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藤崎彩織 ねじねじ録|#3 優しさの材料

デビュー小説『ふたご』が直木賞候補となり、その文筆活動にも注目が集まる「SEKAI NO OWARI」Saoriこと藤崎彩織さん。日常の様々な出来事やバンドメンバーとの交流、そして今の社会に対して思うことなどを綴ります。

Photo by Takuya Nagamine
■藤崎彩織
1986年大阪府生まれ。2010年、突如音楽シーンに現れ、圧倒的なポップセンスとキャッチーな存在感で「セカオワ現象」と呼ばれるほどの認知を得た4人組バンド「SEKAI NO OWARI」ではSaoriとしてピアノ演奏を担当。研ぎ澄まされた感性を最大限に生かした演奏はデビュー以来絶大な支持を得ている。初小説『ふたご』が直木賞の候補になるなど、その文筆活動にも注目が集まっている。他の著書に『読書間奏文』がある。

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優しさの材料

テレビ収録の為にバンドメンバーが集まっていた控室で「筋トレを始めようと思います!」と宣言したら、漫画を読んでいたラブさんが「ふうん」と相槌をうち、パソコンを開いていたなかじんが「へえ」と言いながら目を細めた。
メイク中だった深瀬君には「そういう小さな目標をいちいち人に言う奴は、だいたい続かない」とまで言われた。
彼の言い方は、
「RPGのような曲を提供してくれないか」
とスタッフから提案された時に、
「過去の成功体験に縋るような音楽だけは絶対にやりたくないです」と言い切った時と同じくらい、きっぱりとした言い方だった。

腹が立ったけれど、確かに私は運動を続けた事がない。
学生の頃に運動部に入った事もないし、(子供の頃からピアノをやっていたので、部活をやったこともない)バンドを始めた頃に自発的に始めたジムや水泳も、週1が2週に1度になり、あっという間に月1になり、いつの間にか始めたことすら忘れているという始末だった。
うだうだしている間に払ったかなりの月会費と、酔っ払って書いたツイッターの文面だけは思い出すまい、と記憶に固く蓋をする。
同時に、自分が「運動を続けられない人」だということにすら、蓋をしてしまったようだった。
小学校卒業以来何一つ運動を続けた事がなかったのに、自分では何となく運動しているような気でいたのだ。

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