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美人は得か|中野信子「脳と美意識」

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※本連載は第28回です。最初から読む方はこちら。

 女性の容姿の良さは、例えばその人が秘書などサポーティブな役割に就いているという場面では、高く評価される。一方で、リーダーシップをとる管理職などの仕事では「適切ではない」「決断力に欠けるに違いない」など、実力が目減りして見られてしまうということが報告されている。これは、女性の容姿の高さが必ずしも実力とは結び付いて考えられず、当該人物の実力ではない何らかの資質に対して高評価がされているのだろう、だから実力はさほどでもないはずであろう、という無意識的なバイアス(偏見)の犠牲になりやすいことを示していると考えられている。東大生「なのに」美人、であるとか、美人「過ぎる」〇〇、という表現は、容姿の良さと学歴とは相反する価値であると暗に認めていることを示してしまう言い回しであり、それらの価値が実際にはそう関係のあるものではないと吟味することなしに、容姿が良ければ能力は低いはずである、と見なされてしまうのである。

 心理学の用語ではステレオタイプ・スレット(固定観念の脅威)という。「この人はこういう外見だからこうに違いない」、「女性だから論理的思考が苦手なはず」という風に思い込まれてしまう。無意識のバイアスの一つである。

 さらに幼いころから「女の子だからこうしなさい」「あまり頭がいいように思われてはいけない」などと、陰に陽に言われてくることで、何か率先して発言しなければいけないときも一歩引いてしまう。ここで発言することで「扱いにくい人間と思われたらどうしよう」という不安が、男性よりも出やすくなってしまう。つまり、社会通念によって、女性自身も思い込み、ある程度能力を限定的に伸ばされてしまうのである。

 こういう状況下で、リーダーとして采配を振るうには勇気がいる。その心理的なハードルの高さは見えにくいものなので、そういう目にあったことのない男性には理解してもらいづらい。そうした点も女性がキャリアを持った場合の生きづらさにつながっているだろう。

 例えば身長には確かに性差がある。しかし、それは統計的に有意である、ということ(単なる統計上の違い)であり、男性なら全員が女性より背が高いかというとそうではない。時々、統計を理解せずに統計という用語だけを使う人がいるため明記しておく。有意差があっても、男性でも150cm台の人はいる。女性でも180cmを超える人もいる。脳の性差というのも調べれば統計的有意差が出てくる資質はあるのだが、実生活とそれを混同させてああだこうだというのは、あまりに科学をナメているし、飲み屋の話題程度なら面白いけれども耳を傾けるには慎重であるべきだ。無論、組織運営の現場や進路決定などには適用すべきだとはとてもいえない。その人の属性よりも個人の能力をみるべきで、それが真に科学的な態度でもあるし、実際その方が長い目で見ればより円滑に物事が進むだろう。

 ただ現実には、女性だから気が利くとか、男性だから意思決定力があるとかといった、属性で判断しがちでもあり、されがちな状況もあるのは否めない。この現象を、私はある意味面白いと感じてしまう側面もないではない。人間の脳は、相手を属性で判断せざるを得ないほど、大量の情報処理の不得手な、“足りない”脳なのだ。本来なら、男だの女だのというラベルではなく、個人の情報を丸ごと受け取って判断するのが一番正確でいいはずだが、それが処理できないので、この属性の人はこういうタイプの人間に違いない、と粗く処理をして、あとで辻褄を合わせようとする。「女性だから」「子どもがいないから」「体育会系出身だから」などさまざまな情報ラベリングであらかじめ整理して分類しておき、そこにあてはめる。すると計算が軽く済む。

 もっといえば「あの人はこうに違いない」とまずラベルを貼って処理しようとするのは、頭を働かせなくても判断過程をショートカットしたい、ちょっと残念な脳の性質ともいえ、その人の知的水準を測ることのできる指標ともなり得てしまう。そういう人を見たとき、腹を立てる前に、ああ、この人は情報処理にかなりの手抜きをしないといけないほど、脳を使うのに困難を感じるタイプの人なんだな、と正確に理解をしてやるのがよいのではないだろうか。

(連載第28回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。


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