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ナルシシスト 「私だけが美しい」人たち中野信子「脳と美意識」

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※本連載は第19回です。最初から読む方はこちら。

 昔、知己の中にこういう人がいた。絶世の美女というほどではないが男好きのする美人で、モテて性格も一見さっぱりしている、けれどちょっと付き合いが深くなると、利用価値の有無で人を判断する。そして引くほど恋愛体質で、容姿や経済力や本人は大学へ進学していないのだけれどなぜか学歴で人を見下していることが、会話から漏れるタイプの人だ。なぜ彼女のことを思い出したのかというと、臍の緒がついたままの犬の赤ちゃんがビニール袋に入れられて捨てられていたという投稿をSNSで見かけたからだ。

 彼女は動物を飼っていた。可愛がっている様子を特に男性の前ではアピールしているようだった。それ自体はふ〜ん必死なんだな、という程度にしか思わなかったけれど、その動物に赤ちゃんが産まれて「気持ち悪すぎてビニール袋に入れて捨てちゃった〜!」と笑いながら言っていたのには、どう反応していいものか心底困った。むしろ彼女自体が気持ち悪すぎると感じてしまった。この人とはもう友達付き合いをしたくない、けれど、急速に離れる事で攻撃の標的にされるのも馬鹿馬鹿しいと思った。

 しかし、自分の子にもそんな扱いをするんだろうか。気っ風のいいお姉さんである自分、を公言するけれどその実、自分より男の気を引きそうな女への当たりが異様にキツい人だった。この人は、子よりも男を優先するんじゃないだろうか。そもそも子どもを育てられるんだろうか、と彼女が未婚のうちから、まだ生まれていない子が不憫になった。

 結婚したという話を聞いて以来あまりやりとりすることもなくなっていたけれど、しばらくぶりにメッセージをもらったら、結婚したはずのその姓からまた違う姓に変わっていた。

 この人のことを責めたり個人的な思いを書きつらねるのが本稿の目的ではない。この人に見られるような性格傾向はある類型を示しているように思われる。ここではそれについて考察を加えてみたいと思う。そして願わくば、こうした人の犠牲になる人がなるべく減って欲しいとも思っている。

 この人たちは、自信に満ちていて、最初はとても魅力的に見える。けれど、すこしずつあなたの優しさや自尊感情の低さにつけ込み、あなたをさしたる根拠なく過剰に褒めたり逆に侮辱したりを繰り返して、心を支配しようとしてくるだろう。

 なかなか思うようにならない、と彼らが感じた時、あなたに対してより大きな影響を与えようと仕掛けてくるのが「Love Bomb(愛の爆弾)」である。何くれとなくメッセージを送ってきたり、返事をすぐ返して来たりする。あたかもあなたを溺愛し、唯一無二の存在であると崇め奉るようなことをする。これらの行動は、すべてあなたを自分に依存させるために行われるのである。

 彼らの意のままにあなたが振る舞わないと認識されてしまったら、彼らの傍に居続けることは危険だ。あなたへの侮辱はエスカレートし、弱みに容赦なくつけ込まれるどころか、汚点を捏造すらされてしまいかねない。そんなことをするなんて、と常識的なあなたは思うだろう。先に受けたLove Bombとのギャップのあまりの大きさから、あなたはもしかしたら、彼らがそんな侮辱をしてくるのは「自分が悪いんだ」とさえ思ってしまうかもしれない。

 この人たちはあなたを含め、他人の成功と栄光を喜べないのだ。あからさまに妬んだりする素振りは見せないだろうが、容姿、友人関係、才能、経済力……あらゆる要素についてあなたが自分よりも上であることを本質的には許さないだろう。この妬み感情を解消するために、彼らはあなたの弱みをにぎろうとし、あなたを脅すことも厭わないはずだ。逆に支配下に置こうとして、心の隙間をこじあけ、入り込んでこようとするかもしれない。

 彼らは常に「自分は特別な存在」だと思いたがっている。あなたをそのための道具として使おうとする。あざといくらいにへりくだり、自尊心が低いように見せかけて、自分は敬意をもって遇されるに値する人間だと、自分をアピールもするだろう。

 こんな人々に気づいたら、決して近づいてはならない。見分けるのは難しいが、批判された後の態度に注目すればある程度は判断がつく。逆ギレして相手を罵倒し始めたり、平気で傷つけるようなことを言い始めたらそれがサインだ。

 この人たちの辞書には、共感や愛という言葉は 存在しない。ただ、自分よりも上か下か、それだけだ。他者とは、自分を満たす道具に過ぎない。使える道具だとみなされたら、あなたが興味のあることすべてに、自分も興味のあるフリをするだろう。あなたと自己を同一視しさえするはずだ。その浅知恵を見破られまいと必死になり、僅かでも指摘すれば、その相手を威嚇して攻撃し始める。勝てる見込みが薄ければ、平謝りに謝るポーズをとるかもしれないけれど。

 残念ながら、こうした性質を「治す」ことは不可能だと現在のところは考えられている。自分が被害に遭うことなくこの人たちと良好な関係を築いていくのは、かなり難しいと言わざるを得ない。

 この人たちは、あなたを精神的に追い込んでしまう。言葉をたくみに用い、精神的虐待を行うのだ。彼らに良心を見出すことは不可能だ。常に傷つけることができる誰かを探している。それがナルシシストである。そういう生き方しか知らず、そうしなければ生きている価値もないと固く信じている人々なのだ。

 出会ってしまったら、まず距離を置き、近寄らせないことだ。この人たちはどんなに甘い言葉を爆弾のように降らせてきても、それはあなたを陥れることが目的なのだから。世界には、自分だけしか美しく映らない脳を持っている人がいる、ということを、どうか知ってほしい。

(連載第19回)
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■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。

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