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フランスのジェンダー・ギャップ|雨宮塔子

文・雨宮塔子(フリーキャスター)

先日、息子の生活指導の先生に会ってきた。息子はフランスの高校1年生。遅刻することが多く、点呼に間に合わないので欠席扱いになったり、先生によっては遅刻者は教室にさえ入れてもらえないため、必然的に欠席となる。届けのない欠席日数が多すぎると、面談の要請があったのだ。

息子の欠席扱いは、とくに昨年の12月に集中していた。私が年末の報道番組に出演するため、1カ月近く単身帰国していた時期だ。年末恒例のこの番組は6時間半に亘る生放送なのだけれど、事前に番組宣伝の収録や打ち合わせがあるため、最低でも放送日の2週間前には日本にいなければならない。今回はコロナ禍で帰国後2週間の自主隔離もあったから、日本滞在は例外的に1カ月にも及んでしまったのだ。

息子のだらしなさは私の責任でもある。先生に欠席の内情は遅刻であることと、12月は私が丸一カ月不在だったことを正直に告げると、驚いたように目を見開くので、思わず口走ってしまった。

「このコロナ禍で、1年ぶりの大事な仕事だったのです。私も働かなければなりません。生きていくために……」

「それはそうよ」

すかさず深くうなずいた後、先生は同席していた私の息子の方に向き直り、

「なぜお母さんが心穏やかに仕事に向き合えるようにしてあげないの?」

と静かに諭すのだった。

私はジェンダー・ギャップ指数、16位のフランスに住んでいる。今回の面談時だけでなく、働く女性や離婚したシングルマザーへのスマートな対応によく救われている。息子の生活指導の先生がたまたま同じような境遇にいるとか、あるいは女性だったからではなく、他の先生や男性教師でも、おおむね似通った対応を受けられたことと思う。

が、もしこれが日本だったら? 1カ月も離れるのは無責任だと批判されるか、あるいは、こういう母親だから息子の躾もなっていないのだと言われるだろうか?

フランスを一度離れてみて見えてきたことがある。人はみな一人ひとり、考え方も生き方も異なって当たり前で、その他者を尊重する姿勢がここフランスでは人々に刷り込まれているということだ。多様性を受け容れる、というと安易に聞こえるかもしれないが、環境も背景も民族すら異なった人たちが自分の信じたことや進みたい方向、権利といったものを得るためには時には闘いも辞さない覚悟がそれぞれにあって、裏返して言えば、そういう他者からたとえ自分に迷惑が降りかかったとしても尊重しようという寛容さにも通じている。

森喜朗元会長の発言が話題になって久しい。男女格差是正の政策がここ10年で急速に整備されたフランスでも、それは表面上だけという声もある。たしかに性差別反対の立場を取りながら、例えば遠回しに、または象徴などを用いて性差別的な発言をする人はいるし、セクハラや女性への暴力の問題はますます深刻になっている。

が、つくづく“平等”であることへの意識の高さに驚かされるのも事実だ。

例えば、私は先に「働く女性」と書いたが、その「働く女性」にあたる言葉はフランス語にはない。関係代名詞の主語、“qui”を用いて“les femmes qui travaillent”(働く女性)とは言わず、職場における男女不平等に関するという理由から、ただ“les femmes”(女性)と言うのだそうだ。

日本では「働く女性」がまだ大多数ではないからという視点より、男性は「働く男性」とはけっしてカテゴライズされないという視点に気づけなかった自分に愕然とする。と同時に、フランスでは言葉ひとつひとつにもフェアであることに心が砕かれてきたのを実感する。

男性が自身の発言を控えるのを“わきまえた男”とは言わない。“わきまえない女”でも“わきまえた女”でもなく、ただの女として自由に意見を出し合い、それが届く世の中になったら、私たちはどんなに生きやすくなるだろう。

先の森氏発言の件で問題を深刻にとらえた男性が多いと聞く。女性にとってフェアでないことを、男性に声を上げてもらう意義は大きい。こうした声がある限り、男性にとってフェアでないことや言葉ひとつひとつにも、目を凝らしていきたいと思うのだ。

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