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ソニーと東芝「勝負の分かれ目」大西康之

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キーワードは「国家」と「院政」だ。/文・大西康之(ジャーナリスト)

明暗が分かれたのはなぜ

2005年から7年間ソニーCEOを務めたハワード・ストリンガー(80)は、いまロンドン郊外で悠々自適の生活を送りながら、業績好調を続ける古巣を見守っている。

「今やソニーミュージックは世界の三大音楽会社の一つとなり、ソニーピクチャーズは、外国企業が持っている映画スタジオでは唯一成功している。最もビッグな歌手アデルはソニーの所属であり、最も人気がある映画『スパイダーマン』シリーズもソニーのものです。

今日のソニーの成功は、エレクトロニクス部門とエンタテインメント部門をうまく組織化したことによるところが大きい。CEOになった時、映画や音楽のエンタテインメント部門はいわば“絶海の孤島”で、東京のエレクトロニクス部門と連動しておらず、両者をつなぐことが私の使命でした。あの頃からエンタテインメント部門の資産は極めて重要で、ソニーの将来を支えることはわかっていました。ソニーは単なるエレクトロニクスの企業ではなく、各部門の総和によって最高の力が発揮できる。そういう会社であることを理解し、実現しようとみんなが一丸となって努力していたことがようやく実りつつあるのだと思います」

2003年に日本株の暴落のきっかけとなる「ソニーショック」を引き起こしたソニーグループは、テレビ事業の黒字化、ゲーム事業の成功などにより、2021年度第3四半期(10-12月期)の連結売上高、連結営業利益がいずれも過去最高を更新した。

一方、かつてのライバル東芝は3月24日に開いた臨時株主総会で、半導体を扱う「デバイス」事業を分離・独立させ、発電機器などの「インフラサービス」事業は本体に残す2分割の提案をしたものの株主が否決。2015年に粉飾決算が発覚して以来、何度も生まれ変わるチャンスがあったにもかかわらず、ことごとく機会を逸し、経営の迷走と企業価値の毀損を続けている。

かつてのライバル同士も、今はソニーの売上9兆円に対して東芝は3兆円と3分の1。株式時価総額も、東芝はソニーグループの約8分の1に落ち込む。

戦後長らく総合電機の一角として日本のエレクトロニクス産業を支えてきたソニーと東芝。これほどまでに明暗が分かれたのはなぜなのか。

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平井・吉田コンビ

CBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)に入社し、ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)で家庭用ゲーム機「プレイステーション」の事業を担当してきた「傍流」の平井一夫がストリンガーの後任として社長になった2012年、ソニーはまさに「どん底」の状態にあった。

2011年度の連結最終損益は、過去最大の4550億円の赤字。ところが4年後の2015年度に1478億円の最終黒字を計上し、2017年度には営業損益が7348億円の黒字となり97年度以来、実に20年ぶりに最高益を更新した。ソニーが平井時代に復活したのは間違いない。

だが、ストリンガーは本誌の取材に意外な事実を明らかにした。

「私の後継者として指名委員会に推薦したのは、平井さんと吉田さんの2人でした。吉田さんとは頻繁に会っていて、そのたびに素晴らしいアドバイスをしてくれました。会社の将来をよく考えているのはわかっていたので彼なら成功すると思いました。ただ、あの時は彼個人の事情もあって実現しなかったのです」

「吉田さん」とは、子会社のソニーコミュニケーションネットワーク(当時)で社長をしていた吉田憲一郎(62)。現在のソニーグループ社長だ。

1983年に東大経済学部を卒業して入社した吉田は、米国法人、財務部などを経て、98年の出井伸之社長時代には社長室室長を務めた「本流」の人だ。ストリンガーからのアドバイスがあったかどうかは分からないが、社長に就任した平井からソニー本体に呼び戻され、上級副社長兼CSO(最高戦略責任者)に就任。翌年、吉田はCFO(最高財務責任者)となり、平井と二人三脚でソニー改革を進めることになる。

ストリンガー氏

ソニーのストリンガー元CEO

平井と吉田のコンビはどうやってソニーを復活させたのか。

「吉田さんは出井さんが大事にしていたスタッフの1人でした。出井時代は『デジタル・ドリーム・キッズ』を合言葉に、“ハードのソニー”をプラットフォーム事業体に変えたかったが、変えきれなかった。時代が早すぎたのでしょう。それが今できていると思う」

