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〈泥縄だったけど、結果オーライ〉民間臨調が検証した「2020年のコロナ対策」

なぜ日本は死者数を低く抑えられたのか? その内実は泥縄式対応の連続だった。「民間臨調」が総括した「日本モデル」の虚構と真実とは——。/船橋洋一(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長)

<この記事のポイント>
●今回の日本のコロナ対策について、官邸スタッフは「泥縄だったけど、結果オーライだった」と証言しており、「再現性」はない
●その一方で、官邸と専門家の間での「科学と政治の協業作業」は機能したといえる
●「日本モデル」を自作自演の「成功物語」にさせないことが大切だ

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船橋氏

「日本モデル」は危うい

欧州ではふたたび新型コロナウイルスの新規感染者が激増しています。一方、日本は比較的低レベルで推移し、現在までに亡くなった死者数は約1700人と、人口100万人あたり約13人。米国や英国はこの50倍、ドイツですら9倍にも上ることを考えれば、日本の人口比死者数が先進工業国の中では低いことは明白です。

安倍晋三首相(当時)は緊急事態宣言を解除した際、「日本モデルの力を示した」と胸を張りました。「日本モデル」とは、クラスター対策と法的強制力を伴わない行動変容の組み合わせによって、感染拡大防止と経済再生を両立させる日本政府のアプローチのことです。

しかし、この人口比死者数の差は本当に日本モデルが奏功した結果なのか?

独立系シンクタンクの一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)は政府から独立した立場で「新型コロナ対応・民間臨時調査会」を立ち上げ、国内初の感染者が確認された1月15日から半年間の政府の対応について、当事者にヒアリングを重ねてきました。そして10月8日、調査・検証報告書を菅義偉首相に手渡しました。

460ページを超えるその報告書の結論の章に、ヒアリングの中で官邸スタッフが残した印象的な証言を引用しています。

「泥縄だったけど、結果オーライだった」

これは何を意味するのか。報告書はこう指摘しています。

〈「日本モデル」の形成過程は、戦略的に設計された精緻な政策パッケージのそれではなく、様々な制約条件と限られたリソースの中で、持ち場持ち場の政策担当者が必死に知恵を絞った場当たり的な判断の積み重ねであった〉

場当たり的でも結果が出れば政治的には評価されます。ただ、それでは将来に同様の危機が到来した時の再現性はありません。つまり、「日本モデル」の基礎は危ういものであることが浮かび上がったのです。

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安倍前首相

福島原発のチームふたたび

調査を始めたきっかけは、今年3月23日、小池百合子都知事の発言でした。

「都市の封鎖、いわゆるロックダウンなど、強力な措置をとらざるを得ない状況が出てくる可能性がある」

この一言で前日までの3連休で国内に漂っていた自粛緩和のムードは一変しました。大変なことになると思った私は、東京慈恵会医科大学教授の浦島充佳氏に連絡しました。

浦島氏とは7年前、テロリズムや北朝鮮崩壊などありうる危機対応を想定した『日本最悪のシナリオ 9つの死角』という本を共同で執筆した仲間です。浦島氏はこの本の中で、新興感染症パンデミックのシナリオ――重症患者の急増で人工呼吸器が足りなくなり、助かる見込みのない人の人工呼吸器を外して見込みのある人に移す「命の選別」を迫られる悪夢を予見していました。

APIの前身である日本再建イニシアティブは東日本大震災後、「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)調査・検証報告書」を取りまとめた経験がありますが、その時のチームのコアメンバーと浦島氏を中心に勉強会をスタートさせ、7月末、新型コロナ対応に関する「民間臨調」を立ち上げ、再び感染拡大の波が来るかもしれない冬に入る前、そしてできれば臨時国会が開かれるときまでに報告書を出すことを決めました。

第1波に対する対応のうち、何がうまく行き(ベストプラクティス)、何がうまく行かなかったか(課題)、その両面を知っておけば、次の危機への備えに役立てられるはずだと考えたからです。

調査会の4人の委員会には、小林喜光・三菱ケミカルホールディングス取締役会長をトップに、政権の改革姿勢を問うてきた大田弘子政策研究大学院大学特別教授、福島第一原発事故では国会事故調査委員会(国会事故調)の中心だった弁護士の野村修也中央大学法科大学院教授、政治と科学のあり方が専門の笠貫宏早稲田大学特命教授に、それぞれお願いしました。政府にも臆せず物を言ってきた小林氏ら委員の陣容は、心強いものでした。

中堅官僚の貴重な証言

ヒアリングは、関係閣僚を筆頭に各省庁の官僚や自民党の役職者、医師会、東京都や北海道の関係者のほか、専門家会議メンバーなど計83人から延べ101回に及びました。

現場の官僚や専門家の方々は匿名ですが、安倍晋三前首相、菅義偉首相のほか、加藤勝信厚生労働相(現官房長官)、西村康稔新型コロナ対策担当相、専門家会議副座長の尾身茂地域医療機能推進機構理事長(7月からコロナ分科会会長)など関係の役職者9人には実名でお話を伺うことで了承を得ました。

主要当事者のうち小池百合子都知事は、残念ながら都合がつかないとのことでインタビューはかないませんでしたが、知事指名の都の幹部の方が代わりに応じてくださいました。

ヒアリングにおいては、当事者の話を丁寧に聞き、事実認定をしっかり行うこと、検事のように罪を追及したり裁判官のように人を裁いたりといった姿勢ではなく、「自分が政策当局者であったらどうするか」という当事者意識を持つことなど7つの原則を定めました。真実を知るため検証する、そこから教訓を学ぶ、ことを何よりも重視する姿勢です。南アフリカでアパルトヘイト撤廃以前の人権侵害を調べた「真実和解委員会」の思想とも通い合うものが下敷きにあります。

とはいうものの現在進行形の危機の検証は初めての経験で、当事者がどこまで心(その前に口)を開いてくれるかという懸念もありました。はじめはコチコチに硬かった官僚もそういう姿勢で真摯に問いただしてくるということがわかると、正面から答えてくれるようになり、1時間半の最後の30分は結構緩んで冗談も出るようになります。

とりわけ中堅官僚の口からは、いくつもの貴重な証言を引き出すことができました。時にはこの間、身を粉にして取り組んだ自らの経験を記録に残しておきたい、それを託すからね、という思いも伝わってきました。

危機管理は、組織が一丸となって総力を投入しなければうまくいきません。府省横断の司令塔機能の構築がカギになります。

今回のコロナ対応では1月28日、新型コロナ感染症を政令で感染症法上の「指定感染症」と定めたため、中核となる事務局は、新型インフルエンザ等対策特別措置法で定める内閣官房の通称「インフル室」ではなく、感染症法を所管する厚労省となりました。

しかし、厚労省だけでは省庁横断的な危機には対応できません。ここでは官邸主導で招集された内閣官房、厚労省、外務省、防衛省、経産省などの幹部による「総理連絡会議」を設置し、刻々と状況が変化する中で情報を一元化させ、意思決定の構造をフラットにし、意思決定を迅速にする司令塔をつくりました。事務局は特措法改正でできたコロナ室が担うようになってようやくフルに機能し始めました。

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加藤厚労大臣(当時)

正しかった加藤厚労大臣の“白旗”

そして迎えた最大の危機が、ダイヤモンド・プリンセス号の集団感染でした。政府は乗客乗員3711人の14日間の船内隔離という異例の措置にでます。これほどの大人数を収容できる宿泊施設が見当たらなかったからです。

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