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模倣という独創|藤原正彦「古風堂々」

文・藤原正彦(作家・数学者)

アメリカの大学へ息子を留学させている友人の話だが、歴史の授業で教授が「日本は模倣で発展した」と言ったらしい。明治以来よく言われてきたことだ。言うのは無論欧米人だが、受け売りする日本人も多い。この教授はアメリカこそが模倣で発展してきたことを忘れているらしい。建国にあたり何もかもヨーロッパ、特に英国の模倣だった。1842年に訪米した英国のチャールズ・ディケンズは、価値ある英国書がほぼすべて海賊版として横行しているのに仰天したばかりか、それを当地で指摘したら「強欲な悪党」と逆ギレされた。模倣を超えたパクリぶりは、現在のパクリ王国中国と同じだった。

ただ、この教授の言うことはある意味で正しい。日本人は模倣の天才だからだ。仏教が550年頃に伝来するや、たった半世紀後には飛鳥寺や法隆寺を完成させ、聖徳太子が仏教に則った政治を行なった。平城京・平安京などの都市計画から班田収授の法など法制まで、唐の模倣だった。教授の言が一方的なのは、「闇雲の模倣ではなかったこと、またそこから必らず自国ならではのものに発展させたこと」に触れなかったことだ。例えば律令制度はとり入れたが、科挙や宦官は朝鮮を初め中華文明圏で広く採用されていたにも拘らず、我が国は受け入れなかった。また帝位は中国では血腥(ちなまぐさ)い殺戮により強奪するものだったが、我が国は模倣せず万世一系の天皇制を骨格におき、やがては権威は天皇、権力は将軍という独特な形とした。かくして神話時代からの天皇が「確固不動の核」となったのである。

仏教が伝わって百数十年後の奈良時代には、神仏習合、すなわち仏教と神道との結婚という奇手を編み出した。だから明治維新の大愚行「廃仏毀釈」までは神社の境内に寺があったりした。ある調査では、我が国で自らの宗教を仏教とする人、神道とする人を合わせると1億8000万人になったという。私だってよく神社か寺か分からないまま、本殿の前で手を合わせている。

漢字が4世紀中頃に伝来すると、100年ほど後には漢字の音を利用して万葉仮名(あかさたな=阿加佐多名)を作り、平安初期にはその一部から片仮名を作り、漢文の訓読を始めた。外国語を日本語で読むという途方もないことを始めたのである。さらには平仮名を作り、日本語を表意文字と表音文字の両方を持つ、稀有で豊富な言語とし、世界に冠たる文学王国の礎を築いた。

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