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【イベントレポート】文藝春秋カンファレンス「『業務効率化総点検』建設業界編~建設DXのポテンシャルと生産性向上~」

2021年6月16日、文藝春秋が主催する『業務効率化総点検 建設業界編 ~建設DXのポテンシャルと生産性向上~』がオンラインで開催された。「DX時代の建設を考える」基調講演に続いて、「データのクラウド一元管理がもたらす意義」というソリューション講演、そして「これからの建設業の成長戦略」を掲げたクロージング講演という三部構成。DXによって加速する建設業のポテンシャルを実感した本セミナーをここにリポートする。

♦基調講演

DX時代の建設を考える」

建山様①

最初の登壇者は、立命館大学理工学部環境都市工学科教授の建山和由氏。2015年12月、国土交通省は低迷している建設分野の生産性を劇的に改善させようと「i-Construction」という新施策をスタートさせた。建設が変わらなければならない理由として、建山氏は大きく3つの要因を挙げる。1つは、我が国の人口減の流れの中で15~64歳の生産年齢人口が急激に減少し、建設従事者・熟練技術者不足が深刻化すること。2つめは、人口減により税収が減少し、インフラ投資予算が縮小すること。3つめは、人も予算も減っていく中で、インフラの維持修繕・更新や災害対策の強化をはじめとする複雑で難しい工事が増加するためだという。建設の役割は社会に対し、将来にわたって安定的にインフラを提供していくことであり、それができる体制の構築が急がれてきた。

実際、その成果は見え始めているという。これまで人力に頼ってきた作業に対してICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)活用が進んでいる。たとえば、「土工」といわれる土を動かして道路盛土や河川堤土を造る作業等においては全面的にICTを活用。ドローンを使って上空から三次元測量を行い、その測量データを使用して設計施工計画を立て、その設計データを用いて建設機械を制御し、撮影データを使って出来高の検査まで行えるという仕組みづくりが構築され、大幅な省力化が進みつつある。また、これまで建設現場で1つずつ作られていた「現場作業・単品作業」を「標準化・工場生産」することで、工場生産をしたものを現地で組み立てる方式に転換。さらに、閑散期と繁忙期など季節変動の大きい発注を、年間を通じて平準化することで安定化させるなど、建設業の体質改善を図る取り組みが進められ、徐々にその成果が現れだしている。ただ、ICTを導入できない企業もあり、特に地方のインフラ整備を支える地方自治体とローカル企業への導入が課題だと建山氏は語る。

建山様②

そして、社会におけるDXの推進によって、建設業はこれまで以上にデジタル化を進めていく必要があるという。内閣府が提示する「Society5.0」の社会では、現実空間からの膨大な情報が仮想空間に集積され、ここに集積されたビッグデータをAI(人工知能)が解析。その解析結果が現実空間にフィードバックされるため、これまでになかった新たな価値や産業が社会にもたらされることになる。「Society 5.0」でベースとなるのはIoT(Internet of Things)とDX(Digital Transformation)。IoTは社会のさまざまなものがインターネットでつながれ、相互に情報をやり取りすることにより個々の物が持つ機能を画期的に高めていこうとする概念で、DXは高速インターネットやクラウドサービス、AIをはじめとするデジタル技術を活用して、既存の組織や仕組み、手順、モノや情報の流れといったものを根本的に変革することにより、業務の効率化や省力化を超えて、事業や商流の在り方そのものを改革するという概念だ。こうした2つの流れを受けて「i-Construction」ももう一段階上のレベルで推進していく時期に差し掛かっているという。

しかし、ICT施工を導入するということ自体が目的になってしまっていて、本来の目標が明確になっていないケースも多く見られると建山氏は指摘する。たとえば、人員の2割削減や、工期の2割短縮のために、ICT施工だけでなく、多様なデジタル技術をどのように活かしていくのか。現場ごとに課題の抽出とその改善方法を検討することが重要であるという。その時に着目したいのが、1980年台から取り組まれたトヨタの「生産方式」をマサチューセッツ工科大学が体系化した「リーン生産方式」だ。「リーン」には筋肉が引き締まっていて無駄がないという意味があるが、この考え方が非常に有効だと建山氏は話す。

