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船橋洋一 安倍晋三の死を徒死にさせてはならない 新世界地政学132

安倍晋三の死を徒死にさせてはならない

世界から安倍晋三元首相を悼む声が今もなお、表明されている。8年近くの政権を通じて、とりわけその後半、安倍に対する評価は日本より世界での方が高かった、いまもそれは変わらないようである。

もっとも、第2次安倍政権が生まれて間もなくの頃は、評価も期待値も低かった。日本の過去をことさらに美化し、直視しない歴史修正主義者とのレッテルを貼られた。ニューヨーク・タイムズ紙は社説で、「有権者は経済立て直しを託したのであって国家主義の幻想を求めて彼を選んだのではない」と警告を発した。

そうした安倍評価はその後の実績によって徐々に変化した。

まず、リアリズムの政治と外交によって、中国、韓国をはじめアジア諸国との関係を安定させるべく努めた。歴史問題についても従来の日本政府の歴史認識の枠組みを踏まえつつ、過去から未来へ踏み出す「歴史の克服」のプロセスに関する国民的合意の土台を築いた。2015年夏の戦後70年談話と年末の日韓慰安婦合意がその例である。安倍はナショナリストであり続けたが、エズラ・ボーゲルハーバード大学教授(当時)が言ったようにそれは排他的ではない「穏健なナショナリズム(civic nationalism)」だった。

次に、米国の対外関与の弱まりと米中の対立の中で、新たな勢力均衡と国際秩序のビジョンを追求し、それを形にした。ケント・カルダー米SAISライシャワー東アジア研究所長が指摘したように安倍はそれまでの日本の状況対応型(reactive)外交を当事者意識を持った積極的(proactive)外交へと切り替えた。その具体的な表れが、Quad、CPTPP、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)である。そこにはアジア太平洋を中国の勢力圏にはしないという強い意思が脈打っていた。トランプ政権で大統領副補佐官を務めたマット・ポッティンジャーは追悼記事の中で「アジア・太平洋という言葉が中国中心の東アジアの地理を呪文のように浮かびあがらせることをアベは知っていた。彼は、この地域の概念の中心に、中国ではなく、インドを含み、東南アジアの若い海洋国家群を擁するより大きな絵柄を塗り込んだ」と書いている。

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