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【特別対談】北島康介×宮藤官九郎 / オリンピックはでっかい運動会だ!

みんなにとって、オリンピックって何だろう? 北島さんは「小学校の運動会をどんどん大きくしていったもの」、宮藤さんは「夏フェスのイメージ」と語る。ワクワク感とドキドキ感、56年ぶりに五輪が戻ってきた東京で、「お祭り精神」を思い出そう!/北島康介(アテネ・北京五輪金メダリスト)×宮藤官九郎(脚本家)

水泳界は『いだてん』に夢中

北島 宮藤さんとは是非お話ししてみたかったんです。前回のリオ五輪で一度お会いしましたよね。

宮藤 あの時は『いだてん』の脚本執筆のためにオリンピック取材をしていたんですよね。北島さんと一緒に開会式を見るという機会もいただいたのに、途中でちょっと寝てしまって……。怒らせたんじゃないかと、ずっと心配でした。

北島 大丈夫です、僕も途中でウトウトしてしまいました(笑)。開会式当日に現地に到着したばっかりで、かなりしんどくて。時間も日本と真逆ですから。

宮藤 治安が悪化していたので、会場まで北島さんと一緒に防弾ガラスの車に乗せてもらって。そんな危険な場所に行くのかと一気に不安になりました。無事に会場に着いた瞬間、安心感と同時に疲労感がどっと来て、「やべぇ、まじ眠い」と思いながらいつの間にか……。

北島 体は正直ですからね。

 北島康介(37)は、2000年のシドニー五輪でオリンピック初出場を果たし、100m平泳ぎで4位入賞。2004年のアテネ五輪では、100m・200m平泳ぎで金メダル。さらに2008年の北京五輪では、両種目で金メダルを獲得し、競泳で日本人唯一の2種目2連覇を達成した。2012年、4大会連続出場となったロンドン五輪では、メドレーリレーで銀メダルを獲得。4つの金を含めて計7個のメダルを獲得している。2016年4月の日本選手権で現役引退を表明した。

 宮藤官九郎(49)は、現在放送中のNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』の脚本を担当。日本人が初めて出場して大惨敗を喫した1912年のストックホルム五輪から、1964年に東京オリンピックが実現するまでの、明治・大正・昭和の半世紀にまたがる激動の時代が描かれている。

 実は、北島は、その『いだてん』でドラマデビュー。戦後日本の水泳界で活躍し「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた水泳選手・古橋廣之進(1928〜2009年)役を演じた。

北島 水泳界の重鎮たち、びっくりするくらい『いだてん』に夢中になっています。僕の出演が発表された時、「お前出るの!?」ってかなり騒がれました。僕はドラマを通して水泳の歴史についてすごく勉強させていただいて、後輩達にも勧めていたんですけど、まさか自分が出演するところまで行きつくなんて……。しかも僕、古橋さんには大変お世話になったんです。

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北島氏

宮藤 そうなんですか?

北島 僕が初めて代表入りした時に日本水泳連盟の会長を務めていらっしゃったので、色々と指導していただきました。シドニーで4位に入賞した時も、「次はお前が引っ張っていくんだぞ」と声をかけられて。でも、すごく怖い人でした。

宮藤 なんか怖かったらしいですね。僕も取材で聞きました。

北島 大会になると選手達の前で挨拶されるんですが、話をちゃんと聞いていない選手がいると、「おら、そこのお前! 出てけ!」って怒鳴ったり。

宮藤 怖い……。

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宮藤氏

戦後日本のヒーロー

北島 中学生の時に中指を切断する事故に遭われていて、いつも手をポケットの中に隠してお話をされているのが印象的でした。付き合いが深まってからやっと手を見せてくれて、「これでも泳ぎ続けたんだ」って言われて、感動しました。

古橋さんは世界水泳選手権大会が開催中だったローマで亡くなられたんですが、僕は亡くなられる数日前にご挨拶したんです。「お前、ちゃんとやれよ」って声をかけていただきました。古橋さんの母校の日本大学で弔辞も読ませていただいて。だから、ドラマで演じた時は感慨深かったです。宮藤さんは脚本を書くにあたって、すごく色々と勉強されたんじゃないですか?