建山様③

「リーン生産方式」で建設作業の分析を行うと、「付加価値作業」と「付随作業」と「ムダ」の3つに分けられる。たとえば、道路を造ることは本質的な「付加価値作業」。それに関わる書類作成作業などは無くてはならない「付随作業」。また、検査官の到着を待つといった調整時間は無くても良い「ムダな作業」に当たる。現在、さまざまな建設改革のおかげで、「付加価値作業」については全自動の自律型建設機械施工システムが一部大企業で動き出す他、さまざまな省人化が進展中。「付随作業」である書類作成作業等もペーパーレス化・映像化をはじめとする様々なデジタル技術によって省力化が進んでいる。そして、現場の遠隔臨場が可能になり、検査官待ち等の「ムダ」な時間もなくなるなど、建設業界は確実に変わりつつあるという。建山氏は最後に、新しいことをやるのだから、うまくいかなくても失敗を責めるのではなく挑戦を評価する、そうした文化の醸成が必要だと締めくくった。

♦ソリューション講演

「データのクラウド一元管理がもたらす意義」

次の登壇者は、Dropbox Japan株式会社のインダストリー・リーダーの戸田麻弥氏と、ソリューション・アーキテクトの李苑氏。戸田氏は、日本の建設業界におけるDX革命は想像より進化し、そして加速していると話す。続けて、IDCの調査では、業界内のDX成熟度を「個人依存」「限定的導入」「標準基盤化」「定量的管理」「継続的革新」という5段階で評価。これを国ごとに比べると、日本がトップで成熟しているという、やや驚きのある結果になったと語る。しかしながら日本も各国も建設業界全体が5段階の成熟度のうちの2段階となる「限定的導入」というステージに留まっている。ここに変革の余地が大いにあるという。

写真変更Dropbox)

では、なぜ「限定的導入」に留まっているのか。IDCが建設業835社にアンケート調査(2019年)を行い、DXの成熟を阻む要因となるものを複数選んでもらったところ、「DXプラットフォーム」に対して約56%の人が課題に感じていることがわかった。DXを推進していく上でサービスやシステムを運営するために必要な共通の土台をどうするか。この課題を解決していくことが「標準基盤化」につながり、その後のDXが大きく推進していく鍵になる。

戸田氏はここで、現状のデータプラットフォームの構築状況と問題点を明示。社内には、クラウド、オンプレミス(自社内の環境で管理する方式)のファイルサーバー、現場・支店に置いてあるNAS(ネットワーク上の共有ディスク)、そしてローカルPCがあり、それぞれの場所でデータが保存されている。ファイルの保存場所がバラバラなので、バージョンごとにファイルが量産されてしまい、どれが最新かわからない。また量産によってハードディスクのデータ圧迫に頭を悩ませている企業も多いという。企業によっては作業所に置いてあるNASのバックアップを取っていなかったり、取っていたとしてもリアルタイムではないので常にデータ消失リスクがあるという。このような問題が随所で発生し、DXの足かせとなっていると指摘する。


Dropbox様②

法人向けクラウドサービス「Dropbox Business」(以下「Dropbox」)を導入することで、どのようなメリットがあるのだろうか。戸田氏は、①図面フォルダを取引先と共有することで、双方で直接図面を編集できるようになる。②フォルダに対してアクセス権を細かく設定することで常に最新の図面を確認することができる。③図面の編集内容については「Dropbox」のコメント機能を使うことでメールのやり取りを大幅に減らすことができる。④ファイルが上書き保存されるたびにバージョンが記録されるため、リアルタイムでバックアップを取っていることと同じになり、万が一、大量のデータを削除しても巻き戻し機能で任意の時点に一括ロールバックができる。⑤保存場所が「Dropbox」1か所になったことで、全文検索機能を使ってファイル内の文字列まで検索対象にできることから、必要なファイルを探す手間や時間を大幅に削減することができる。と話し、業務フローを大幅に効率化することが可能だと述べた。

