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“元ゴーストライター”作曲家・新垣隆さんがコロナ禍で「オンライン音楽大学」を設立した!

インタビュー&文・神山典士(ノンフィクション作家)

新垣さんが「学長」の音大って?

作曲家でピアニスト。老舗音楽大学の非常勤講師として教壇に立つ傍ら、「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音がプロデュースする人気ポップバンド「ジェニーハイ」のメンバーとしてステージにも立つ――。

新垣隆(49)は今、音楽の世界で、八面六臂の活躍を展開する。

新垣の名前が世に知れ渡ったのは、今から6年前、2014年2月のことだった。私が『週刊文春』に寄稿した記事の中で、新垣は全聾の作曲家として持て囃された佐村河内守のゴーストライターだったことをカミングアウトした。そして、一躍「時の人」となった。

これまで佐村河内の「嘘」に協力し続けてきたという自らの罪を真摯に償おうとする新垣の人柄は、多くの人の共感を呼んだ。罪悪感から一度は音楽の世界から身を引くことまで決意した新垣だったが、その才能にほれ込んだ人々から「音楽界への復帰」の声がやまず、2014年の夏ごろから徐々に「自分自身の音楽活動」を再開した。その後の活躍は冒頭に述べたとおりだ。

そんな新垣が今、Withコロナ時代における「音楽界のニューノーマル」を求めるアクションを開始しようとしている。

世界を混乱に陥れた新型コロナウイルスは、音楽界にも多大な影響を与えている。緊急事態宣言が解除された6月以降、徐々に演奏活動が再開されつつあるとはいえ、コロナ下では客席の「3密回避」等の規制がかかり、多くのアーティストが「これでは食っていけない」と悲鳴をあげている。演奏する側だけではない。ファンやリスナーも、これまでのように自由に演奏を楽しむことができずに“音楽的な欲求不満”が溜まっている。

そんな音楽界の現状に対して新垣が出した答えは意外なものだった。

「オンラインによる音楽大学」の設立だ。その名も「シブヤ音楽大学」。新垣自身が「学長」を務めるという。入学金は無料。月額980円で音楽講座が受け放題。「音楽大学」と銘打っているが、厳密には「大学」ではなく、いうなれば「音楽講義のサブスクリプション」。新垣はこの取り組みを「音楽教育のイノベーション」と呼ぶ。確かに、画期的な音楽教育のプラットフォームと言える。

「アーティストが教授になってオンラインで音楽の楽しみを多くの人に伝えることができたらいいと思います」と、新垣は語る。

いったいどんな仕組みなのだろうか。新垣と、「副学長」として彼を支える中村匡宏(音楽博士、ピアノデュオ鍵盤男子)に話を聞いた。

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(左から)神山氏、新垣氏、中村氏

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――「音楽大学を作っちゃった」って、簡単に言いますけど、けっこう凄いことですよね。やはり入学選考は難しいんですか?

新垣 いえいえ、選考とかはありません。「大学」とは言っても校舎もないし、文科省の正式な認可を得ていないので、厳密には大学ではないんです。私たちは「シブヤ音楽大学」のことは、「オンライン音楽講座」と読んでいます。「誰でも」「すぐに」受講できるんですよ。

教授陣には素晴らしいミュージシャンが集まりました。副学長の中村さんはウイーンの国立音楽大学を出て、帰国後に国立音楽大学で芸術博士の学位を得たエリートです。他にも、ミュージカル界やクラシック界で活躍している一流の音楽家が15人、教授として参加してくれました。こうした一流の教授陣に学べるというのは、素晴らしい環境です。一般のみなさんには、そういう環境の下、オンラインで気軽に音楽体験をより深めていただければと考えています。

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例えば、『ガッキーの現代音楽入門』とか

――受講生としては、どんな人がターゲットになりますか?