宮藤 戦後復興の中でのスポーツの話が一番面白かったですね。食糧難の中で、古橋さん含めた選手達がカエルを食べながら練習に打ち込んでいたりして。

古橋さんは「戦後日本のヒーロー」と呼ばれて、活躍をすごく期待されていたんですよね。ところが1948年のロンドンは日本の参加が許されず、1952年のヘルシンキはアメーバ赤痢にかかって8位という結果。その時に実況で、「日本の皆さん、どうか古橋を責めないでください。古橋の活躍なくして戦後の日本の発展はあり得なかったのであります」と流れて……。僕、どうしても負けた選手の方に共感しちゃうんですよね。古橋さんにはちょっと、ドラマを感じてしまいました。

今につながる戦い方

北島 『いだてん』を見ていて、水泳がここまで長く国民に愛される競技になったのは、先代の方々が土台をしっかりと作ってくれていたからなんだと、改めて感じました。

日本代表監督などで活躍した松澤一鶴さん(1900〜1965年)は、数字やデータを集めて分析するという科学的なトレーニングを採用していましたが、この戦い方は今の水泳に繋がっていると思います。マラソンだと走る環境やコースも影響すると思いますけど、水泳競技は純粋な記録スポーツですから。

宮藤 一鶴さん、大丈夫ですかね、あんな描き方で……。他のキャストは遺族の方が現場に見学に来てくれるのに、「俺だけ来ない」って、演じている皆川(猿時)さんがずっと気にしているんですよ。

北島 ちょっとコミカルに描かれていますよね。一鶴さんは東京都水泳協会の初代会長。僕もそこの副会長を務めていて、昔の話を聞いていると一鶴さんも怖かったらしいです。

でも、選手にかける熱意はすごいと思います。教え子たちが兵隊に取られていく中で、それでも選手を強くしたい、活躍させたいという思いを持って指導していた。戦争で競技大会が禁止になっても、こっそり記録会を開いたりしていて驚きました。僕も平井(伯昌)さんというコーチに中学生の時から指導してもらっていたので重なって。やっぱり、自分1人じゃ何も出来なくて、強くなるためには周りの人が引き上げてくれるという要素が大きいんだなと思いました。

あと、主人公の田畑政治さん(1898〜1984年)が「勝つ選手しか要らない」って口癖のように言っていました。「勝ち」にこだわって、強い選手を輩出するために努力されていた歴史も、今の水泳界に脈々と受け継がれていると思います。

たった10分の1秒の差

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前畑氏

宮藤 勝ちへのこだわりで言うと、前畑秀子さん(1914〜1995年)が1932年のロサンゼルスで銀メダルを取った時にトップと0.1秒差で、当時の東京市長から「なぜ金メダルじゃないんだ。たった10分の1秒の差じゃないか」と責められるんですよね。あの言葉って、どういう意図で言ったのかなと思うんですが……。

北島 僕は、逆にその言葉に水泳の魅力が詰まっていると思っています。0.1秒という数字にこそ、4年間積み上げてきたものが発揮されるんです。前畑さんはその0.1秒が悔しくて、もう4年頑張ってベルリンで金を獲得する。その時の前畑さんの気持ちや行動が、僕にはすごくよく理解できます。

僕もシドニーであとちょっとのところで4番になって。日本に帰ってきた時に、メダリストとして扱われるのとそれ以外として扱われるのとの差に、悔しさを感じました。それが「もっと強くなりたい」と思った大きなきっかけでした。

宮藤 我々の世代って、「1番になることだけが偉いんじゃない」という教育を受けちゃってるじゃないですか。でも、選手はやっぱり1番になりたいですよね?

