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オックスフォード大学医学博士が教える。「『がん治療』漢方薬のもっと有効な使い方」

西洋医学の“サポート役”として、漢方はとても有効だ。西洋医学と東洋医学を組み合わせることが大切。がん治療の幅が広がる。漢方を試しに飲み始めればいい。/文・新見正則(オックスフォード大学医学博士)

使用_新見正則氏_トリミング済み

新見氏

西洋医学は「漢方嫌い」

「がんと向き合うのに、漢方はとても有効だ」ということをぜひ知っていただきたいのですが、まず誤解がないように申し上げたいのは、私自身は、「西洋医学」を学んだ消化器外科の専門医・指導医であり、あくまで「西洋医学」の立場から、「漢方」の有効性を示したいということです。「漢方」を始めとする「東洋医学」が「西洋医学」より優れているなどと主張したいのではありません。

 とにかく「西洋医学は偉い!」と断言できます。

 終戦直後の日本人の平均寿命は、男女とも50歳程度だったのが、今日では、男性は81歳で、女性は87歳。この飛躍的な伸びは、栄養療法、予防治療、ワクチン、西洋薬剤の普及といった「西洋医学」のおかげです。

 その上で言えるのは、“がんの補完医療”“西洋医療のサポート役”として、「副作用対策」や「治療効果の増強」に「漢方」が大変有益だ、ということです。

 とくに、がん治療中、あるいは治療後の「全身倦怠感」「食欲不振」「しびれ」「冷え」「末梢神経障害」「口内炎」「皮膚障害」「不定愁訴」(頭痛、疲労感などの主観的な自覚症状があるものの、検査をしても原因となる病気が見つからない状態)など、西洋医学では十分に対応できない症状に「漢方」はとても有効なのです。つまり、「西洋医療がダメだから漢方」ではなく、「漢方も西洋医療も」というのが私の立場です。

 ところが残念なことに、西洋医のほとんどが「漢方嫌い」です。ただ、それにも理由があります。

 幸いなことに、現在、148種類の「漢方」が、日本でこれまで使われてきた“伝統”のゆえに、医療保険が適用されていますが、これはあくまで“超法規的措置”。というのも、「国(厚労省)が保険適用を認める医療」とは、原則として「エビデンスがある医療」に限られているからです。

「エビデンス」とは、「大規模な臨床研究によって確かめられた有益性」のことで、具体的には、少なくとも1000例程度の規模で、「治療群(治療を行う群)」と「対照群(治療をせず観察のみの群)」の2つにランダムに分け、比較試験(「ランダム化比較試験」)を行い、そこで有効性が認められなければいけません。

「漢方」は例外ですが、現在、「保険適用が認められる医療」は、原則としてすべて「ランダム化比較試験」で有効性(=エビデンス)が確認されたものです。

 ですから、多くの西洋医が「保険適用が認められない医療」や「エビデンスのない医療」は、「効果が怪しい医療」と考えてしまうのです。

「何が効いたか」は分からない

(後述するような例外もあるのですが)ほとんどの「漢方」には明らかな「エビデンス」はありません。しかし、「エビデンスがない=効果がない」ではないのです。

 1960年にノーベル生理学・医学賞を受賞したピーター・メダワー卿は、こう述べています。

「もしもある人が、①病気になり、②何らかの治療を受けて、③治ったとき、『その人の健康を回復させたのはその治療のおかげではないかもしれない』ということを、その人に納得させる方法は医学界には存在しない」

 人は、ある時間経過のなかで、何か自分にとって嬉しい結果が起こると、「自分がそうだと信じたい何かのおかげだ」と思いがちです。医者も自分が行った治療が役立ったと思いたいし、患者もそう思いたい。

 しかし、「本当に何が有効だったかを証明するのは難しい」とメダワー卿は強調しているわけです。実際の治療において、治ったとしても、「何が効いて治ったのか」は、実は明確にしがたいのです。

 がん治療で「エビデンスがあるもの」は、「外科治療」「放射線治療」「化学療法」です。だからと言って、実際にそれらがいつも「有効」とはかぎりません。過去の「ランダム化比較試験」で「エビデンス」が得られただけで、「エビデンスがある=実際の治療でも常に効く」ではないからです。

エビデンスがなくとも“効く”

 逆に、明らかな「エビデンス」はないけれども、経験豊富な臨床医が「良さそうだ」と思っている治療や養生がたくさんあります。「エビデンスがない=些細なこと」でも、その積み重ねが、治療の効果を増強したり、症状や体調の回復につながったりすることがあるからです。

 私自身、患者さんに次のようなことを勧めています。

「バランスの取れた食事」(とくにがん細胞の好物である炭水化物は摂りすぎない)

「有酸素運動」(散歩でも十分)

