新書時評

武田徹の新書時評――日本語は“論理的”でない?

評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。

 日本語は論理的ではないとしばしば指摘される。それは本当なのか。

 飯田隆『日本語と論理』(NHK出版新書)は日本語の用法を詳細に見てゆくことでその問いに答えようとする。たとえば「こどもがいる」と言っても、こどもが1人か複数か分からない日本語は、確かに欧米生まれの論理学と相性が悪い。「このXはPである」のか「すべてのXがPである」のか、いわゆる単称命題と全称命題を分けて考える論理学の作法が端から通用しないからだ。

 しかし、そんな日本語にも隠された論理や法則性があるはず。それを丁寧に探してゆく著者の姿勢には、冷静さの中に日本語というシステムを理解しようとする言語哲学者の強い情熱を感じる。

 飯間浩明『知っておくと役立つ 街の変な日本語』(朝日新書)は、街頭で見かけた新しい用語法を1つずつ解説してゆく。「大人っぽ」「つるすべ」というような妙なものも含まれるが、現役の辞典編纂者である著者は「変な日本語」こそ重要なのだと書く。たとえば立体駐車場を略した「立駐」はまだどの国語辞典にも載っていないが、短くて言いやすいし、意味も明確なので普及し始めている。その結果、従来の駐車場が改めて平面駐車場と呼び直される。新語・造語の生成にも論理があり、理に適った語は定着し、いつか国語辞典に収録されてゆく。

 今野真二『『広辞苑』をよむ』(岩波新書)の題名は、見出しと語釈を見ながら考えるという、小説を「読む」のとは異質の辞典を「よむ」実践を示す。『広辞苑』版元からの刊行だが他社辞書も丁寧によみ比べて充実した辞典論となっている。伝説的な辞書編纂者の見坊豪紀(けんぼうひでとし)の言葉を引いて著者は辞書が「鏡」として言葉の世界を映しだし、「鑑」として言葉遣いの模範を示すのだと書く。

 世に連れて変わってゆくのが言葉の自然であり、日本語の乱れをむやみに嘆くのは実はおかしい。しかし新語や新用法の氾濫は、それを知る人と知らない人との間のコミュニケーションを阻害する。社会的に定着した、あるいは定着すべきと認められる語彙を集め、意味と用法の規範を示す国語辞典は、誰もが共通に踏まえられる足場を提供してそうした分断を抑制する役割も果たす。

 日本語が論理的ではないのは、日本語を使いこなせない日本人のせいではないか。国語は学校で学んでも日本語は学ばない。新書は、日本語を使う際の指針となる辞書への理解を深め、最新の日本語研究の成果を読者に伝える、身近な学び直しの機会を提供するのだ。

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