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本上まなみさんが今月買った10冊の本

名作再発見

外出を控えめに、家でじっくり本を読む、そんな夏です。

まずはターコイズカラーのカバーが印象的な『こんぱるいろ、彼方』。

主人公は40代半ば、スーパーの総菜売り場でパートをしている主婦真依子。彼女には子どもたちに話していない秘密があります。それは、自分がベトナムからやって来たボートピープルであるということ。でも5歳で日本に来たため、彼の地での生活はほとんど覚えてはいません。

そんななか、大学生の娘が友だちとベトナム旅行に行くことになり、事実を伝える決断をします。娘の「もっと知りたい」という思いに後押しされるように、これまで積極的に知ろうとしていなかった自らのルーツに徐々に触れていくのですが……。

ひときわ鮮やかな印象を残すのは真依子の母が若かった頃のベトナムでの暮らしぶり。仲睦まじい家族の、平和で満ち足りた日々! こんぱるいろの海に昇る朝日を、街の人たちが海に浸りながら見る場面の美しさに胸が詰まります。

この小説でボートピープルが決して遠い場所のものではないことに気づかされました。国の混乱によって、誰の身にも起こりうることなのだと。学びたい、知りたいという真依子の娘の存在がこの一家の未来を明るく照らしているようです。

『ぼくだけの山の家』はアメリカで読み継がれてきた名作。刊行は1959年。ニューヨークに住む少年が、たったひとりでキャッツキル山脈の森に行き、1年を過ごす物語。

持ち物はペンナイフ、ひもひと巻き、斧、バイトで稼いだ40ドル、火打ち石と火打ち金。行先は曾祖父の所有地ですが、父親曰く《キャッツキルのどこかにグリブリーの名が彫られたブナの木》が目印になっている、と。たったそれだけ!

聡明な彼は自力で目的地を探し出し、そこで見つけた大木の、うろを掘り広げて家にし、はやぶさの巣から獲ってきた雛を訓練、狩りの相棒にします。優れた観察力と豊かな想像力、そして手先の器用さを持って春夏秋冬を生き抜いていくのですが、そのかっこよさったら……。

釣り針の作り方、革なめし。肉、魚で作る保存食。塩はヒッコリーの木ぎれを煮詰めて作り、ヤナギの枝では笛を作るなど、具体的な方法が著者の手によるイラストと共に書かれているのが興味深い。秋にうろの中で火を焚いて酸欠になる場面、冬に葉物が採れなくて食事が偏り体調を崩す場面など、どれもこれもリアルで、どきどきさせられます。

本書にちらっと「ソロー」の名が出てきますが、ヘンリー・D・ソローの「森の生活」が愛されるように、この本もきっとアメリカの人たちに愛されてきたんだろうなあということが窺える。この本、小学生の頃に出会っていたら大興奮で、すぐさま自分もやりたい! と思っただろうな。夏に相応しい冒険小説です。

『黄色い部屋の謎』は、なんと新訳! 噂はかねがね、いつか読みたいと思っていた古典中の古典の密室ミステリ。帯には《究極の必読書》とあります。ようやくコレを読むときがやってきたか、嬉しいな。

城の離れの一室「黄色い部屋」で起きた殺人未遂事件。被害者の令嬢は、内側から厳重に施錠された室内で血の海に倒れていた……。その一報を伝える新聞記事はゴシップ好きの市民を巧みに引き込む語り口。この導入部分から一気に物語世界へ入っていくのですが、いや、面白い!

18歳の新聞記者ルルタビーユと、ベテラン警部ラルサンの謎解きの攻防、若いルルタビーユがちょいちょい憎たらしいことを言うところも痛快だし、いかにも怪し気な奴がそちこちに登場するし、途中まさかの第2の事件が起こったりで、「おお……」とため息の出るラストまで、まったく休まる暇がありません。舞台の古めかしさにも惚れ惚れ、どっぷりはまって大満足のひとときとなりました。

今頃で恐縮ですが、本格推理というジャンル、ついにのめりこむ新しい日々が始まったかもしれません。

「今月買った本」は橘玲、森絵都、手嶋龍一、本上まなみの4氏が交代で執筆いたします。

(2020年9月号)

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