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林芳正「次の総理はこの私」聞き手・宮崎哲弥

我こそは「保守本流」の政治家なり!/文・林芳正(前参議院議員)、聞き手・宮崎哲弥(評論家)

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林氏(左)と宮崎氏(右)

「自民党・最後の切り札」

——林さんは今秋におこなわれる衆院選で鞍替えし、山口3区から出馬する決意を表明されました。山口3区は二階派の重鎮である河村建夫元官房長官の地盤であることから、すわ党内抗争勃発かと、大注目を集めています。7月の立候補表明会見では「この国の舵取りをしていくため、衆院議員への鞍替えというハードルを越えなくてはいけない」と、総理総裁への思いも滲ませました。

そこで今日は、この日本をどのように舵取りされるつもりなのか、ビジョンを伺いたいと思います。

20年ほど前、一緒にBSのトーク番組のレギュラーになったとき、あなたに付けたキャッチフレーズが「自民党・最後の切り札」でしたね(笑)。

 それを聞いて、「じゃあ、私が出る時に自民党が終わっちゃうということですか?」と、思わず叫んだ記憶があります(苦笑)。

——今回、出馬に踏み切ったプロセスは?

 最初に自民党山口県連から私の鞍替えの話が浮上したのは2012年でした。私を山口3区の公認候補にと、党本部に要請していただきましたが、様々な事情があり断念せざるを得なかった。そこから県連には背中を押し続けてもらい、9年越しでの決断になります。

今回の決断に至った理由は、2012年に自民党総裁選に出馬した際の思いと近いものがあります。当時、2009年に始まった民主党政権が行き詰まっていました。日本は東日本大震災で混乱に陥り、日米安保にも溝ができていた。私は野党として活動しながら「このままズルズルいくと、日本の屋台骨まで崩れてしまうんじゃないか」という危機感を抱いていました。そのタイミングで総裁選があったので、経験の浅さを顧みずに手を挙げたのです。

——党を除名になったらどうしますか。無所属の立場でも戦う?

 明治維新の先達を見習い、決断を貫きたいと思います。

——新政権が直面するのはむしろポストコロナの課題ですね。

林 短期的にはそうですが、より中長期的な危機感が大きくあります。

平成から令和へと時代が変わり、政治、経済、社会などあらゆる場面で昭和型のモデルが機能しなくなってきています。しかし、新しい時代のあるべき日本のモデルとビジョンを、政治が提示できていません。そこに自民党の政党としての危機、より大きく言えば、日本の国家としての危機を感じています。今こそ新しい日本のモデルを、この国の進むべき道を提示する時ではないか。そう考えてきました。私のこの思いと、衆院選が、このタイミングで合致したということです。

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総裁になれるチャンスは逃さない

——その具体的な政策プランは後で聞くとして、まずは直近の選挙区情勢はどうですか?

林 7月の出馬表明で、一つの山は越えました。これまでは「本当に出るんですか?」と一抹の不安の目で見られることも多かったのですが、後援会の皆様には「これで非常に活動しやすくなった」と評価していただいています。ここから秋まで、どれだけ夏休みの宿題をこなせるかが勝負と、日夜活動に励んでいます。

——二階氏の意向を押し切る仕儀となったわけですが、党の有力者を向こうにまわして大丈夫ですか。

林 地元の皆様のご支援を頼りに、頑張りたいと思います。

——林さんを担ぎ出した県連の幹部や有力支持者の人達にも危機感は共有されている?

林 コロナ下では大集会が出来ないため、10人から20人規模の、いわゆるミニ集会を続けています。そのぶん一人ひとりの参加者とじっくり話せるのですが、老若男女問わず色んな問題意識や危機感があり、種類は違えど、現状に対する不満と将来への漠然とした不安がこの国を覆っていることを痛感します。

——うーむ、もう一つ危機感が具体性を帯びてこないなあ。しかし、「この日本のどん詰まり感を解消できるのは、林芳正だけだ」という支持者が多いのですね。

林 そこまであからさまな言葉はありませんが(笑)、「やっぱり若い人にやってもらわなきゃ」と声をかけてくださる方もいます。しかし、私はもう60歳。そんなに若くないですから、ちょっとこそばゆい思いをしたりしますが(笑)。

——もう還暦ですよ。まあそれでも政治の世界では比較的若手で通るのかもしれないけど。

林 いやいや、あくまで私はチャレンジャーの立場ですから。

——次の総裁選では当然、出馬を目指しますよね?

