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【51-社会】自決から50年 三島由紀夫の予言していた日本|平山周吉

文・平山周吉(雑文家)

「『日本』はなくなってしまうのではないか」

ちょうど50年前のあの日、三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で腹を切らず、いまだに健在だったら――。大正14年(1925)生まれの三島は95歳である。瀬戸内寂聴先生よりも3つ年下、佐藤愛子先生よりも2つ年下だから、いまだに元気溌溂、日本人2人目のノーベル文学賞作家になってもサービス精神は相変わらずで、親しい美輪明宏(丸山明宏)と一緒にテレビに出て、イジラレたりして、呵々大笑していることだろう。

ある年代から上の日本人にとって、昭和45年(1970)11月25日は忘れられない日である。その25年前、昭和20年(1945)8月15日が日本人全体にとってのメモリアルデイなのに匹敵する。8月15日は日本という国家にとって運命の日だったから当然である。11月25日は、三島という「天才」がほとんど独力で創出し、演出し、主役を演じ切った特別な日である。

こんな日ってあるだろうか。25年後の1995(平成7)年には、1月17日に阪神・淡路大震災、3月20日にオウム真理教の地下鉄サリン事件があった。その2つを合わせても三島事件の衝撃には及ばないのではないか。さらに25年後の2020(令和2)年はいま現在(10月の時点で)、そうした「特別な1日」は出現していない。

戦争も戦後も遠くなり、三島の死も遠くなりにけり、となるはずなのに、三島の文学と行動はいまも現役感を濃厚に醸している。2020年もまず映画「三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」が公開された。三島が憂国の士であるだけでなく、愛嬌ある人気者だったことに触れられる貴重なフィルムである。当時の若者向け週刊誌「平凡パンチ」で三島は人気投票第1位だった。石原慎太郎も石原裕次郎も、三船敏郎も長嶋茂雄も加山雄三も高倉健も抑えてのトップだった。三島は「男」を売りにしていたが、女性たちにも人気があった。やはり最近出た『彼女たちの三島由紀夫』(中央公論新社)を読むとよくわかる。三島のナイトぶり、良きホストぶりは全開だ。

事件についてなら、西法太郎『三島由紀夫事件 50年目の証言――警察と自衛隊は何を知っていたか』(新潮社)が出た。非公開だった三島事件の裁判記録を閲覧し、当時の警察と自衛隊の関係者にも取材している。警察は三島たち楯の会の不穏な動きを掴んだ上で、自決するまで静観していたのではないか。そこには国家権力の秘かな意思が働いていたのではないか、と問いかけている。

三島事件の、いや三島由紀夫の全体像を把握することは極度に難しい。三島という人の周到に張り巡らされた仕掛けと意志はとても一筋縄では解けないからだ。三島は檄文で「われわれは4年待った」と叫んだ。その最後の4年間をとっても、ライフワーク『豊饒の海』4部作だけでなく、『文化防衛論』『革命哲学としての陽明学』があり、『日本文学小史』『小説とは何か』があり、『太陽と鉄』『英霊の聲』があり、『サド侯爵夫人』『わが友ヒットラー』『朱雀家の滅亡』がある。楯の会があり、歌舞伎があり、映画があり、日本では未刊の写真集『三島由紀夫 男の死』(篠山紀信撮影)もある。

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