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安倍晋三×星野源コラボ動画 「貴族か」批判が見落とす“もうひとつの問題点”|辻田真佐憲

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※本連載は第12回です。最初から読む方はこちら。

 安倍首相の動画がツイッターで炎上した。星野源の「うちで踊ろう」とのコラボ動画がそれだ。首相側が許可を取らずにやったので、勝手にコラボ動画と呼んだほうがいいかもしれない。

 動画では、安倍首相が自宅らしき場所で、愛犬と戯れたり、お茶を飲んだり、読書をしたり、テレビのリモコンを操作したりする。そして星野の音楽を踏まえて、こんなメッセージが添えられている。「今日はうちで・・・。どうか皆様のご協力をお願いします」。

 これが、「国民は苦労しているのに、一番働くべきお前は家で優雅に休息か」「何様のつもりか」「貴族か」と、批判を呼んだのである。

 「左翼がまた安倍に粘着している」という反論もあるかもしれない。だが、同じくSNS上にアンチが多い小池百合子都知事と、ヒカキンのコラボ動画は、ほぼ同時期に公開されたにもかかわらず、ほとんど問題にならなかった。そのため、安倍首相の動画はやはりうまく行かなかったと考えるべきだろう。

 それはいいとして、筆者は一連の騒動を見て、ある疑問が浮かんだ。「何様のつもりか」「貴族か」という指摘には、安倍首相の優雅な日常(を敢えてここで公開すること)への批判が込められているけれども、そこに映し出されていたのは、本当に「日常」だったのだろうか、と。

 問題の動画をよく見てみよう。休みの日に家で過ごしているという設定にもかかわらず、安倍首相の髪型はきちんと整えられている。リラックスした表情と、この髪型がいささかミスマッチだ。読書の場面についても、首相の年齢で眼鏡ナシなのもいささか不自然に思われる。

 ようするに、これは「撮影用に作られた日常」なのである。

 建築史家のデスピナ・ストラティガコスは、その著書『ヒトラーの家』で、私的な生活や空間(とされるもの)がいかにプロパガンダに使用されるかということをさまざまな事例にもとづいて指摘している。

 たとえば、屋外で読書するヒトラーの写真は、彼が知的で、思索的で、世間でいわれるほど凶暴ではないと主張するための格好の材料になっていたという。

 われわれは、軍事パレードや巨大な銅像など「いかにも」なプロパガンダには警戒心を持っている。だけれども、このような「私生活」についてはかならずしもそうではない。今日でも、政治家のブログやSNSで披露される「日常」は、意外な一面として受容されやすい。ストラティガコスの指摘は、いまだ有効性を失っていない。

 今回のコラボ動画は、あまりに杜撰な作りだったので炎上した。とはいえ、もっとうまく日常を演出していれば、どうなっていただろう。料理をする姿。布マスクを縫う姿。ワイシャツにアイロンをかける姿――。もしかすると、安倍首相の大幅なイメージアップにつながったかもしれない。

 それがいいといっているのではない。そこにこそ、“もうひとつの問題点”が潜んでいると言いたいのである。すなわち、「日常生活」が宣伝に使われるというリスクが。

 「貴族か」。そう言いたくなる気持ちもわからなくはない。ただ、それに加えて、動画で映し出された風景を首相の日常として暗黙のうちに受け入れてはいなかったか、と反省してみることも必要ではないか。そもそもあの映像が富ヶ谷の首相私邸で撮られたという保証はどこにもないのだ。

 音楽だけではなく、私生活も政治利用される。たとえ清貧な生活をアピールしていても、いや、そう巧妙にアピールしているからこそ、われわれは厳しい目を注がなければならない。ほかならぬあのヒトラーが、そういった演出に成功していたのだから。

(連載第12回)
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■辻田真佐憲(つじた・まさのり/Masanori TSUJITA)
1984年、大阪府生まれ。作家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(以上、幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『文部省の研究』(文春新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『愛国とレコード』(えにし書房)などがある。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋泉社)など多数。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。
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