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【18-政治】安倍政権の功罪 信頼を失った「政治の言葉」|菊池正史

文・菊池正史(日本テレビ経済部長)

「罪」の検証なくして教訓は得られない

歴史的な出来事の「功」と「罪」は、明確な境界線に隔てられて存在するものではない。例えば、吉田茂元首相が果たし得たサンフランシスコ平和条約締結というレガシーには、アメリカ支配からの脱却を半永久的に果たし得ないという負の遺産がつきまとう。戦争という「罪」からも、教訓を引き出せば、後世への「功」となるだろう。つまり、「功罪」は常に表裏一体だし、後世の評価も両義的だ。したがって、「功」と一体化している「罪」の検証なくして、教訓を引き出すことは不可能なのだ。

ところが最近では権力への批判を嫌う空気が醸成されている。これが、安倍長期政権を実現した原因でもある。様々な問題も抱えるが、「最長政権」という結果だけは否定しようのない歴史として後世に残る。

もちろん、ここには大きな成果もあった。わずか1年で内閣が交替していた時期に比べれば、長期的な視野で日米同盟を強化し、いわゆる「地球儀を俯瞰する外交」を展開して、国際的なプレゼンスを回復したといっていい。

功績の要因

「アベノミクス」と呼ばれた経済政策が、この「長期化」を支えたことは間違いない。金融緩和で、円安、株高となり、企業業績と雇用が改善した。大企業を潤し、国民には「目先の食」を確保した。民主党政権時代は企業が円高、株安で苦しみ、雇用状況も悪化していただけに、「アベノミクス」は大きな求心力となった。

もう一つの要因は「官邸主導」の確立だ。そもそも小選挙区制度によって、国会議員のチルドレン化が進んでいた。自民党は、2度にわたる野党転落を経験し、党内抗争、足並みの乱れに極度に臆病になっていた。沈黙する議員が増え、すでに「一強」の素地はできあがっていた。

最後の抵抗勢力となり得る存在が官僚だった。「官邸主導」の政策も官僚組織なくしては実現しない。しかし、省益、既得権を優先し、縄張り意識や前例に縛られるという弊害が、しばしばそれを阻んだ。そこに楔を打ち込もうと、安倍政権は2014年に幹部職員の人事を一元管理する「内閣人事局」を発足させた。狙い通り、人事を握られた官僚のほとんどが「安倍官邸」に逆らえなくなった。さらに、重用された「官邸官僚」が、各省庁への意思伝達を徹底した。「仲間を決して怒らない、捨てない、裏切らない」という安倍の人柄に、この“側用人”たちは心酔していた。お互い横の関係がぎくしゃくしても、安倍との縦の関係が太いパイプとなって結束し、「安倍官邸」のガバナンスを強化していた。常に「バラバラ」と批判された民主党政権とは対照的だった。

しかし、アベノミクスには、官邸官僚の一人でさえ「怖い」と言うほどの危険性がつきまとう。正規雇用が増えた以上に、非正規が増えた。実質賃金は伸びず、新型コロナウイルスが拡大する前の7年間で、個人消費の成長率は0.04%とほぼゼロ成長。GDP成長率も平均0.9%と目標を大きく下回り、先進国の中でも低い。日銀による金融政策は、新規需要を喚起できていないという点で限界が見えている。それでも金融緩和は止められない。出口戦略はまったく見えない。

それどころか、新型コロナウイルスへの対策が、異次元金融緩和と積極財政に拍車をかけている。消費税率を2回アップしたにもかかわらず、国債残高は増え続け、21年3月末には1000兆円に迫る見通しだ。

ハイパーインフレを起こさないためにも、日銀は国債を買い続けなければならない。これは日銀による国債の直接引き受けであり、放漫財政となる、事実上の「財政ファイナンス」だと批判されている。異次元緩和に支えられた積極財政は、もはや歴史にも、教科書にもない未知の世界に国民を導き、不測のリスクは全て将来の世代に背負わせることになるのだ。

さらに「官邸主導」が官僚たちの「悪質な忖度」につながったという不信感も広がった。安倍昭恵夫人が名誉校長をしていた森友学園への格安な国有地売却の問題をめぐって、安倍は、「私や妻が関係していれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞める」と断言した。その後、財務省による決裁文書の改ざんが始まったのだ。

昭恵夫人が国有地を訪問した際、「いい土地ですから、前に進めてください」と述べたという籠池泰典理事長(当時)の発言や、「安倍首相夫人が森友学園に訪問した際に、学園の教育方針に感涙した」という新聞社のインターネット記事があったという記述などが削除されたのだ。ここに安倍夫妻の関与を隠蔽しようとする「忖度」があったと思うのは、決して邪推とはいえまい。

それでも安倍は、「関係」がないと言い続けた。国会で森友学園との「関係」を追及されるうちに、「関係」という言葉の意味を、「何か便宜を与える意味における関与」と矮小化した。意図的に便宜を与えていなければ、「関係」という概念にあたらないという認識だが、これは良識的な人々が考える「関係」の意味と、あまりにもかけ離れているのではないか。この「関係」が許されるなら、「私は便宜を与える意思はなかった」と言えば、側近の忖度を利用したあらゆる利益供与が許される。これは政治の言葉の廃頽(はいたい)だ。

言葉の無意味化

安倍政権において政治の言葉は軽くなり、時に意味を歪められ、信頼を失った。安倍は「拉致問題を解決する決意」を繰り返し強調してきた。これも大きな求心力となっていたわけだが、結局、成果はなかったと言っていい。北方領土問題もそうだ。「必ずや終止符を打つ」と言い続けたが進展しなかった。安倍の「決意」という言葉は、単なる努力目標に堕していた。

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