ここで、ソリューション・アーキテクトの李苑氏が登壇。「Dropbox」を使って共有する時の業務フローをどのように改善できるのか、現場でよく使われている「チームフォルダ」を例に実際の画面で説明。編集保存した図面は、保存後すぐにチーム全員のファイルに反映され、全員が同じ図面にアクセスすることができる。また、間違って削除してしまったデータの復活方法も明快だ。操作方法もWindows Explolerと大きく変わらず、とても使いやすいことがわかった。

戸田氏は、データをクラウドで管理する上で重要なセキュリティについても説明。誤送信対策、情報漏洩対策の他、データガバナンス(データの統治)、データリテンション(データの保持)にも対応できるという。

Dropbox様④

最後に、予想外の導入効果を得た戸田建設と飛島建設の事例が紹介された。戸田建設では、導入メリットは先に挙げたものと同様だったが、特に検索部分については導入前には考えなかった以上の効果で好評だったという。また、コロナ禍で在宅勤務が急増したもののスムーズに在宅に移行でき、「Dropbox」の予想外の効果を体感したそうだ。飛島建設で行った導入効果についてのアンケート調査では、移動時間やIT管理者のBCP対策(緊急時に遭遇した際の事業継続計画)時間などで大きく節約になっている他、利用3年目時点での費用対効果(作業効率向上による人件費削減効果)ではすでに350%出ており、4年目も予測値395%を達成したとのことだ。

♦クロージング講演

「これからの建設業の成長戦略 ~デジタル革命がもたらすイノベーション~」

家入さん①

クロージング講演は、「これからの建設業の成長戦略 ~デジタル革命がもたらすイノベーション~」。『よくわかる最新BIMの基本と仕組み』などの著書がある日本でただ一人の建設ITジャーナリスト、家入龍太氏が登壇。これからは人に頼った現場は贅沢でやっていられなくなると前置きし、労働生産性を上げる秘訣を公開。そのためには、人数を減らすという考え方と労働時間を減らすという2つの方法を挙げ、人数を減らすためには人間以外のロボットやAIに仕事をさせること。労働時間を減らすためには徹底的にムダを省くことと、人がIT機器等を活用して超人化することで、普通以上の力を出せるようにして短時間で仕事を終わらせることを提示。つまり、肉体労働はロボットに、頭脳労働はAIに任せ、人間はITデバイスで超人化するべきだと話し、超人化アイテムの1つとなるMR(Mixed Reality:複合現実)デバイスの「HoloLens」を紹介した。 

「HoloLens」をかけると、目の前の現場の風景に3Dの図面が重なって見える。同じスケール、同じ角度で見ることができるため、図面通りにできているかが瞬時に確認でき、超人的な能力が発揮できるようになるという。設置するU字孔の位置もボルトで止める位置も、映し出されるバーチャル水糸通りに施工すればOK。山地での造成作業でも、「HoloLens」で見ると完成時の山の形がわかるため、どこまで切り崩せばいいかわかりやすい。こうした超人的能力がいろいろ発揮できるため、作業時間が短縮できるという。

「i-Construction」では、2025年までに生産性を20%上げるのが目標。これを実行しようとすれば、これまで10人でやっていた建設現場を8人と2人のロボットでやることになる。しかも昨年のコロナ対策では出勤者7割削減との要望があり、現場を3人で担当するという難題の解決策としても、テレワークが喫緊の課題として求められてきた。

家入さん②

そこで施工管理をテレワーク化する方法として、「デジタルツイン」という考え方が出てきたという。デジタルツインの「ツイン」は「双子」という意味で、現場をそっくりデジタルデータで記録したもの。それをクラウドに入れておくと、テレワークをする人はいちいち現場に行かなくても、クラウドを見に行けば現場の現状が把握できる仕組み。デジタルツインには写真、点群データ、BIM/CIMモデル(Building / Construction Information Modeling, Management:計画、調査、設計段階から3次元モデルを導入することにより、その後の施工、維持管理の各段階においても3次元モデルを連携・発展させて事業全体にわたる関係者間の情報共有を容易にし、一連の建設生産・管理システムの効率化・高度化を図ることを目的とするもの)等さまざまあるが、家入氏は360度カメラがいちばん使いやすいと語る。一例としてリコーの360度パノラマカメラ「THETA」シリーズは1回のシャッターで周囲をぐるりと撮影できるため、1部屋の記録がシャッター1回でできる。拡大縮小の他、いろいろな角度からも見ることも可能。内装を貼る前と後を比較できるなど、クラウドを使うことでその利便性が大いに高まったという。

