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安倍総理よ、今こそ日本に「強い決断」を|橋下徹

今回の新型コロナウイルスのような未知の危機に対処するには、ある鉄則がある。科学的根拠がなくても強い措置をとる。そうやって時間稼ぎをしつつ、実態解明を進める。状況が分かってきたら、徐々に修正を施していく。「まずはアバウトに、強く」が危機管理の鉄則だ。/文・橋下徹(元大阪府知事・弁護士)

危機対応の原則が欠けている

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、日本政府は様々な感染防止策を講じてきました。安倍首相は大規模イベントの開催自粛の要請、小中高校の臨時休校の要請を発表し、また入国制限などの水際対策を強化しました。政府の一連の対応を巡り、国内でも評価が分かれています。

感染拡大についてはまだ予断を許さない状況ではありますが、政治家だった時の経験も踏まえつつ、安倍首相の政治的決断について、僕なりに現時点における評価と検証をしてみたいと思います。

政府の対応の中で特に大きな議論を呼んだのは、「小中高の一斉休校」です。最も批判されたのは、政府の専門家会議に諮らず、安倍首相自身の判断で指示したという点でした。国民や野党の国会議員、専門家からは「科学的な根拠が明らかでない」との声が数多く上がりました。

僕がこの模様を見て痛感したのは、日本では国家的危機に対応する時の原則的な手順についてのコンセンサスが、政治家にも国民にも欠けているということです。

今回のような未知の危機に対処するには、ある“鉄則”があります。

まずは科学的根拠がなくても強い措置をとる。そうやってまずは時間稼ぎをしつつ、出来る限り力を尽くして実態解明を進める。そして状況が分かってきたら、徐々に措置を解除するなり修正を施すなりしていく――という一連の流れです。

「まずはアバウトに強く。その後、精緻に解除」

これが危機管理の鉄則です。

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橋下氏

最後は政治家の腹一つ

僕が大阪府知事2年目だった時の経験を紹介しましょう。

2009年春、世界中で新型インフルエンザが流行し、いつ日本に上陸するのかという状況に直面しました。5月には国内での感染が初めて確認され、大阪にはいつ来るのかと、固唾をのんで見守っていました。

その時、僕の頭の中にあったのは、WHOの幹部から表敬訪問を受けた時の会話でした。新型インフルエンザが流行する約半年前のことです。「もしパンデミックが起こった場合、政治家として1番やらなくてはいけないことは何ですか?」。こう質問したところ、その幹部は「人の移動や接触を、いざという時に止めることです。感染が拡大してからでは遅い。拡大の可能性がある時は、大胆な政治判断をしなければなりません。日本では国民の行動の制限はなかなか出来ないことなので、最後は政治家の腹一つです」とおっしゃった。

僕はこの言葉を念頭に置き、感染症対策の本をざっと読みながら、いざという時には都市活動を止める必要があることも学びました。そして同月16日、大阪と兵庫で同時に、海外渡航歴のない高校生に陽性反応が出たのです。ここで僕は即座に府庁内の対策会議を開き、大阪府内の中高(小は感染者の居住する自治体とその周辺自治体のみ)の一斉休校に踏み切りました。この決断に対し、今回とまさに同じような批判が庁内外で沸騰しました。

批判の主軸だったのは、「科学的根拠がない」という点でした。しかし、新型インフルエンザは当時まだ実態の解明が進んでおらず、致死率は40%とも言われていました。全体の感染者数が把握できないために、見かけの分母が小さくなっていたのです。データが乏しいうちは致死率が高くなるということは承知していましたが、それでも衝撃でした。

そのような状況で最後に頼れるのは、経験に基づく「勘」しかありません。子供は活動が非常に活発だから、学校から感染が爆発的に広がるのでは――僕なりにそういう「気配」を感じ取ったのです。

翌年、事後検証がなされましたが、検証結果は「感染収束に一斉休校は一定の効果があった」と示していました。もっとも、「一斉休校で活動を抑えすぎたから、時間が経って第2のピークが来てしまった」といちゃもんを付ける学者もいました。しかし、後出しジャンケンのように事後的に批判することはいくらでも出来ます。

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専門家から批判を浴びた「一斉休校」

感染との闘いは時間との勝負。陽性かどうかの判定には数日かかるので、検査結果のデータを待ち続けるわけにはいきません。イタリアなどの例を見ても分かるように、感染者は指数関数的に増えていきます。

いざという時には国民の命を守るために素早く決断し、強い措置をドンととる。こういった「科学的根拠のないなかでの大決断」こそが、政治のトップの仕事です。与野党の政治家達はその決断をバックアップするのが本来の仕事なのに、些事ばかり並べ立てている。「日本の政治は本当にダメだな」と呆れます。

もちろん強い措置には必ず不都合な点をともなうわけで、国民からは不満が噴出します。今回は幼い子をもつ親御さんが仕事に行けなくなるという声が上がりました。それに対してはあらゆる自治体が、自宅待機が困難な子供については、学校において受け入れをおこなう対応をしました。不都合はそうやって皆で知恵を出して乗り越えていけばいい。様々な不都合を気にするあまり、大きな行動がとれなかったのが、日本のこれまでの政治の弱さでした。

