
【33-国際】温暖化が生み出した北極海「シーパワー」の対立|石原敬浩
文・石原敬浩(海上自衛隊幹部学校教官・二等海佐)
「シーパワー」が大英帝国発展の陰にあった
人類は石器時代の昔から、大量の物資を運搬するのに水の浮力を利用してきた。人間や牛馬が担ぐのと比較すると利点は明白である。
例えば、1000石(米俵2500俵)船は15~20人程度で運航されていた。大人1人が馬数頭を使って運ぶにしても3~4石が限度であろう、20人でも80とか100石。となれば水運では1人あたりその10倍以上の能力がある。
筏、丸木舟、ガレー船、帆船へと進化し、地中海貿易から大航海時代へと広がる海洋の利用。世界史における海運の果たした役割をマハン(Alfred Thayer Mahan:19世紀から20世紀にかけて活躍した米海軍軍人、歴史家、大統領顧問等幅広く活躍)はシーパワーと名付けた。
マハンはカルタゴを破ってローマ発展の礎を築いたスキピオ、ナポレオン戦争で英国勝利の立役者となったウェリントン、この両者に共通するのは勝者の側に「海の支配権」があった事であり、過去の歴史家はそのことに言及しなかったと主張する。
産業革命前後の英国では、海外植民地からの原材料輸入、本国での生産、海外への販売が行われていたが、これらの経済活動の循環をマハンはシーパワーの連鎖の環、と呼び、大英帝国発展の陰に、海洋支配があったと主張する。そこには海運を支える商船隊と港湾を中核とする根拠地、これらを保護・助長する存在としての海軍があり、総称としてシーパワーという用語を世に出したのである。
さらにシーパワーに影響を及ぼす条件として、(1)地理的位置、(2)自然的形態、(3)領土の大きさ、(4)人口(総数ではなく、有事に海軍力に転換し得る人的資源)、(5)国民性(通商適性、起業家精神、冒険心)、(6)政府の性格、の6要素を挙げ、大国発展の背景を説明した。
外洋への進出が容易、かつ世界交通の重要航路を管制できる位置を占めるならば、その国の地理的戦略価値は極めて大きい、とライバル国ロシア・ドイツに対する英国の強点を条件の第1で例示した。
地理的条件の戦略的重要性を説く、そこにマハンの慧眼がある。地理と国際政治・戦略のネチネチ・ドロドロとした関連性、この発想が後に地政学として発展する。
「普通の海」になる北極海
大航海時代、冒険家は世界を探検し、未知の航路を目指した。欧州からアジアへの最短航路、北極海航路への挑戦も度々行われた。しかし、当時の技術や氷の状況で北極海は越えられなかった。
北極海航路にはロシア側を通過する北東航路、カナダ側を通過する北西航路があり(東、西の見方は英国中心、東経・西経と同じ)、一般的には海流等の関係から氷が溶けやすく、よく利用される北東航路が北極海航路と呼ばれる(図1)。
地政学の開祖、マッキンダー(Halford J. Mackinder, 1861-1947)が活躍していた20世紀初頭、北極海は年中凍り付いた海であり、不入の極地であった(図2)。それが気候変動の影響で夏季航路が今年も開通した。