現場監督や重機運転もテレワークが進んでいる。リノべるが採用しているAR(Augmented Reality/拡張現実)グラスを使ったシステムでは、職人がARグラスをつけると、現場の職人が見ている状況そのままがテレワーク中の担当者のパソコンに映し出されるため、担当者が現場まで行かなくても詳細な打ち合わせができ、移動も5割削減。大和ハウス工業では現場の管理を集中的に行うスマートコントロールセンターを開設し、各地に点在する現場の施工管理を行っている。たとえば、型枠にコンクリートを打つ前の映像が送られてくると、これがデジタル映像であるため、AIに見せることができる。そうすると、コンクリの面が型枠の上まで来ている画像が届いた時点でAIが自動でコンクリ終了時間を記録することができるというわけで、今後、こうした進捗管理等の付随作業は自動的に行われるようになるだろうと語る。

これまで現場に足を運んで行っていた立会検査をオンライン会議システムでやろうという「遠隔臨場」も進んでいる。エコモットが開発した遠隔臨場システム「Gリポート」では、3軸ジンバルカメラ(激しい動きをしても揺れや傾きを軽減して、スムーズな映像を映し出すことができる回転台が備わったカメラ)にアンドロイドのスマートフォンを取り付け、現場から映像や音声を送受信できる仕組み。発注者は事務所にいてオンラインで確認ができるため、現地に行く必要がなく、大人気だという。

家入さん③

仮置き場からダンプに土を積む。こうした簡単な作業はオペレーターが山奥の現場まで行かなくてもテレワークでやろうと、東大発のスタートアップ、ARAVが開発した建機の遠隔操作システムも誕生。重機からリアルタイムに映像が送られてきて状況が把握できるが、これによりこれまで現場に行けなかった人を戦力として呼び寄せることができ、人手不足対策の一環になっていくことが期待されている。今年5月、幕張メッセで行われた「生産性向上展」では、キャタピラージャパンが幕張から米国・アリゾナ州の現場で建機をコントロール。もう国際間テレワークの時代になっている。

テレワークからロボット、AIへの流れも動き出している。4つ足歩行ロボット「Spot」がその代表選手だが、「Spot」に360度カメラを取り付けて、現場の写真をロボットに撮らせようという取り組みだ。撮った写真はクラウドを使った臨場システムにより送られ、どこからでも見ることができるので、進捗管理や安全管理に役立っている。また、これまで人が図面を見ながら1個1個書いていた墨出し作業を墨出しロボットが肩代わり。1/1プリンターのような形で夜中に走らせておくと、朝には墨出しが終わっている。
建設業の3Dプリンターが大型化し、これで住宅や橋などの構造物を造る時代になった。壁を作るための型枠が不要なため、いきなりコンクリートを積んでいくことができ、生産性がアップ。人間から機械への移行が世界同時多発的に広がっているという。

「標準化・工場生産」という流れも着実に始まっている。野原ホールディングスの「モジュラーホスピタルルーム」は病室を丸ごと工場で作り、それを現場に運んできて積むだけというタイプの病室。BIMモデルは「BIMobject」(http://bimobject.com/ja/)というサイトから誰でもがダウンロードできるようになっているが、これを工場で作り、現場へ運ぶという流れも増えていく。家入氏はコロナ禍で会社に行かなくてもいいという文化が広がってきたが、これがDXの追い風になっていると中身の濃い講演を終えた。

2021年6月16日文藝春秋にて開催          撮影/今井 知佑
注:登壇者の所属はイベント開催日当日のものとなります。

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