新垣 そうですねえ。たとえば、作曲したくてもいままで音楽の勉強をしたことがなかった初心者の方や、「歌を歌いたかった」「楽器を演奏したかった」と思いつつ本格的に学ぶ機会がなかった方とかに、気軽に受けていただきたいと考えています。

中村 私のほうからちょっと補足しますね。「シブヤ音楽大学」の開講時には「ウタウ学部」「アソブ学部」「ツクル学部」という、3つの学部を設けました。

ビギナーを対象とするのは「アソブ学部」。まさに遊び感覚で音楽に馴染んでいただき、わかりやすく学んでいただくコースです。例えば、『ガッキーの現代音楽入門』とか『目指せ印税生活~作曲家養成講座』、そして3歳児からの児童を対象とする『3才からのCiaoCiao☆リトミック』などのコースがあります。

少し上級者向けが、「ツクル学部」。ライブアーティストや音楽家を育成するプロユースの講座です。『学長による楽曲解説』『オーケストレーション講座』、ぼくが担当する『楽典初級編~本格的に楽譜が読めるようになる』などがあります。ちょっと本格的でしょう?

「ウタウ学部」は、声楽アーティストが講師となります。「オンライン合唱」や「オンラインヴォイストレーニング」などを予定しています。

その他にも、開講後はヴァイオリンやチェロ、あるいはピアノなどのトップアーティストを教授に招き、楽器演奏の講座も開く予定です。

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――新垣さんは、シブヤ音楽大学を通じて「音楽教育にイノベーションを起こしたい」と言っておられます。わかりやすく言うと、「音楽教育のイノベーション」って何ですか?

新垣 シブヤ音楽大学には、いくつかの合言葉があります。

誰でも1週間で作曲ができる! 一日でピアノが弾ける! 一時間で楽譜が読める! 1分で歌がうまくなる! 1秒で音楽の意識が変わる! 3才から入学できる音楽大学! リトミックやソルフェージュから!

これがまさに「音楽教育のイノベーション」。既成の音楽教育って、「敷居が高そう」と言われることが多かったんです。それを取っ払う、ということができればと考えています。

中村 受講して「音楽を楽しむ脳」を作っていただくことが最大の目的なんです。もちろん、「昔、本格的に音楽を勉強したことがあるよ」という人にも受講していただきたいです。最近「アンラーニング」という言葉が使われますが、かつて音楽を専門的に学んだ人には、「学びほぐし」が必要と言われるんです。以前学んだことを意識的に忘れて、もう一度新鮮な音楽を頭に入れる。初心者からプロまで、いろいろな人に学んでいただける大学です。

講座は「Zoom」を使って実施

――実際に受講生はどんな形で学ぶんでしょうか?

中村 ウェブ会議システム「Zoom」を用いた講座を予定しています。受講生の方にはパソコンかスマホをご用意いただいて、こちらが発行するZoomのリンクに入っていただくだけでOKです。

そうすれば、すぐに授業動画が見られます。講義は2種類。講師とマンツーマンで開始時間が決まっている「ライブ動画講座」と、いつでも受講生さんの都合で見られる「アーカイブ動画講座」です。

たとえば「アーカイブ動画」には、ぼくが担当する「楽典」と呼ばれる楽譜を読むために必要な講座がありますが、これは10個のチャプターで用意します。動好きな時に好きなだけ見ていただくことが可能です。

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――なんか難しそうだなあ。受講カリキュラムは自分で立てるのですか? 僕みたいな初心者はまずなにをどう学んでいいのかがわからないんです。どの順番でどの講座を受ければいいとか、アドバイスはもらえますか?

中村 大丈夫です。全くの未経験者が受講される場合、「どの講座を受ければト音記号がわかるようになる」「どの講座を受ければ作曲ができるようになる」「どの講座」道筋をたてたフローチャートを大学側でちゃんと用意しているので、ご安心ください。

先ほど新垣学長が言った「1時間で楽譜が読める!」というのも、その定義は「楽譜上に音楽を記すための規則を学ぶこと」なんですが、60分の講座にまとめてあります。この講座をマスターすれば楽譜が読める。しかも深く読める。そんなカリキュラムが用意されているんです。

ゴーストライターですけど、嘘は言いません(笑)

――おお! そんなハイレベルの講座が定額課金(サブスクリプション)で受けられるなんて、本当ですか?

