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「何者か」になりたくて足掻いた13年|スイスイ

■スイスイ
エッセイスト。営業・コピーライター職などを経験後、cakesクリエイターコンテストをきっかけに「メンヘラ・ハッピー・ホーム」でデビュー。同連載が「すべての女子はメンヘラである」として書籍化。
Twitter:@suisuiayaka
note: @suisuiayaka

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13年前、バイクで連れ去られた。
大学4年の秋だった。

ものすごい埃と砂が舞い大量のバイクがひしめきあって、誰もが信号無視をして怒号のようなクラクションが鳴り続けてる、もうまさに混沌そのもの!という街で。見覚えない風景だけがびゅんびゅん過ぎるなか後部座席から私は絶叫してた。言葉も通じないのに。

この話はこれまでどこにも書いてこなかった。
学歴もふつうで、才能もなく、親の言いなりで生きてきた私が、社会人直前とつぜん「何者かになりたい」と焦り、知らない国で自分の「何者でもなさ」を突きつけられた屈辱の日々のこと。それから意を決して執念で何者かになろうとしたこと。

あの日の私のように「自分らしく生きたいのに何から手をつけていいか分からない」誰かに届きますように。

何者かになった彼女、なれなかった私

カンボジアの首都プノンペン、そこで私は連れ去られた。
なぜそんなところに行くことになったのかと言うと、話は「高3の冬」まで遡る。

大学受験直前。私は担任に促されるまま滑り止め大学に願書を出しまくってた。少し前までは第1志望にしか興味ないと言い張っていたのに、その頃はもう偏差値が低くなければどこでもいいという境地だった。毎年数人しか浪人生を出さない田舎の進学校で、劣等品になりたくなかった。

そんななか友人のAちゃんが、東京の超有名私立芸術大学の「映画学科」一本だけを受験すると言い出した。


「やめてよ」と思った。
このクソ田舎に映画学科なんて受けようと考える人もいなかったし滑り止めを受けない生徒もいなかった。そんな生きかた見せられたら、正規レールに必死でしがみつく私たちが馬鹿みたいじゃんと思った。だけどそのままAちゃんはその映画学科に合格し上京。かたや私は地元私立の、特に志望もしていない学部に進んだ。

あなたは何しに来たの?

Aちゃんと再会したのはそれから4年後、大学4年の春。
就活で、東京にある彼女の部屋に泊まらせてもらった。卒業制作について「カンボジアでドキュメンタリー撮ろうと思ってるんだよね」と言う彼女に思わず私は「ついていきたい」と前のめりに口走ってた。

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