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【98-教育・科学】 KAGRA本格稼働 重力波で観測するブラックホールの正体|麻生洋一

文藝春秋digital
文・麻生洋一(国立天文台准教授)

まったく光を出さないブラックホールを観測

天文学の歴史を塗り替える期待がかかる「大型低温重力波望遠鏡KAGRA(かぐら)」は、2020年2月に観測を開始しました。岐阜県飛騨市の旧神岡鉱山の地下300mに作られた、長さ3㎞のアームトンネル2本が交差したL字型の施設です。

重力波とは、非常に重い天体が加速度運動する際に生じる時空の歪みが、光速で四方八方へ広がる波のこと。「時空のさざ波」とも呼ばれ、宇宙を観測する手段としては、電磁波(光や電波など)とニュートリノに次ぐ新たな方法です。1916年に一般相対性理論で重力波の存在を予測したアインシュタイン自身、検出は難しいと考えていました。地球と太陽の距離(1.5億㎞)が水素原子1個分(約1千万分の1㎜)変わる程度の、ごく小さな歪みにすぎないからです。

初めて観測されたのは、100年後の2015年。アメリカの重力波検出器LIGO(ライゴ)によってでした。わずか0.2秒間、10のマイナス21乗mほどの重力波を分析した結果、地球から13億光年離れたところで、太陽の36倍と29倍の質量をもつブラックホールが合体して発生した重力波であることが判明したのです。

ブラックホールはまったく光を出さないので、光学や電波の望遠鏡では観測できません。これまでは、近くの星からブラックホールへガスが流れ込んだときに出る強いX線を観測し、理論的に確かめていたのです。それが重力波の検出によって、ブラックホールを直接観測できるようになったことは革命的です。LIGOによる重力波初観測は、2017年のノーベル物理学賞を受賞しています。

この年には、連星中性子星の衝突による重力波も観測されました。宇宙が誕生した直後、元素は水素とヘリウムなど数種類しかなかったのですが、金やプラチナやウランなどの重い元素が、中性子星の合体によって合成されることが、観測結果からわかってきました。

重力波の検出は、マイケルソン型と呼ばれるレーザー干渉計で行ないます。直角方向に2つの光を走らせて鏡で反射させ、到達時間を比較する仕組みです。重力波が来れば2本のアームの長さが変化するので、光が到達する時間にズレが生じるのです。観測された重力波は、心電図のような波型のグラフで示されます。

KAGRAは、世界で4台目の重力波検出器です。光の走る距離が長くなるほど重力波を捉えやすいので、アメリカの北西部と南東部に1台ずつあるLIGOは一辺の長さが4㎞、フランスとイタリアが運営するVirgoは3㎞の距離をレーザー光が往復します。

光を反射させる鏡は動かないことが大切ですが、これまでの3台は地上にあるため、近くを通る鉄道や強い風などの振動に影響を受けています。そこでKAGRAは、地下300mに作られました。神岡鉱山が選ばれたのは、すでに宇宙素粒子研究施設「スーパーカミオカンデ」があって地盤の固さがわかっていたことと、研究のインフラが整っているからです。東京に比べると、神岡の振動レベルは100分の1ほどの少なさです。

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