新垣 本当です。私はゴーストライターでしたけど、嘘は言いません(笑)。それは冗談ですが、月額980円で「アーカイブ動画講座」は見放題。「ライブ動画講座」は別額なのですが、かなりの数のライブラリー講座を用意していますので、980円でほとんどのカリキュラムが学び放題といえます。

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――なるほど。こう来ると、新垣さんや中村さんを独り占めできる1対1のマンツーマン講座も欲しくなってきたんですが(笑)、そんなのもあるんですか?

中村 実は、「ゼミナール」と呼ばれるもう一段上の講座も用意しています。

新垣 一般的な音楽大学には「ゼミナール」という講座はないんです。特定の先生の下につくと「門下生」とか「同門」とか呼ばれて、活動にもある程度の縛りが出てきたりします。シブヤ音楽大学ではそういう既成のやりかたは排除して、もっと学びやすい環境を整えたいと思ってゼミナール制にしたわけです。

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――確かにこれまでの音楽大学は入学するのも厳しいし、卒業してから音楽を仕事にしていくのも難しいというある種、地獄のようなシステムでした。そこにも風穴を開けてほしいですね。

中村 誤解を恐れずにいえば、既成の音楽大学は音楽を神格化してしまっているというか、クラシックとポップスや大衆音楽は別だという意識を植えつけていたと思うんです。シブヤ音楽大学はその対極にある。既成の音楽大学が持っていないエンタテインメント性を追求したり、お客様にウケることを学んだり、音楽が広がることに特化した学びを実践していきたいと思っています。もちろんヨーロッパの伝統を引き継ぐ、従来の伝統的な音楽教育もやりますので“両方のいいとこどり”をした音楽大学を目指しています。

“あの人”にも受けてもらいたい

――それはまさに本格的なクラシックからCM音楽、無声映画からロックバンドまで音楽界を縦横に活躍する学長・新垣さんの活動そのものですね。

新垣 音楽はなるべく間口が広い方がいいと思っているんです。これまでにも、色々な機会をいただいて、できる限り仕事を受けていたら、かぶってはいけない種類のCMがかぶってしまうという事態を引き起こし、片方がキャンセルになったりいろいろ大変なこともあったんですが(笑)、自分としては、音楽は、どうアプローチして可能性を広げていくかが課題だと思っています。

もちろんクラシックはヨーロッパの伝統ですが、今の時代に音楽がどうあるべきか。コロナの時代にどんな展開が可能なのかをこの大学を通して考えていきたいですね。

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中村 その意味で言うと、シブヤ音楽大学の大切なカリキュラムの一つに「アートマネジメント」があります。音楽を人に届けるために何をしたらいいのか? 音楽は社会に対してどんなことができるのか? 欧米ではTA(Teaching Artist)という概念も生まれていますが、教えることに芸術を持ち込むという理念も伝えていけたらと思います。

新垣 音楽による地域振興、地域活性化などもテーマになると思います。一人一人の講師陣が情熱を持って受講生に対峙する。あるいはスペシャルなテーマを担う。それが一番大切です。シブヤ音楽大学の講師陣はタレント性は抜群なので、そのパワーを信じて、音楽界に新風を吹き込みたいと思います。ぜひ、多くのみなさんの受講をお待ちしています。

――こういう素晴らしい音楽教育は、かつて新垣さんと一緒にいた“あの人”にも、受講してもらえたらいいですね(笑)。

新垣 まさに。冗談ではなく、私はそう思います。音楽とは、楽しむもの。どんな人でも、楽しめるものであるべきなんです。一人でも多くの人が、音楽の歓びを分かち合うことができれば、シブヤ音楽大学をやる意義があると、私は考えています。

最終的な目標は、学校法人としての認可を得ること。世界初の「オンライン音楽大学」を目指していけたらいいなと考えています。

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