森功

「加計問題」で首相を守った元秘書官の現在|森功

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 いつのまにかまわりに政敵がいなくなり、権力基盤が安定したからといっても、権力者は高枕で熟睡できるわけではない。政権が長くなればなるほど、傍に仕える腹心の裏切りも怖い。常に蟻の一穴を恐れ、不手際のあった者を中枢から外していく。残った側近たちはただひたすら権力者の意に沿い、ときに威を借りて反対意見を抑え込む役割を担う。そして彼らはやがてずる賢い佞臣と化し、国を亡ぼす――。

 いわばごく一般の権力の末期症状なのだが、そのいくつかは今の安倍政権にあてはまっているように感じる。

 2017年から18年にかけて通常国会を揺るがせたモリカケ問題では、多くの不祥事が明るみに出た結果、問題に対処したエリート官僚たちが霞が関から去っていった。森友学園でいえば佐川宣寿、加計学園では柳瀬唯夫がその代表だろう。また、目下の桜を見る会では、内閣官房や内閣府の課長たちが責めを負っている。

 愛媛県における加計学園の獣医学部新設に向けて奔走した経産省の〝柳瀬発言〟を借りれば、モリカケサクラはどれも「首相案件」である。柳瀬はそこで矢面に立ち、経産省を追われる結果になった。

 1984年4月入省の柳瀬は、82年に旧通産省入りした今井尚哉の2年後輩にあたる。二人はともに経産省でエネルギー畑を歩み、原発維持論者として知られる。民主党政権時代、資源エネルギー庁次長として福島第一原発事故の対応に迫られた今井が原発ゼロ政策に抵抗してきた件は私自身何度も書いてきたが、こと原発の具体的な政策については、むしろ今井より柳瀬のほうが通じている。柳瀬は00年から02年にかけて問題になった東京電力の原発データ改ざん事件を受けた04年6月、エネ庁の原子力政策課長に就任。原発立国論をぶち上げ、下火になりかけた核燃サイクルを進めてきた。

 柳瀬は12年12月、第二次安倍政権発足と同時に、首相の事務秘書官に抜擢され、トルコなどへの原発輸出を進めようとした今井の政策の下支えをし、さらに安倍政権の中枢として、加計学園問題に対処してきたわけだ。経産省の後輩である藤原豊(87年入省)もまた内閣府に出向し、「国家戦略特区構想」を受け付ける内閣官房地域活性化統合事務局総括参事官や内閣府地方創生推進室次長として、加計悲願の獣医学部新設を叶えた。

〈4/2(木)、獣医師養成系大学の設置について、県地域政策課長・今治市企画課長・加計学園事務局長らが内閣府藤原次長及び柳瀬首相秘書官らとそれぞれ面談した結果は、次のとおり〉

 18年当時話題になった2015年4月3日付「愛媛県文書」を改めてたどると、こうある。

〈≪柳瀬首相秘書官の主な発言(総理官邸)15:00≫
・本件は、首相案件となっており、内閣府藤原次長の公式のヒアリングを受けるという形で進めていただきたい。
・国家戦略特区でいくか、構造改革特区でいくかはテクニカルな問題であり、要望が実現するのであればどちらでもいいと思う(以下略)〉

 17年の衆院予算委員会閉会中審査で「(今治市職員らと)会った記憶はない」といい続けてきた柳瀬は、翌年、この文書の発覚により、「加計学園関係者と会った覚えはあった。だが、愛媛県や今治市の職員と会った記憶はない」といった旨の白馬非馬論を披露。「加計学園の関係者と会ったかと尋ねられなかったから、17年当時そこは答えなかった」という世に言う〝ご飯論法〟を展開した。

 その柳瀬は首相秘書官を経て15年8月に事務次官の登竜門である経済産業政策局長、17年7月に経産省ナンバー2の経済産業審議官に昇りつめていた。が、さすがに18年の国会答弁であえなく次官を断念し、退官する。「首相案件」における失態にもかかわらず、首相や今井たち最側近の官邸官僚たちは責めを負わない。柳瀬はトカゲが切り離した尻尾のような扱いを受けたように見える。が、実はそうでもない。

 柳瀬は昨年早々、ダイナブック(旧東芝クライアントソリューション)やNTTグループの非常勤取締役に就任。さらに年末には、国際協力銀行(JBIC)にも迎え入れられた。

 東芝といえば、経産省の後押しで原発事業に乗り出し、米ウェスティングハウス社を買収して大火傷をしたのは記憶に新しい。柳瀬はエネ庁の課長時代に今井とともに東芝の原発ビジネスをあと押ししてきた当の本人でもある。またJBICでは、日米豪のプロジェクト連携を担当する「シニアアドバイザー」というポストに就いているそうだ。言うまでもなくJBICは、日本政府がすべての株式を保有する政策金融機関である。安倍政権の看板政策の一つである発展途上国などへのODA絡みのインフラ輸出とセットの融資をおこなう。

〝経産内閣〟の一員だった柳瀬をはじめ国会で失笑を買った高級官僚たちは、何があっても首相の意に逆らわず、政権を守り続けてきた。彼らが天下り先で優遇されるのは、その恩返しというより、むしろ野に放つわけにはいかないからだろう。ちなみに藤原は17年7月の定期人事で、インフラ輸出担当の貿易経済協力局審議官となり、19年に退官している。(敬称略)

(連載第8回)
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■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。
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