「権力の制限」をしすぎた日本

今回の事態によって、日本の法体系の欠陥が露わになりました。それは非常事態の際に、首相が大胆な策をとれるような法体系が整備されていないということです。

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欧米では現在、都市封鎖など国民の自由を制限する権力発動を、法制度に基づいて次々とおこなっています。一方の日本は、学校の一斉休校も大規模イベントの自粛要請も、明確な法的根拠がない中で首相の政治決定でおこなわれています。今は法律の根拠なく政府が何でもやってしまう、やりたい放題の状況です。これでは法治国家とは言えません。

民間のイベント自粛にしても、法的な強制力がない中途半端な「要請」という形になっている。イベント中止の判断が民間に丸投げされているのです。しかも主催者側がイベントを中止にしても、あくまで政府の要請に従って「自粛」したという形なので、経済的損失について国からの補償もありません。

本来、安倍首相が大きな政治決断をおこなった2月末の時点で、国会はすぐに法律の根拠の整備を進める作業に着手すべきでした。国会議員がその役割を全く果たしてこなかったのが残念でなりません。今回の対応を教訓とし、今後は現実に即したリアルな法体系を整備していく必要があります。

そもそも日本の法体系は、国家権力に縛りをかけ、政治権力が暴走することを抑え込むことが主となっています。憲法学者も立憲民主党も国民民主党もそれが「立憲主義」だと言っているのですが、彼らの主張している概念は大間違いだと僕は思っています。権力の制限に重きを置く法体系は、政治家の役割を軽視する思想が根底にあります。

政治権力をがんじがらめにしてしまっては、いざという有事の時、政治が全く機能しません。権力をただ縛るのではなく、権力が適切に行使されるようにすることこそが「立憲主義」なのです。

このような主張をすると「橋下は政治権力を強くして国家が私権を制限できるようにしたがっている。中国のような国家を目指すのか!」という批判があります。

一党独裁の中国の政治体制は、確かに感染の封じ込めという点では強さを見せつけました。日本から見ればあり得ない強権発動の連発によって、中国国内での新規の感染者は減少しているように見えます。ただしその裏で、著しい情報隠蔽と人権侵害もある。僕はそのような「非民主国家」を目指そうと言っているわけではありません。

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習近平国家主席

では、民主国家と非民主国家の決定的な違いはどこにあるのか。それは政治に大きな裁量を与えた時に、国会や裁判所がそれをチェックし、否定・修正する仕組みがあるかどうかです。その上で、被害を被った国民に対してはしっかりと補償をする。強い政治権力、チェック機能、国民への補償――この3つで非常事態に対応することが真の立憲主義であり、民主主義の知恵です。

そして、事後チェックが機能するためには、記録や文書の管理が徹底されている必要があります。この点では、安倍政権は森友・加計問題や桜を見る会の問題を追及される度に、「文書は破棄した」「再調査はしない」という釈明を連発しました。これでは国民は政権に不信感を抱き、大きな裁量を与えないでしょう。

有事の際は権力が大きな裁量を持つ必要があります。そのためにも、安倍政権にはもっと記録や議事録の重要性を認識し、国民の不信感を払拭してもらいたいものです。

専門家の仕事、政治家の仕事

ここまで政治的決断の重要性についてお話ししましたが、僕は専門家や科学の力を軽視しているわけではありません。ただ、今の日本では専門家と政治家の「役割分担」が混乱しているのが問題なのです。これは組織マネジメントにおいてよく起こりがちな問題です。

今回の一斉休校については、専門家会議のメンバーでもある川崎市の健康安全研究所所長・岡部信彦氏が、「専門家会議に諮っていない」と猛烈に批判していました。しかし、一斉休校をするかどうかを最終判断するのは、専門家の役割ではなく、政治家の政治判断です。ここの線引きを明確にしておくことが重要です。

新型コロナウイルスに関して、専門家が能力を発揮すべき領域は「ウイルス特性の解明」「感染のメカニズムの解明」「重症化に至る条件の究明」「現在の感染状況と今後の予測」などといったものです。そしてあくまでも客観的なデータ等を基に知見をまとめます。

一方、政治家の役割は、専門家から提供されたそれらの情報を踏まえて、入国制限、大規模なイベントの自粛、一斉休校など、人・社会の活動をどこまで抑制するのか、国家経済とのバランスを考えて総合判断をすることです。

今回の一斉休校で言えば、科学的根拠がないなかで休校の決断を下すのが政治家の役割。その後、措置を解除するかしないかの判断をするための科学的根拠を提供することが専門家の役割と言えるでしょう。

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経済対策も求められている

安全対策が青天井に

専門家の活用の仕方を間違えた分かりやすい例が、築地市場の豊洲移転問題です。豊洲の土壌の安全性を確認するために専門家会議が設置されましたが、彼らは都議会や世間からの求めに応じて、安全基準をどんどん高めてしまった。結局、土壌を全部入れ替えて、地下水を飲み水のレベルにまで綺麗にしなければならないといった、経済性が度外視された安全対策案となったのです。それだけ高い安全基準を設定してしまったので、その後ベンゼンや水銀などが少量検出されたことで大騒動となってしまいました。

専門家はその専門領域の中で専門知を極めることが使命です。だからこそ土壌の安全の専門家は、とことん安全を極める専門知を出してきたのでしょう。しかしそれでは、安全基準・安全対策が青天井になってしまいます。

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