「身体を冷やさない」(がん患者の多くが身体が冷えているので野菜スープなどがお勧め)

「お祈りをする」「希望をもつ」(「病は気から」は嘘ではない)

 以上のことは、どれも「身体に悪い」ことはなく、やって損はありません。

「漢方」もそうです。しかも、「漢方」には、「エビデンス」の代わりに「歴史に裏打ちされた相関」があります。

 それでいて「漢方」には、「外科治療」のような身体の一部を切除するといった「ダメージ」も、「化学療法」のような激烈な「副作用」もありません。ですから、経験的に「有効」と思う範囲で使って、「悪いことはまずない」のです。

 逆に言えば、「ダメージ」や「副作用」が大きな西洋医学的ながん治療ほど、事前に明らかな「エビデンス(効果)」が求められます。切除手術や抗がん剤が身体に与える負担を確実に上回る「エビデンス」が必要になるわけです。

 それに対し、「漢方」の有効性を示すには、「エビデンス」だけでなく、「サイエンス」も、必ずしも必要ではありません。

「サイエンス」とは、「現代科学に即した論理的ストーリー」です。

 仮にある「漢方」を「サイエンス」によって説明するとすれば、「○○という漢方薬のなかの、□□という生薬に含まれている、△△という物質が、××に作用して、薬効を生じている」となるでしょう。

 こうなると、西洋薬学者は、「△△という物質を化学合成しよう」と試みます。そして実際、そんな発想から「エフェドリン」が発見され、その後、さまざまな西洋薬学的な物質の発見に繋がっていきました。

 しかし、こうした要素還元主義的な「サイエンス」の発想では、「漢方の力」は、うまく捉えられません。

「西洋薬学」が“引き算の薬学”だとすれば、「漢方」は“足し算の薬学”です。

 最初の“引き算”が実現したのは、1804年に阿片から「モルヒネ」が「分離精製」されたときです。ここから“引き算の西洋薬学”が急速に発展します。

 これに対し、「漢方」は“足し算の薬学”です。生薬を組み合わせることで、「作用」を増強し、「副作用」を減らし、またときには「新しい作用」を創り出します。

「漢方」は、いわば「(西洋医学的)薬剤」と「食事」の“中間”に位置する、と捉えるのがちょうどいいでしょう。

西洋医療の邪魔をしない

「漢方」は、「薬」と併用しても問題ありません。粉をそのまま飲んでも、お湯に溶かして飲んでもいい。「食前」や「食間」が基本ですが、忘れたときは、「食後」でも問題ありません。

「漢方」は“些細な力”をもつところに利点があります。つまり、ホルモンバランスに変化を及ぼすような力はない。ですから、ホルモン療法を受けている乳がん患者に「漢方」を処方する際にも特別な配慮は不要です。実際に私は、「不定愁訴」で困っている乳がん患者に、〈加味逍遙酸(かみしようようさん)〉という「漢方」をたくさん処方してきましたが、何の問題もありませんでした。

 このように「西洋医療の邪魔をしない」のが、「漢方」の魅力です。ですから「気軽に使えばいい」のです。

「漢方にはエビデンスもサイエンスもないから使わない」という意見をよく耳にします。多くの西洋医がそう考えています。

 そんな西洋医にとっては、いっそ、「漢方にはエビデンスもサイエンスもない」と思って、とにかく使い始めるのが、一番上手な「漢方」への入門方法となるでしょう。

 つまり、ある意味、「プラセボ(偽薬)」と思って使ってみるのです。西洋医学的な治療で行き詰まった場面で、試しに「保険適用漢方エキス」を使ってみればいい。

 その際に、「専門医が使用した体感」は、「サイエンス」や「エビデンス」よりも大切です。最初から当たると思わずに、気軽に順次処方し、「効く漢方薬」を見つける作戦です。万一、何かがあれば、服用を中止すればいい。

「漢方」は、事前に「エビデンス」が明らかでない分、「まずは使ってみる」ことなしには、何も始まらないのです。

医師の相談なしに使える

 患者さんの立場からすれば、「漢方」を使うのに、必ずしも主治医に相談する必要はありません(漢方のサポート外来で私のもとに来るがん患者で、「漢方」の服用を主治医には伏せている方は多くいます)。医師の処方がなくても、薬局である程度のものは入手可能だからです。

 しかも、保険が利きます。高価でない通常の「漢方エキス」なら、3割負担で1カ月の薬価は平均1000円、つまり1日30円です。

「保険適用漢方エキス」を1袋服用して死亡した報告は、これまで1例もありません。私自身、「保険適用漢方エキス」はすべて試飲しましたが、健康な私が飲みたくないと思うようなものは、ひとつもありませんでした。それくらい安全性が高いのです。

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