そう語るのはソニーピクチャーズ社長を務めた野副正行だ。

「吉田さんは『10億人とつながる』と言っているけれど、この方向性はすごくいいと思う。ネットフリックスは4億人、アマゾンも同じくらいの人とつながっている。ネットの登場で音楽も映画も商売の取り組み方がすべて変わり、『人とつながる』ことが一番意味のある時代になった。こういう時代には、コンテンツの権利を持って、自社のプラットフォーム事業に活かせる企業が強い。3年前にEMIミュージックを買収したのもそういう理由からですよ」

資産で稼ぐモデル

現在、ソニーグループの売上高構成比は、ゲームが3割、音楽と映画がそれぞれ1割前後で両者を合わせると約50%になる。

稼ぎ頭のゲーム事業の中身を見ると、面白い実態が浮かび上がる。ゲーム事業と聞いてまず思い浮かぶのは家庭用ゲーム機だ。つまりハードウェアだが、ゲーム事業の売上高に占めるハードの割合は20%に過ぎない。ネットで配信される「デジタルソフトウェア」が21%、さまざまなゲームが遊べる月額会員の「ネットワークサービス」が14%もある。

だが、注目すべきは、ゲーム事業で最も稼いでいるのが、34%を占める「アドオンコンテンツ」であるという事実だ。アドオンコンテンツとは、いわゆる「ゲーム内課金」。ゲームの中で敵を倒すための武器(アイテム)などを追加で購入してもらうビジネスのことだ。

アイテムと言うと、「子供騙し」に聞こえるかもしれない。だが高度に発達した最近のゲームは1人で遊ぶのではなく、仮想空間で出会った多くの仲間と協力して課題をクリアしていくタイプのものが多い。アイテムで仲間を助けると仮想空間のコミュニティで「こいつはすごい」と一目置かれたりする。家や車やファッションに興味のないゲーム世代はその承認欲求をアイテムで満たしているのだ。

「たかがゲーム」と侮ってはいけない。2021年10月、米IT大手のフェイスブックは社名をメタ・プラットフォームズに変更した。創業者のマーク・ザッカーバーグは、成長が鈍化しているSNSの「フェイスブック」に代わり「(ネットワーク上に生まれる仮想的な商業空間である)メタバースの開発を事業の中核に据える」と宣言した。

ソニーのゲーム事業の稼ぎ頭であるアドオンコンテンツは、まさにこのメタバースであり、世界の投資家がそれを評価しているからこそ、株式時価総額がトヨタに次ぐ国内2位にまで上昇しているのだ。

海外の投資家がソニーを高く評価する理由の一つに「リカーリング」(継続的課金)のビジネスモデルがある。商品やサービスを「売り切って終わり」ではなく、毎月や毎年、会員に一定額を課金するビジネスで「サブスクリプション(会員登録)型」とも呼ばれる。映画やドラマをネット配信するネットフリックスや、ネットショッピングの配送料が無料になり、映画や音楽も楽しめるアマゾン・ドット・コムの「アマゾン・プライム」が代表例とされる。

その収益源となるのは、ゲーム、映画、音楽などコンテンツの知的財産権だ。これが収益を生み出すアセット(資産)となっている。

創業者の盛田昭夫が会長の時に行った最大の賭けが映画事業への進出だ。1989年、ソニーは総額34億ドル(当時の為替で約4800億円)で米五大スタジオの一つコロンビア・ピクチャーズを買収した。

「当時は、アップルの買収という話もあったらしいけれど、盛田さんは、『アップルみたいなところはいつでも買える。映画会社は買えるときに買わないと買えない。売ってくれるという今が買い時だ』と言っていたそうです」

ソニー初代CFOの伊庭保はこう振り返る。

盛田が狙ったのはコロンビア・ピクチャーズが保有する映画ライブラリー(2700タイトル)、テレビ番組(23000作品以上)だった。

買収から10年後に社長になった野副はこう話す。

「コンテンツの価値って落ちないんです。映画って何度も見るでしょう。それを今はゲームにもできるし、キャラクタービジネスにも展開できる。音楽でも映画でもゲームでもどんどん重なってきて、ビジネスは大きくなるんです。

