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出口治明の歴史解説! ロックフェラー、ビルゲイツ、ジョブズ…アメリカに大富豪がたくさんいる理由

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年7月のテーマは、「アメリカ」です。

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※本連載は第36回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】アメリカが独立したとき、いまのアメリカの地図でいえば、東のはじっこに少しの領土があるだけでした。そこから西部へ急拡大できたのは、なぜでしょうか?

これは、一言でいえば、偶然のおかげです。当時のアメリカはめちゃくちゃラッキーでした。

独立戦争(1775~1783)で、フランスが加勢してくれたことは前回の講義で説明しましたね。

フランスは17世紀から、北アメリカ大陸に、いまのカナダにあたる植民地(ヌーヴェルフランス)や仏領ルイジアナ(ルイ14世にちなんでつけられた名称)という植民地を持っていました。ルイジアナは、現在のルイジアナ州などアメリカ15州にまたがる広大な地域です。

さらにフランスは、中央アメリカの西インド諸島にサン=ドマングという植民地も持ってました。現在のハイチ共和国があるところで、コーヒーや砂糖がとれる豊かな植民地です。フランス革命が起こると、この地でアフリカ人奴隷によるハイチ革命(1791~1804)が起こりました。

フランスはハイチ革命に手こずり、19世紀に入ってフランスの権力を握ったナポレオン・ボナパルト(1769~1821)は、西半球における事業に興味を失ってアメリカに仏領ルイジアナを売却することにしました。1500万ドルという破格の安値でした。「とくに産業もないルイジアナをアメリカが欲しがってるなら売ったらええ」という具合です。アメリカ独立後はカナダに北米の拠点を構築した連合王国が、いつ南下してくるかわかりませんし、アメリカとの友好関係を維持するというメリットも計算したのでしょう。

1803年4月に条約が交わされ、アメリカは領土が2倍になりました。

日本のことわざでも「隣の土地は借金してでも買え」といいますが、地つづきの土地を持っていると何かと便利でメリットが大きいということです。コロナの影響でこの考えは変わるかもしれませんが、少し前までは、会社でも「同じビルのオフィスが空いたらとりあえず借りておけ」とよくいわれたものです。

アメリカは同様に、1819年にスペインから南部のフロリダを購入しています。現在の感覚からすると、これも貴重な買い物ですが、当時のアメリカ大陸は、ただ土地がどこまでも広がるだけで何もありません。どの土地も二束三文だったということです。

ラッキーといえば、アラスカ購入もあります。西へ西へと進んで太平洋に到達したあと、1867年にロシア帝国が「アラスカ北部の植民地を買ってくれ」といってきたので、これも720万ドルの安値で買いました。永久凍土と呼ばれる土地ですから、アメリカ国民からは大不評でした。交渉を担当した国務長官のウィリアム・スワード(1801~1872)にちなんで「スワードの冷蔵庫」と揶揄されたのです。

ところが、1896年に金鉱が発見されたことによってその評価は一変します。「あのとき買っておいてよかった」となりました。20世紀になって米ソ冷戦の時代を迎えると、メリットはさらに大きなものとなりました。

結果的に当時の意図とは変ったり、あるいは偶然が重なったりするのが歴史のおもしろいところです。

【質問2】アメリカには、昔からロックフェラーやカーネギー、現代ではビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなど大富豪がたくさんいますよね。トップ1%の所得が、国民所得の20%以上を占めているともいわれます。なぜアメリカには大富豪がたくさんいるのでしょうか?


明治期の日本や現在の中国と同じで、経済が高度成長するとき(戦争も典型的な高度成長です)に、大富豪は生まれるものです。アメリカは建国以来、世界でもっとも高度成長の時期が長く、そのたびに大富豪が生まれてきました。

最初の億万長者といわれるのは、ドイツ出身のジョン・アスター(1763~1848)です。彼は、独立戦争(1775~1783)のあと毛皮貿易で大儲けし、ニューヨークの不動産やアヘンの密貿易で資産を増やしました。母国ドイツでは貧しい育ちだったそうです。

ジョン・アスターのように、外国からアメリカに渡って億万長者になるのが、アメリカン・ドリームの原型です。母国で貧しく育っても、「アメリカで一旗あげたるぞ」と夢を抱いてアメリカに移住してくる。それが経済成長の原動力となっています。

現代では、留学生や移民がそうですね。オンライン会議やオンライン授業でお世話になっているZoomを2011年創業したエリック・ユアンも中国から渡米した若者でしたね。

経済成長があると大富豪が生まれ、新しい大富豪が出てくるからさらに経済が成長するともいえますね。

もちろん、そのドリームが果たせるのはごくごく少数の人たちです。外国からの移民が億万長者になれる確率は、おそらく宝くじよりも低いかもしれません。

しかし、世襲制や身分制社会とは違って、どんな貧乏な生まれでも大富豪へのハシゴは昇れます。貧富の差がひどくても、このハシゴがかかっているからこそ夢にむかって頑張れるのです。

大富豪だけではなく、外国人でも頑張れば、政府の高官や軍隊のトップになれることもドリームです。世界史のなかでは、モンゴル帝国(1206~1634)やオスマン帝国(1299~1922)が有能な外国人を政府高官に登用して国が栄えました。実力主義だと思えば、みんなが頑張るからです。「うちは国籍、人種、出自などで差別しませんよ。みんな上をめざして頑張ってください」というメッセージを送ることも重要です。

2020年8月にアメリカ空軍の参謀総長に黒人初のチャールズ・ブラウンさんが就任するのもそうですね。「我が国は肌の色や人種で差別しませんよ」と誰もが目に見える形で示すことで、みんながやる気になるのです。それでもなかなか人種差別がアメリカでなくならないのは、この数回、説明してきたとおりですが、差別をなくそうというのが、アメリカという国の目標であることは間違いありません。

少し話がずれますが、これから生まれる大富豪はどのような人たちでしょうか。いまなら新型コロナウイルスのワクチンや特効薬の開発に携わることでしょう。世界で最初に安全な薬やワクチン開発すれば、世界の歴史に名を残し、巨万の富を得ることができます。

実際に、アメリカをはじめ世界中で、新型コロナウイルスの特効薬やワクチンの開発に、研究者だけでなくベンチャー企業も挑んでいます。日本では、一部に医療や薬の開発を儲け話にすることを避けるような風潮もありますが、さまざまなモチベーションから研究に打ち込み、成果を出すのは決して悪いことではありません。

業績に見合った名声だけではなく富を手に入れることも重要です。そういった考え方が、アメリカ発展の原動力になっているのです。

(連載第36回)
★第37回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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