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出口治明の歴史解説! iPhoneもイスラム教もシンプルだから広まった

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年1月のテーマは、「リーダー」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第9回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】日本がもっと経済成長するために、歴史上で参考にすべきリーダーは誰でしょうか。

 蘇我氏がいい例ではないでしょうか。日本の古代、飛鳥時代に「日本でも仏教を広めよう」と主張した推進派の蘇我氏と、「日本には神様がいるから不要やで」と主張した反対派の物部氏による争い(崇仏論争)が起きました。これは単なる宗教論争ではありません。新技術の導入をめぐる争いでもあったのです。

 仏教が新技術? と思う人がいるかもしれませんが、考えてもみてください。仏教を広めようとすると、お寺を建て、鐘を鋳造し、仏具を作り、仏典を引き写す。袈裟などの衣類もつくり、果てはどでかい大仏まで建立しなければなりません。単に新しい宗教を信仰するのにとどまるのではなく、一緒に今でいう建築や工芸、出版や縫製技術などの先端技術が輸入されることを意味していたのです。

 わが国のヤマト政権に仏教が公式にもたらされたのは、6世紀半ば、欽明天皇(在位539~571)の時代だとされています。倭と盟友関係にあった百済の聖明王(聖王、在位523~554)から「ええ教えやで」と紹介されたのです。

 その背景には、新羅に攻められて都を移すなどの危急存亡の秋を迎えていたという当時の百済の事情がありました。要は最新の技術体系と倭の援兵との交換だったのです。それ以前にも渡来人(帰化人)が私的に仏教を信仰していたようなので、最近の教科書では「仏教伝来」でなく「仏教公伝」と教えています。

 このとき欽明天皇に「ぜひ導入しましょう」と勧めたのは蘇我稲目(506?~570)です。蘇我氏は渡来人と関わりが深く、新しもの好きの豪族でした。しかも、稲目は娘2人を欽明天皇の妃にするほどの実力者です。

 これに大反対したのが物部尾輿です。物部氏は古くから朝廷の軍事を担当し、神道との関わりが深い豪族でした。「そんなもん導入したら日本の伝統が壊れる」と反対したのです。

 この争いは決着がつかず、それぞれの子である蘇我馬子、物部守屋の時代までつづきます。最終的には、馬子が厩戸皇子(かつては聖徳太子と呼ばれた人物です)などと協力して、守屋を攻め滅ぼしたことで導入推進派が勝利を収めました。これを丁未の乱(587)といいます。

 終わりのほうは仏教と関係がない権力争いになりましたが、このバトルは初めから推進派が勝つに決まっていたと思います。先に記したような技術は、ほかにも応用できますから、日本人の暮らしはずいぶん恩恵を被ったはずです。

 蘇我馬子が最初の寺院である飛鳥寺を建立するのは6世紀末。寺院建設プロジェクトを立ち上げた蘇我氏は、現在でいえば巨大ゼネコンです。さらに調度品や衣料や仏典も必要になるので、ニトリやユニクロも、場合によっては文藝春秋も兼ね備えていたかもしれません。

 新産業である仏教によって、日本にはこれまでにいなかった種類の職人が育ち、まったく新しい雇用が生れました。このような大きな経済効果をもたらす話に、みんなが乗らないはずはありません。物部氏が「仏教は日本の伝統を壊す」と反対したところで、儲からないなら誰も賛同しません。「みんなが儲け話をしているときに、このおっさん、何をごねてるんや」というように見られていたのかもしれません。

 新しもの好きの蘇我氏は、外国の文化を取り入れることに積極的でした。大陸に隋(581~618)という大帝国ができたと聞いたら、「先進国で勉強してこい」と大臣の蘇我馬子が遣隋使(600~618)を派遣しています。

 蘇我氏は、渡来人の集団が仲間にいたので、最先端の知識や技術を手に入れることができたと考えられています。蘇我氏の先祖に「高麗」という名前の人物があることなどから、蘇我氏そのものが渡来人だった可能性もあります。これでは物部氏に勝ち目はありません。

