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旬選ジャーナル<目利きが選ぶ一押しニュース>|村山祐介

【一押しNEWS】「自国優先主義」ではコロナは終息しない/5月3日、朝日新聞朝刊(筆者=奈良部健)

旬選ジャーナル1、村山カオP

村山祐介(ジャーナリスト)

怒声のなか、走り出したバスに殺到する群衆。幹線道路を埋め尽くす家族連れや若者たち。人影が消えた街を見慣れた目には、別世界の光景だった。

新型コロナウイルスで封鎖されたインドの都市から3月末、職を失った数百万もの出稼ぎ労働者が一斉に帰省を始めた。密集どころか押し合い状態で、道中で力尽きて死ぬ人も出た。なぜそこまで帰ろうとするのか、今一つ腑に落ちなかった。

「逃げないと飢え死にすると思った」

解雇されて全てを失い、炎天下、村まで約150キロ歩いたという運転手は、この記事の中でそう振り返った。所持金はわずか約200円。人々はみな無言で、聞こえるのは子どもの泣き声だけ。村にたどり着いても「病気をまき散らしにきたのか」と息子が怒鳴られたという。

あの群衆一人一人にこうした悲壮な物語があったと思うと、息が苦しくなった。

1年前、私はメキシコで似たような群衆の中にいた。暴力や貧しさから逃れた移民がキャラバンと呼ばれる数百人規模の集団をつくり、親たちが子どもの手を引きながら幹線道路を黙々と歩いていた。

こうした移民を目の敵にしてきたトランプ米政権は、新型コロナ対策としてメキシコとの国境を閉鎖し、難民申請の受け付けを停止し、即時強制送還を徹底。米国境警備隊が4月に国境で対応した移民は、前年同月から85%も減った。送還されてきた移民が感染していたケースも相次ぎ、中南米で波紋を広げている。

国連によると、昨年の国境を越える移民は2.7億人。やや古いデータだが、世界全体で国内の出稼ぎや避難民は7.4億人との推計もある。グローバル化で加速し、激しい摩擦も引き起こしてきた10億人規模のヒトの奔流は、新型コロナで一瞬にして凍り付き、滞留し、逆流を始めた。

だが、ヒトの動きが巻き戻れば一件落着、というほど話はシンプルではない。

ヒトの逆流とともに、ウイルスは医療体制がもろい途上国に押し寄せている。「ソーシャル・ディスタンス」を保つことも、「ステイ・ホーム」もままならず、手を洗う水すら貴重なスラムや難民キャンプでも感染が広がっている。

世界銀行によると、今年の世界の出稼ぎ労働者などから本国への送金は2割減る見通しで、生活を支える仕送りも先細る。国連大学の研究所は、5億人が貧困に陥る恐れがあるとの報告書をまとめた。貧困や失業、紛争、治安悪化といった窮状が一段と悪化することは避けられない。

SDGs(持続可能な開発目標)で2030年までになくすはずだった貧困は、10年分の努力が消えかねないという。「誰も置き去りにしない」とうたう SDGsの理念の実現は、風前の灯になっている。

誰かを置き去りにしてしまうと、何が起きるのか。それを考えるヒントになるのが、徹底した水際対策で当初は感染を抑え込み、「お手本」とまで称された医療先進国シンガポールの蹉跌だろう。

1部屋で10人超が集団生活する出稼ぎ外国人労働者の居住区で感染が爆発的に広がり、結局、都市封鎖を余儀なくされた。自国民向けの手厚い支援が届かない出稼ぎ外国人が対策の「穴」となり、1番弱い所をウイルスに突かれた形だった。

貧富の格差の最底辺で鬱屈した不満が、噴出する可能性もある。米移民政策研究所のパパデメトリオウ名誉所長は米紙で、欧州難民危機や中米キャラバンを挙げて「自暴自棄になった人々が国境に押し寄せるかもしれない」と警鐘を鳴らした。

ウイルスに国境も県境もない。自国ファーストでなりふり構わず自分たちだけ守ろうとしても、足をすくわれかねない。危機時だからこそ、「誰も置き去りにしない」という平時の約束を思い起こしたい。



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