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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#7

第一章
Once Upon A Time In SHIMOKITAZAWA

★前回の話はこちら。
※本連載は第7回です。最初から読む方はこちら。

(7)

 目覚めた瞬間、カーテンの向こうからやわらかい光がこぼれてくるのに気づいた。何時だろうか。朝方降っていた雨は止んでいるようだ。

 始発電車が動き出すまで続いた、昨夜の打ち上げの強烈な記憶……。帰宅後、僕は着替えもせず、ロフト代りに使っていた二段ベッドのパイプ階段を朦朧としたままのぼり、そのまま眠っていた。

 バイトも学校もない貴重な日曜日。枕元には、昨夜、CLUB Queの階段でヴォーカル・ベースの近藤さんから直接手渡されたPEALOUTのカセットテープ『I’M GONNA WHISPER TO YOUR LIGHT』と、ポケットに入れていたせいでくしゃくしゃになった沢山のバンドのフライヤーが転がっていた。

 僕はカセットテープを手に取ると二段ベッドからパイプ階段を降り、ちょうど真下に設置しているデッキにセットしてスタート・ボタンを押した。ゆっくりとテープが回転し始めるのを確かめながら、キャスター・マイルドに火を着け、深く息を吸い込みそのバニラの香りを味わった。

 1曲目はライヴで聴いた時、「ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・UK』とニルヴァーナのサウンドが混ざったみたい」と思った「SOLITUDE IN THE FIELDS」。煙草を一本吸い終わると、ユニットバスへ。熱いシャワーを浴び坊主頭をグリグリと洗いながら、昨日の夜、下北沢で起こった出来事を順番に思い返した。

 ライヴ終演後……。慌ただしい様子のドンちゃんに新入りの俺の世話を任せられたカズロウは「店なんて行くほどでもない、上で缶ビールでも飲んで時間を潰そう」と言い、肩で風を切って階段を上がった。彼はその場にいる全員に顔が知られているようで、あらゆる方向から声をかけられていた。帰る客でごった返す中、出口に向かった僕は驚いた。まるでオリンピックでメダルをとった選手を待ち構える記者達、マスコミのように、それぞれのバンドのスタッフや、女子たちが、どんどん客にフライヤーや音源を手渡していたからだ。

 ELECTRIC GLASS BALLOON、サニーデイ・サービス、THEE MICHELLE GUN ELEPHANT、PICTURES OF LILY、TOMOVSKYとザ・カスタネッツ……。「今度、ワンマンやりまーす!」と小柄な女の子が叫んだのを聞いて、僕はカズロウに思わず声をかけた。

「凄いな。こんな感じになってんの? Queって」

「バンドにファンがついて、その子たちが自主的に配りにきてんのよ」

「え? ファンが?」

「ファンとスタッフの中間というか。うーん、彼女たちは打ち上げに参加したりさ、自分でファンジン作ったりさ、持ちつもたれつというか。へへ、楽しんでるわけ」

 次の瞬間、さっきまでステージで歌っていた人が「よろしくお願いしまーす」と、フライヤーを配っているのに気づき、慌てて僕は声のトーンを上げた。

「あっ! 最高でした!」

「ありがとう。これなんだけど、今日から配り始めたカセットだから良かったら聴いてみて」

 先に地上に出ていたカズロウが、僕を見つけて肩をとんとんと叩き、軽く指し示した。

「あの人が、筒井君。エレグラの筒井君。エレクトリック・グラス・バルーン。ジョニー・マーみたいなギター弾く」

 ふと目をやった先には、文字通り「輝く」スニーカーが。先週買ったばかりの『CUT』の表紙。飛び跳ねるビョークが履いていた黒、赤、蛍光イエローのリーボックの現物をその時僕は初めて目にしたのだ。何気ないシャツとジーンズに、カラフルなインスタポンプヒューリーを合わせた筒井さんは周りを囲む女子達と次々と写真撮影をしていた。

 行列に並ぶ数名は手にCDを持って、そこにサインを求めていた。彼もCDをリリースしているのか……。茫然と写真撮影を眺めている僕を見たカズロウが「エレグラ、めっちゃカッコいいから。聴いたほうがいいよ」と言った。正直、「言われなくても聴くに決まってるやろ」と思った。

 シャワーを終えて、高円寺駅前のマニアックな品揃えのレンタル・ビデオ・ショップで買った赤いスライ・ストーンのTシャツに着替えた僕は、窓から雨上がりの曇り空を見た。せっかくだから最近移転したばかりの渋谷タワーレコードに行ってみよう、そう思った。

 ほんの数ヶ月前、湧井さんに出会うまで、自分の知り合いでCDを出している人などいなかった。それが、昨日の夜の打ち上げは出演バンドの仲間のミュージシャンや、レコード会社のスタッフだらけ。むしろ音源を配ったり、CDを出していない人間の方が少ないように思えた。「曲作ってるならデモ聴かせてよ」と紹介されるたびに何度も言われて、今渡せるものがないんです、と口籠る自分が情けなかった。ただそれでも昨夜の自分はこんなチャンスをみすみす逃すことはしない、「爪痕を残すんだ」という必死な思いでその場を味わい尽くしたはずだ。