ソニーピクチャーズのいいところは、トーキー(音声が入った映画)になるか否かという時代から、映画のライブラリー権利を持っていること。どの映画会社もそういうわけではなくて、例えば、パラマウントはけっこう切り売りしている。ビデオ化権、テレビ放映権などをバラバラに売ってしまって、自分たちのボーナスにしたりしてきた。その都度キャッシュは入ってくるけれど、これを買い戻すのは大変なんです」

ソニーの映画事業は、監督する立場にあったソニー・アメリカのグリップが弱かったこともあり長らく経営が安定せず、長年「高い買い物」とみられていたが、今ではそのコンテンツをネットフリックスやアマゾン・プライムに供給することで売り上げを伸ばしている。投資家から見れば、ソニーは日本最強のリカーリング銘柄ということになる。

女神がトーチを掲げるコロンビア・ピクチャーズのオープニング・ロゴは、91年に「a SONY PICTURES ENTERTAINMENT company」に変わり、2014年には、「a Sony Company」に変更された。ソニーのブランディングにも大きく貢献しているわけだ。

東芝はソニーに刺激される形で1991年に伊藤忠商事と組み、タイム・ワーナーに5億ドルを出資したものの、わずか数年で映画業界から逃げ出し、「高い授業料」を払わされるだけで終わっている。

②ソニー創業者・盛田昭夫

盛田昭夫

「お国が決めたものを作る」

ソニーの場合、エレクトロニクス製品が売れなくなるなかで、もがき苦しみながら新たな商売の種としてたどり着いたのが「コンテンツ」であり、「人とのつながり」だった。それに対して東芝はどうだったか。

東日本大震災直後の2011年5月、当時、日本経済新聞の記者だった筆者は東京・浜松町の東芝本社で会長だった西田厚聰にインタビューした。まだ東芝が製造した東京電力福島第一原発の状況が予断を許さない時期、世界最悪の原発事故に揺れる日本で大企業に何ができるのか。私の問いに西田はこう答えた。

「あれだけの土地をゼロから復興するというのは世界でも例がないことですからね。スマートシティでもコンパクトシティでもお望みのものを作って見せる。ただし、どう復興させるかを決めるのはお国です。実行部隊である我々企業は、お国が決めたものを作るのです」

なるほど、東芝はそうやって商売をしてきたのか。妙に合点のいくやり取りだった。

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西田氏

東芝の凋落をもたらした最大の原因は、原子力発電事業への投資だ。躓きのきっかけは2006年の米原発機器大手ウエスチングハウスの買収。米国初の商用原発を動かした名門を手中に収めた西田は有頂天だったが、その決定の背景に、国が策定した「原子力立国計画」があった。経産省の官僚に吹き込まれ、「原発事業のパッケージ輸出」という国策に乗ったのだ。

ところがウエスチングハウスは、30年以上原発を新設しておらず内情はボロボロだった。そこにリーマンショックと東日本大震災が追い打ちをかける。当然、社内でも原発事業の将来は不安視されていたが、経営中枢はまた国を頼りにしてしまう。民主党政権と安倍政権が目玉政策の1つにした「インフラ輸出」だ。

これが絵に描いた餅で実績ゼロに終わり、切羽詰まって行きついたのが2015年に発覚した粉飾決算だった。化けの皮の剥がれた東芝は、東芝メディカルシステムズ、東芝メモリといった将来性のある虎の子事業を手放さざるを得なくなる。

東芝では、無理な案件を通す時、「これは国策だ」というのが決まり文句だったという。国の方針に従っていれば安泰だという「国策民営」はすでに破綻していたのに、国にすがりついてしまったのだ。

EVは第7の柱になるか

「Hondaとの提携を通じて、セーフティ、エンタテインメント、アダプタビリティの3つの領域を軸に、モビリティの進化に貢献していきたいと考えています」

3月4日、ソニー社長の吉田はホンダの三部敏宏社長と記者会見に臨み、EV(電気自動車)の共同開発をおこなうと発表した。販売開始は2025年を想定しているという。

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