教師が理科を教えているのだ。

「木の枠にペットボトルがこすれると浮力が正確にわかりませんよね。これはどうすればいいんですか?」

「いいところに気づいたね。それは……」

生徒たちは必ずしも流暢な英語を話しているわけではない。ときどき「えーっと、『支える』って、英語でなんて言うんだろ……」などと日本語でつぶやきながら、それでも果敢に英語で質問する。

「生徒一人一人が別々の実験をそれぞれに行っています。実験器具を組み立てて、実験の手順も自分で考えて、結果の考察をレポートにまとめます。そのプロセスを記す文書もぜんぶ英語で書いてもらいます」(オーストラリア出身の理科教員ショーン・リチャーズさん)

これがいまどきの“公立中学校”なのである。

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国際バカロレアとは

国語の授業では竹取物語を扱っていた。生徒に出されている課題がユニークだ。物語の登場人物について、レポートを新聞の紙面風にまとめて提出するのだ。仕上がり間際のレポートを見せてもらうと、スポーツ新聞を思わせるユーモアたっぷりの見出しを付けた力作が多かった。

「iPadを開いて」

国語の教員が指示すると、生徒は各々もっているiPadを開き、課題の目的やレポートをまとめるうえでの重要観点などが書かれたシートの入ったファイルを確認する。

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国語で出された課題

体育と音楽を融合した授業も行われていた。iPadの「ガレージバンド」というアプリを使って、チームごとにパーカッションベースのリズム音楽を作曲。さらにそれぞれの生徒がオリジナルのリズムを挿入して、自分の曲を完成させる。そのリズムに合わせて体の動きを振付して表現する。

「国際バカロレアのカリキュラムでは、その一部で2つの教科を融合した授業を行わなければいけないことになっています。この授業では体育と音楽に共通の『美しさ』というコンセプトを核にしています」(体育科教員の佐藤甲斐さん)

国際バカロレア。この言葉を聞いたことがある人は教育関係者以外まだ少ないだろう。しかし今、同制度に対応した公立中高一貫校が全国で同時多発的につくられているのだ。

「国際バカロレア」とは、ヨーロッパを中心とした国際規格の大学入学資格制度だ。スムーズに海外大学に進学できることが大きなメリットではあるが、そうでなかったとしても、カリキュラム自体に魅力がある。探究型の学習、教科横断型の学習が多く、これからの時代を生き抜くグローバルな人材を育成する国際標準プログラムなのだ。

世界153カ国で約5000校が同制度の認定を受ける。日本で学校教育法に基づく正式な学校として認められている学校のなかで国際バカロレアの高校卒業レベルの認定を受けているのは昨年11月11日時点で31校。圧倒的に私立が多い。

公立中高一貫校ではすでに札幌市立札幌開成が認定校になっている。さらに高知県立高知国際、大阪市立水都国際、宮城県立仙台二華、さいたま市立大宮国際、そして広島県立広島叡智学園などが候補校としてすでに国際バカロレアのカリキュラムに則った教育を行っており、国際バカロレア機構から認定校昇格の知らせが届くのを待っている。

広島から新しい教育を

広島叡智学園の特徴は、国際バカロレア導入予定であることに加え、全寮制であることだ。県の教育委員会によれば「国際バカロレアを導入することよりも全寮制であることが先に決まっていた」というから、海外にあるようなボーディングスクールを広島県につくろうという思惑が当初からあったことは明らかだ。

全国に先駆けて広島県からまったく新しい教育を発信する――その旗艦校としての使命が広島叡智学園にはある。

初年度の入学生約40人が寮で暮らしている。シェアハウスのような1棟に10人ずつの共同生活。起床は6時15分。週末も欠かさず毎日19時30分から21時までは「自主学習」の時間だ。学費は寮費を含めて中学生で月約5.5万円、高校生で約6.5万円である。

「並行していくつもの教科の課題に取り組まなければならないので自己管理能力が求められます。でもこういうことが、将来仕事でも役立つはず」と生徒たちの意識は高い。

定期試験はなく、さきほどの「竹取物語新聞」や英語の理科実験レポートのような各教科における単元ごとの「総括評価課題」の積み重ねが学年成績になる。

校内では英語がまるで第2公用語のように使用されているが、入学に際して英語のテストはない。1次選抜はペーパーテスト形式の適性検査と面接だが、2次選抜はなんと2泊3日の「共同生活」だ。初年度の倍率は9.38倍、2年目は7.13倍だった。

県立の学校だが、県外の生徒も受け入れる。当然批判も多かった。

「多様性を学ぶ学校において、県外生徒がいることも多様性として積極的に受け入れようという判断です。1期生40名の中には県外からの入学者が10人います」(県教育委員会の松岡靖樹さん)

さらに国際バカロレアのカリキュラムと並行して、独自の「未来創造科」という科目を設定している。いわゆる「総合的な学習の時間」だ。島民の「幸福」についてインタビューを行ったり、島内でのインターンシップを行ったりしている。地の利を活かした教育として、全寮制、国際バカロレアに続く、学校の第3の特徴になっていくことだろう。

この1年を振り返り、当初の期待に対して学校としてのできばえは何パーセントかと林史校長に問うと、「120%」との採点。

生徒にも話を聞くと、

「ここに暮らしていると、これが当たり前だと思ってしまいますが、考えてみると、自然豊かですごくいい環境ですよね。毎日友達と寝泊まりして、みんなで自転車で買い物に出かけたりして、楽しい」(生徒A)

「就寝時間前20分間はケアリングタイムといって、お互いを思いやって静かに過ごす時間です。唯一、1人になれる時間だから好きです。その時間に家族と連絡をとったり、本を読んだりします」(生徒B)

との答え。あえて不満も聞くと、

「ときどき1人になりたくて、食堂で1人で食事をしていると、それに気づいた先生が一生懸命話しかけてくることがあります。気をつかってくれているのだとは思いますが、『違うんだよな〜』と思うことがあります(笑)」(生徒C)

と、いかにも難しい年ごろらしい答えが返ってきた。

海外の伝統あるボーディングスクールの寮には、学年の異なる生徒同士が共同生活を送るなかで生徒たちに染み込む「文化」がある。それこそがボーディングスクールの価値だが、文化は一朝一夕には育まれない。広島叡智学園はこれから数十年単位の長い時間をかけてそれを醸成することになる。

適性検査に英語

さいたま市では公立小学校の1年生からグローバル・スタディという教科を設置して英語に取り組んでいる。それを下地として、さいたま市立大宮国際中等教育学校の適性検査(いわゆる入試)の2次選抜では、グローバル・スタディの授業と同様の形式で英語での集団活動が行われ、それを評価対象とする。1次選抜では英語のリスニング問題も出される。

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さいたま市立大宮国際中等教育学校

1学年は約160人(海外居住者や外国籍の生徒を対象にした特別選抜枠が1割程度含まれる)。初年度だった昨年の倍率は6.31倍、2年目は4.39倍だった。

電子黒板に所得金額別世帯数の相対度数分布の棒グラフが映写されている教室を覗いた。

「日本の世帯年収の平均っていくらくらいだと思う?」

教員が生徒たちに問いかけると生徒の1人がふざけて答える。

「えー、3000万……?」

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