出口さんカンバン

出口治明の歴史解説! エリートの項羽が負け、侠客の劉邦が勝った理由は?

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年2月のテーマは、「大逆転」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第16回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】項羽と劉邦は、エリートで賢い項羽が負け、農民出身で賢くない劉邦が勝ったのが不思議です。どうしてこういう大逆転が起きたのでしょうか。

 項羽(B.C.232~B.C.202)が負けてしまった原因は、まさしく賢いエリートだったからです。彼の祖父である項燕は、大国だった楚の大将軍でした。代々、将軍を務めた名門の家柄です。

 項羽を育てた叔父の項梁もまた名の知られた武将でした。項梁は始皇帝の死後、反乱軍のリーダーとなって秦に攻め込みます。このとき片腕となって活躍したのが若きエリートの項羽と、沛という県で蜂起して項梁軍に加わった劉邦でした。

 劉邦は農民出身で、生年も定かではありません。同じ農民出身から明の皇帝になった朱元璋(1328~1398)のように才気走ったところはなく、読み書きもろくにできなかったようで、ちっとも賢くない人です。反秦の戦争に参加する前は、酒や女性を好む侠客でした。いってしまえば、町の親分さんですね。

 ところが項梁の死後、このあまり賢くない劉邦に、エリートの項羽は敗れます。理由は簡単です。

 項羽は自分が賢かったから、部下たちがみんな馬鹿に見えてしまった。彼には范増(B.C.277~B.C.204)という優れた参謀もいましたが、自分が賢いと思っているから最終的には自分の意見だけで意思決定を行いました。たとえば、范増はずっと劉邦を侮らず、むしろ暗殺を進言していたほどです。しかし、項羽はその案を採用しなかったのです。

 一方の劉邦は、自分がそれほど賢くないと知っているので自分では意思決定ができません。難しいことは、部下たちに任せてしまいます。臨機応変というか、一貫した主義主張もないのです。しかし、この性格のおかげで、いろいろな部下の進言を「よし、わかった。それでいこうやないか」と実行に移すことができました。その方が、好結果が得られると考えていたのでしょう。

 つまり、項羽と劉邦の大逆転は「リーダーは有能な人材をうまく使った方の勝ちや」という話に尽きます。

 歴史には「あの大将より参謀のほうがずっと賢かった」という話が山のように出てきます。おそらくそれがリーダーの正しい姿です。自分を賢く見せたいばかりに失敗する政治家や経営者は山ほどいます。

 劉邦のような上司は、部下たちが「これは助けてやらんとあかんな」と頑張り、その結果、チームとして高い能力を発揮するのです。
 

【質問2】日本の歴史で大成功した改革はあるでしょうか?

 日本の歴史で改革といえば、江戸時代の三大改革がすぐに思い浮かぶでしょう。1716年に始まる「享保の改革」、1787年に始まる「寛政の改革」、1830年に始まる「天保の改革」です。いずれもあまり成功しませんでした。

 日本で最もダイナミックに成功した改革は、明治維新でしょう。軍事クーデターですから「革命」と見ることもできますが、この連載でも何度か説明したように、最終的には幕府老中の阿部正弘が描いたグランドビジョン「開国→富国→強兵」にみんなが賛同しています。ですからフランス革命やロシア革命に比べれば、流れた血がわずかなのです。「大改革」と呼ぶのが妥当でしょう。

 世界史的に見ると、明治維新が成功した背景には、クリミア戦争(1853~1856)があります。フランス、オスマン朝、連合王国、サルデーニャなどの同盟軍が、ロシア帝国と戦うという大規模な戦争が起きて、欧米列強は極東の島国にかまっているヒマはありませんでした。もし、ペリー艦隊に続いて一緒にそれらの国の艦隊が江戸湾に入ってきたら、天才政治家の阿部正弘もしんどかったでしょう。クリミア戦争のおかげで日本はずいぶんと時間稼ぎができたのです。

 明治4年から2年もかけて、岩倉使節団が世界を見てまわったのも大正解でした。まだ日本という国が固まっていない時期に、岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文ら政府の首脳が広い世界を見て、自分たちの実力を知った。岩倉たちはちょんまげで出発して、途中で西洋風に髪を切って帰ってくる。「こんな格好で我を張っていたら、国はもたへん」とわかったわけですね。電話もインターネットもない時代に、リーダーたちが2年間も出来たばかりの国を留守にするというのはとんでもない話です。これだけでも全体を取り仕切った大久保利通の胆力のすごさがわかります。おかげでリーダーたちが海外で徹底的に学び、国論が統一されました。

 この流れについていけない西郷隆盛が早い時期に下野したことも実はこの大改革を推進することにつながった。

 阿部正弘の優れたグランドデザイン、諸外国の無関心、岩倉使節団の大成功、大久保利通という不世出のリーダーの存在など、大穴馬券が5回連続で当たったぐらい幸運つづきだったのが明治維新です。日本の戦後復興もそれに近いですが、大きな成功は必ず運が味方しています。

 最近の日本で、成功しかかったのに惜しくも失敗した改革があります。

 それは、2012年の三党合意です。当時の政権を担っていた民主党、それに野党の自民党、公明党の3党で、「増税を掲げて選挙に勝った政党はない。でも、このまま負担と給付のアンバランスをつづけたら日本はもうアカンやろ。政争に増税の話を持ち出すのは互いにもうナシや」と、社会保障と税の一体改革に合意したのです。当時の僕は「孫たちの時代に借金を残して死なんでもええんやな」と感激したものです。

 この大英断と思えた三党合意は、いまや忘れ去られようとしています。優れた改革が必ず成功するとは限りません。内容は素晴らしくても、運が悪かったら改革は成功しないものなのです。
 
(連載第16回)
★第17回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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