 僕は決めていた。ここで知り合った全員のCDを1日でも早く買う、そして可能な限りすべてのライヴを観に行こうと。彼らからノウハウを学ぶしか、自分の未来はないと。そして、打ち上げの終わる頃。僕は湧井さんや STARWAGON のメンバーに「アンプや楽器運びやローディとして僕を使ってください」と、頭を下げた。

 いざ、出発。当時一人暮らしをしていたマンション、東中野ヒルズから早稲田通りを高田馬場方面へ少し進み、祖母と一緒に何度も買い物に通った「いなげや」の交差点を右折して小滝橋通りへ。

 ここから新宿に向かうエリアは自分にとって文字通り第二の故郷だ。僕は、東京・新宿区育ちの母親が京都に移住し、教員の仕事を始めて生まれた子供だった。母方の祖父母が暮らし、盆や正月に我々家族が帰省する実家が百人町にあった。僕にとって、いわゆる「田舎」は東京グローブ座のある辺りから、過去には柏木と呼ばれた生活圏。両親が共働きの僕は、幼い頃から長い休みのたびにこの町で祖父母と共に時間を過ごしてきた。

 原付バイク HONDA JAZZ に跨って春の風を切りながら、まるで自分が昨日までの自分ではないような気がした。子供の頃から見てきた町の景色が違って見えた。知り合いのCDを買いにいくだけ、そして先輩バンドの荷物を運ぶのを手伝っていいと言われただけ。まだ何も始まってはいない。なのに、興奮の中でタワーレコード渋谷店の全階を巡り、CDを手に入れて帰る同じ道のり。あたかもプロになって故郷に凱旋するかのように満面の微笑みを隠しきれない気が早い自分に呆れてしまった。

 自宅に戻ると日が暮れていた。買った3枚のCDを1枚ずつ開封してみる。エレグラのファースト・アルバム《STRIKES BACK》と、N.G.THREE《eight tracks》、そして買いそびれていたマドンナ 《ベッドタイム・ストーリーズ》の輸入盤。小学生の頃から「エロ過ぎる」と親に反対されながらも、隠れキリシタンのように追いかけてきたマドンナだったが、この頃ほんの少し熱が冷めかけていた。ただ、ベイビーフェイスが彼女と共同プロデュースしたオリエンタルなバラード・シングル〈テイク・ア・バウ〉が2月から7週間連続ビルボードHOT100で首位を独走しているのを聴くと、やっぱり好きだなぁ、と。CDケースが定番の黒や白、透明でなく、明るいターコイズ・ブルーのトレイだったのも新鮮だった。

 夢中で貪るように3枚のCDを聴き終えた僕は恍惚の中で、何気なくテレビをつけた。すると明らかに物騒なニュース映像が目に飛び込んできた。

 1995年4月23日20時35分。エメラルドグリーンの「クルタ」を着た、オウム真理教の村井秀夫”科学技術省”大臣の姿が小さなブラウン管に映し出される。彼が南青山の東京総本部前で大挙するマスコミの目前で刺されたという。床に凶器となった血塗れの包丁が転がっている映像が、繰り返し繰り返し流されていた。

 ほんの数時間前までいた渋谷から距離はさほどないはずの南青山。サリン事件から続く混乱に精神が麻痺し、まるで遠く離れた架空の国で繰り広げられている御伽噺のように感じる自分が怖かった。

〈第一章、完〉

★今回の1曲―― Madonna - Take A Bow(1994)

(連載第7回)
★第8回を読む。

■西寺郷太(にしでら・ごうた) 
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としてもSMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、私立恵比寿中学、「ヒプノシスマイク」など多くの作品、アーティストに携わる。
近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。
代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
現在NHK-FMで放送中の「ディスカバー・マイケル」に案内役としてレギュラー出演。


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  • 201本

“文藝春秋の顔”というべき筆者たちによる「文藝春秋 digital」オリジナル無料連載をまとめました。三浦瑠麗、門井慶喜、中野信子、出口治明、森功、辻田真佐憲、野口悠紀雄、西寺郷太、麻生幾の各氏が交代で執筆します。

コメント (1)
こう言う時代があったのだな、と興味深く読んでいます。
いつも西寺郷太さんの顔を見ると、どこかで会ったような気がしてたのですが、小学校低学年くらいの時期、とある場所のケンタッキーの一階で母が買っている間に二階にあがり、席取りし終わった僕は、そこにいた西寺郷太さん(もしくは似てる人)と体感で20秒くらい見つめ合ったようなよくわからない記憶が出てきました。この文章で当時の自分のことを思い出したらそんなを思い出しました。合ってるかはわかりませんし、時期も95年より数年あとのことかもです。母に、あの人芸能人?って聞いたような記憶もあります(笑)知らないと言ってた記憶…。まあそれはいいとして、変な親近感もありますしこれからも楽しみにしています!
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