北島 もちろんです。

宮藤 今の時代はそこのジレンマがあって、メダルを逃した選手たちが帰国した時に、腫れ物に触るような感じを受けることもあるんじゃないかと思うんです。

北島 でも、やっぱり金メダルは期待されて当然だし、それを狙える選手はどんどん狙いに行くべきだと思います。注目される選手こそが、きちんと結果を残せる宿命にあるというか……。もちろん、岩崎恭子さんみたいに、ノーマークだったのに、いきなり金メダルを取ってしまう選手もいます。それもスポーツの魅力の1つだと思います。

宮藤 オリンピックの4年というスパンはどう感じているんですか? 古橋さんもそうですが、開催年が選手としてのピークとずれていてメダルを逃すこともありますよね。

北島 ほとんどの選手がそうです。何よりもまず、4年もの間、意識を高く保ち続けることがすごく難しいと思います。そんなことが出来るのはピラミッドの頂点にいる人たちだけ。正直に言うと、僕は自分でメリハリを作ってやっていました。「いま頑張っても絶対得することないな」って思った時は、仮病使って休むこともありました。ちゃんと練習の先の目標や結果を見定められないと、1つひとつの練習に意味がなくなってしまいますから。

宮藤 絶対にそうだと思います。前畑さんの話に戻るんですけど、彼女はロサンゼルスの銀メダルの後、次の大会まで1日も休まずトレーニングを続けていたらしいんです。

脚本を書く時に、「このへんで前畑のシーン作りたいんだけど、何してたんだろう」「ずっと泳いでたみたいです」「泳いでただけ?」というやり取りが何度かあって(笑)。正直、「まだこれから4年もあるのに、今から頑張らなくてもいいんじゃないかな」って思ってました。時代もあるんですかね。

北島 今は、自分を高めていく楽しさがないと、なかなか練習も続けられない選手が多いと思いますが、当時は根性論が強かったんじゃないですかね。田畑さんが金メダルにこだわったから、選手にかかる負荷は大きかったと思います。泳いでいて「楽しい」って思う選手は、もしかしてあんまりいなかったんじゃないでしょうか。

ミスしたら終わりの世界

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北島 水泳が面白いのは、泳ぎ方がずっと進化しているから、どの種目でも世界記録が毎年更新されていることです。例えば、陸上の100m走なら現時点では9秒5が限界と言われていますけど、水泳はまだ天井が見えないんです。

宮藤 僕が『いだてん』で書いていた時代はタイムを手動で計測していましたけど、今はデジタル化が進んで、さらに緻密に計測できるようになっていますよね。

北島 今はあらゆるものを分析できます。ワンストロークの細かい動きとか、呼吸についてもどれくらい息が止まっているのかとか。

宮藤 でも、そうやって細かく分析できるようになると、何でミスしたとかがすぐに分かって、言い訳出来なくなりそうですね。

北島 一瞬ミスしたら終わりの世界ですから。水泳選手はミスを挽回する能力が低いと思います。ミスは命取りだから。僕はミス出来る競技がすごく羨ましかったんです。野球だったら3振しても、次の回にホームランを打ったら一瞬でチャラに出来るじゃないですか。

宮藤 なるほど(笑)。

北島 チーム競技だったら人に失敗をなすりつけられる。「お前が悪いんじゃねえかよ!」って言える環境っていいな、と思ったことがありました。

宮藤 水泳って、戦っているのは自分1人だけですもんね。

北島 僕が引退した理由の1つは、それです。個人で世界と闘えないと気づいたら、そこが引退するタイミングです。引退後にリオで観戦していて、出たいという気持ちもわいてこなかったですから。「泳いだところでもう勝負できないな」と。逆にほっとしたというか。あの時に“引退”を実感しました。

水泳は個人競技ではあるんですが、2000年以降は「チームジャパンで勝ちにいく」というスタイルが生まれているんです。どんどん世代交代していく仕組みを作り、若い世代がお互いを刺激しあって、日本水泳を牽引してもらう。僕の時代と違ってレベルも上がってきているので、後輩達には色んなことにチャレンジしていってほしいなと思います。

“フラ”の関係

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平井コーチ

宮藤 さっき話に出てきましたけど、北島さんの師匠である平井さんと、一度取材でお会いしたことがあるんです。

北島 本当ですか。気難しくなかったですか?

宮藤 いえ、器の大きい人だなと思いました。

北島 僕は平井コーチに「お前を金メダリストにする」って宣言されて、文字通り、2人3脚でやってきたんです。平井コーチは選手一人ひとりの良い面と悪い面をちゃんと把握して伸びしろを見出していく人。そういう意味で、すごいコーチだったと思います。

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