 最近、講演などで「ラグビーW杯で日本代表がベスト8に入ってうれしかった人は?」と尋ねると、ほぼ全員が手を挙げます。そこで「もしメンバーが日本人だけのチームでも、ベスト8に入れたと思う人?」と尋ねると、誰も手を挙げません。

 蘇我氏が勝った理由はここにあります。異質な文化で育った人の混成チームは強い。つまり、ダイバーシティです。

 生物はもともと無性生殖だったのですが、それでは滅びてしまうからと、オスとメスがいる有性生殖に進化しました。できるだけ離れたところで育った相手との間に赤ちゃんができると、あまり似ていないDNAが混ざり、免疫が混ざって逞しい子になりやすい。洗剤は混ぜると危険ですが、生き物は混ぜると強くなる。個人も組織も同じです。 

 蘇我氏は、外国の先端技術を真摯な態度で受け入れ、日本チームに積極的に外国人を受け入れてダイバーシティに努めた。そして、みんなが儲かる巨大市場を形づくった。当時のGAFAやユニコーン企業を興した素晴らしいリーダーです。

 かつて蘇我氏は、日本史上における敵役の役割を果たしてきましたが、近年ではその評価は一変しています。僕は世界に広く開かれた蘇我氏の事績には、現在の日本が学ぶべき経済成長のヒントがたくさん含まれていると思っています。
 

【質問2】世界のスタンダードとなるために歴史から学べることはありますか?

 歴史に登場する大帝国や覇権国家には、いくつかの共通点があります。ダイバーシティ、実力主義、新技術尊重などですね。しかし最大のポイントは、合理的でシンプルなグランドデザインを描けるリーダーがいたかどうかです。

 例えばペルシアのアカイメネス朝の第4代皇帝のダレイオス1世(在位:紀元前522~486)。アカイメネス朝はオリエント世界を統一した多民族国家ですが、彼の時代にはインダス川流域からエーゲ海沿岸までの広大な世界帝国を築きました。

 統治するエリアがえらく広い。地域によって人びとが話す言語が違う。平凡なリーダーなら、どう多民族をまとめればいいのかと頭を抱えるはずです。

 ダレイオス1世は、道路を整備しました。これを「王の道」と呼びます。宿駅を設けて守備隊を置くと、国の守りになると同時に、あちらこちらから情報が入ってきます。のちにローマ帝国が真似して、「すべての道はローマに通ず」で知られるローマ街道を整備しました。

 ダレイオス1世のすごいところはまだあります。多民族国家を統治するには、公用語がなくてはいけません。彼自身はペルシア人ですから、「俺がしゃべっているペルシア語をみんなも使うように!」と命じるのが普通です。しかし彼は帝国内を調査して、話している人口が一番多いアラム語を公用語と決めます。「俺は話せないが、通訳をつければええ」という発想です。

 僕の知り合いにものすごく字がヘタなのがいて、「お前の部下は、読むのに苦労してかわいそうやな」と皮肉ったら、「読めへん奴はクビにすればええだけや」と言われたことがあります。それは真逆の発想です。

 ダレイオス1世は、権力を振りかざしてペルシア語を普及させるよりも、アラム語をさらに広めたほうが、かかるコストが少ないと考えたのでしょう。自分自身には不便だが、それが全体に最適だという合理性。偉すぎますよね。

 つまり、世界のスタンダードになる条件は、みんなにわかりやすく、使いやすくて、シンプルだということです。代表的な例はiPhoneです。

 iPhoneの試作品は、ホームボタンの左右にボタンが2つあったという話があります。どうせボタンを1つ置くなら、空いているスペースに、スイッチとかメール専用とか、あと2つ置けるという発想です。ところが、スティーブ・ジョブズは「そんなんゴチャゴチャして見た目がきたないからあかんで」とホームボタン1つにしろと命じた。徹底的にシンプルさを追求したから、iPhoneは世界的なスタンダードになったのです。

 英語が世界の公用語となった理由の一つに、そのシンプルさが挙げられます。フランス語やドイツ語のように男性名詞、女性名詞などはなく、比較的短期間に習得できる言語だから、60カ国以上で公用語となっているのです。

(連載第9回)
★第10回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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