この東京のかたち

直木三十五の場合――東京とは馬が合わなかった 門井慶喜「この東京のかたち」#7

★前回の話はこちら。
※本連載は第7回です。最初から読む方はこちら。

 第162回芥川賞・直木賞が発表されました。ここでは直木賞のほうに話をしぼりますが、受賞者が川越宗一さんと聞いて、私は、

 ――宗一かあ。

 偶然の一致がおもしろかった。直木賞はいうまでもなく大正昭和期の作家・直木三十五を記念したものですが、この作家は、本名を植村宗一というんです。 

 姓の「植」の字をふたつに割って「直木」のペンネームにしたわけで、つまり今回は、宗一の賞を宗一が受けた。ささやかな歴史の女神のいたずらでした。

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 前回、私は、高橋是清をとりあげました。その浮き沈みのあまりに激しすぎる人生において、「浮」はたいてい江戸または東京で起きていると述べましたが、じつは浮き沈みの激しさなら直木三十五も似たようなもの。栄枯盛衰がはなはだしい。ただし是清とちがうのは、直木の場合、むしろ東京では「沈」のほうが多いことでした。

 前回同様にたしかめてみましょう。生まれは大阪谷(たに)町(まち)筋(すじ)です。医者の叔父の血を引いたのか、小学校の成績は優秀で(浮)、東京に出て、早稲田大学英文科予科に入学しましたが(浮)、学費滞納により除籍されました(沈)。

 滞納の理由はどうやら女に押しかけられ、同棲して(のち結婚)、子供ができたためらしい。なるほど古着屋の実家のわずかな仕送りで妻子をやしなうのは無理だったでしょう。除籍後、先輩にさそわれて出版界に入り、『トルストイ全集』の編纂にあたり、これが売れに売れました。 

 ――何だ、ちゃんと東京で成功したじゃないか。

 と思うのは早計です。直木はこれで分不相応の大金を得たために他の全集に手を出して失敗し、借金をこさえ、家賃を18か月もためこむような窮乏生活におちいりました。

 やっぱり「沈」のほうでしょう。直木はいったん大阪へ逃げ、小説を書きはじめ、映画事業に手を出して成功もしましたが、それも行きづまり、東京へふたたび駆けこむべく家財を田端の駅留め(という制度がありました)で送ったところ、やっぱり差し押さえられた。借金とりは忘れていなかったのです。

 けれども直木は、よみがえりました。流行作家になったんです。

 大阪時代の実績がものを言ったらしい。「大阪毎日新聞」および「東京日日新聞」という、現在の毎日新聞の前身のひとつに『南国太平記』を連載したのが絶頂期だったと、こんにちの文学史は伝えています。このとき「浮」のたねは大阪にあったと見ることもできるでしょう。彼は三たび成功者となり、お金に余裕ができましたが、注文の殺到にこたえるため、どうやらかなり無理をしたらしい。44歳で病死しました。

 もともと体が弱かったのも一因でしょうが、当時の朝日新聞は「あっぱれ武士の斬り死にだ」と書いたそうです。

 東京はつまり、最後まで彼にほほえむことをしませんでした。

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 直木旧邸宅(横浜市金沢区富岡)に建てられた碑。
横浜ペンクラブが贈った「芸術は短く貧乏は長し」の文字が見える。

――自業自得だ。

 という見方もあるでしょうが、私はそこまで厳しくなれない。むしろ直木三十五という人はつくづく、

 ――東京とは、馬が合わなかったんだなあ。

 そんな気がするんです。

 まさしく高橋是清とは正反対。それは是清が江戸うまれであり、直木が大阪うまれであるというようないわゆる地方性とはたぶん無関係なので、それよりも問題はお金にある、というか、お金への態度の差にあるように思う。

 何しろ是清のほうは大酒飲みのくせに数字の記憶力が抜群によく、これは晩年も変わりませんでした。国家の金に厳密だったのです。いっぽう直木は下戸なのに、自分の金も、会社の金も、ほとんどつねに「どんぶり勘定」。

 上戸下戸は話が別でしょうけれども、とにかくこんな差がありました。能力なのか気質なのか。東京というのが物々交換でもなく、おコメの支給でもなく、貨幣という抽象的なものでのみ人々の生活を成立させる「近代」という時代の代表都市である以上、こういう直木と馬が合わないのは仕方ないのかもしれません。

 その死にさいして朝日新聞が「武士の斬り死に」と書いたのも、深読みすれば、直木のそんな前近代的な気質に対する同情だったかもしれないし、いっそ憧憬だったかもしれない。東京なんかに出てこなければ、あの『トルストイ全集』の成功がなければ、直木は案外、実家の古着屋を継いで、ささやかな暮らしに満足して長生きしていたかもしれないのです。

 雑誌「文藝春秋」を創刊した菊池寛も、直木に書かせたひとりでした。

 その死に責任を感じたのでしょう。菊池は翌年、直木賞を制定し(芥川賞も)、新進作家の登竜門としました。故人を記念したわけです。

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月刊「文藝春秋」昭和10年新年号に掲載された「芥川・直木賞制定宣言」 

 発表の場は、もちろん東京です。この賞はこんにちも隆盛し、そのつど賞の名が全国へ喧伝されていることを考えると、直木三十五という人は、死んではじめて東京と和解したともいえるでしょう。

 このたびの「宗一」さんの受賞を泉下の彼はどんな思いで見ているのでしょう。ちょっと聞いてみたい気もします。なお私がこの連載の第2回で「社史の名著」と形容した『丸善百年史』ですが、その上巻第一編、明治維新から早矢仕有的の死去までのところの筆者は歴史学者・植村清二。

 とても文章のうまい人ですが、その姓名から察せられるとおり、直木三十五の実弟です。長らく地方で教鞭をとり、86歳まで長生きしました。

(連載第7回)
★第8回を読む。

 門井慶喜(かどい・よしのぶ)
1971年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。08年『人形の部屋』、09年『パラドックス実践』で日本推理作家協会賞候補、15年『東京帝大叡古教授』、16年『家康、江戸を建てる』で直木賞候補になる。16年『マジカル・ヒストリー・ツアー』で日本推理作家協会賞(評論その他の部門)、18年『銀河鉄道の父』で直木賞受賞。その他の著書に『定価のない本』『新選組の料理人』『屋根をかける人』『ゆけ、おりょう』『注文の多い美術館 美術探偵・神永美有』『こちら警視庁美術犯罪捜査班』『かまさん』『シュンスケ!』など。
2020年2月24日、東京駅を建てた建築家・辰野金吾をモデルに、江戸から東京へと移り変わる首都の姿を描いた新刊小説『東京、はじまる』が刊行される。
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