林 もちろんです。今回は8月16日付で参院議員の辞職願を提出したので、私に出馬資格はありませんでしたし、同じ宏池会の岸田文雄会長が出馬されたので、岸田政権実現のために奔走しました。今後は身を紛にして岸田政権を支えたいと思っております。

一方で、常にチャレンジする意欲を持っていなければ、総裁の順番は回ってきません。2012年の総裁選でもそうでしたが、私はチャンスがあれば必ず手を挙げてきました。その姿勢を、これからも明確にしていきたいと思います。

先輩方を見ていると、どんなに総理総裁にふさわしい能力を持った方でも、総裁選で勝てるとは限らない。「天の時、地の利、人の和」という言葉がありますが、大きなハードルを越えていくためには、タイミングが重要です。ただ、いつチャンスが来てもいいように、準備を怠ってはなりません。そのためにも、日ごろから党内の様々な方と真摯に仕事に取り組んでいきたいと思います。

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岸田文雄新総裁

中国の科学技術発展という脅威

——政策について伺います。日本がいま直面する様々な危機の裏を返せば、これまでの政策の不具合に帰着します。例えば外交・安全保障ですが、昨今の中国の振舞いをみると、軍事力や経済力に裏付けられた影響力を外に向けて拡大し、やがて覇権的な支配を確立し、「帝国」を目指しているのではないかともみえる。日本としては中国に慎重に対峙しなければなりません。

 私が初当選した26年前、世界の経済大国はアメリカと日本で、中国の経済力はその10分の1もなく、中国との経済的な結びつきもほとんどありませんでした。ところが、今や中国は日米にとって最大の貿易相手国の一つになった。日米貿易の規模より、米中貿易のほうが大きいのが現状です。このように経済的な関係性が深まるなかで、中国にどのように対峙するのか。経済と安全保障のバランスをどうとるかは、非常に難しいものがあります。

——最近はアメリカが安全保障上の理由から、同盟国間によるサプライチェーンの再構築など「経済安全保障」を目指す動きも活発になっています。一層「アメリカと組んで中国に対抗すべきだ」と、脱中国の強硬姿勢を支持する人が多いですが。

林 単純な強硬姿勢だけでは巧くいかないでしょう。日本と中国の経済は切っても切れないほど絡み合っており、「明日から日中貿易をゼロにします」というわけにはいきません。「デカップリング」が難しい中、一般的な貿易と経済安全保障の線引きが重要になってきます。

経済だけではなく、科学技術分野においても中国の成長は無視できないものがあります。今年8月、世界における自然科学の論文についての調査結果が発表され、中国が初めて論文の質の高さで世界1位となりました。これは非常に衝撃的なニュースでした。研究開発やイノベーションの進歩には、自由で民主的な体制・環境が必要不可欠だと言われてきました。ところが中国のような専制国家であっても、科学技術が発展することが証明されたのです。

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「日の丸半導体」の敗因

——むしろ専制国家、権威主義的国家(オーソリタリアン・ステート)である方が成長や科学技術の発展に適合的かもしれないという説が広がっている。さらに、中国のような国は人権や倫理にあまり配慮することなく、技術開発を推進できるというのもいまや「強み」です。

林 数年前に中国・深圳を訪れた際、そこかしこで自動運転の車が走っていた。日本では安全性の確保という名目でがんじがらめの規制があり、実験車両の走行には相当の制約がありますが、中国にはそれがない。だからこそ膨大なデータが集まって、技術も進歩するのです。

ゲノム編集も同様です。倫理的な問題でヒトへの応用が躊躇われるなか、中国の研究者が2018年、ゲノム編集を施した受精卵から子供を誕生させました。こうした科学技術の飛躍的な進展を鑑みると、中国は非常に大きな脅威です。

——バブル崩壊以降の日本の長期停滞期、「失われた二十数年」の間隙を突いて、中国は「大国」化したともいえるわけです。長期にわたる経済停滞はなぜ放置されたのか。

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