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福澤諭吉『文明論之概略』(後編)|福田和也「最強の教養書10」#9

人類の栄光と悲惨、叡智と愚かさを鮮烈に刻み付けた書物を、ひとは「古典」と呼ぶ。人間知性の可能性と限界をわきまえ、身に浸み込ませることを「教養」という。こんな時代だからこそ、あらためて読みたい10冊を博覧強記の批評家、福田和也がピックアップ。今回は、福澤諭吉による、この1冊。(前編)

★前編を読む。

『文明論之概略』が出版されたのは、明治8年8月。『学問のすゝめ』14編が刊行されて間もなくのことだった。

嘉永6年のペリーの来航によって日本は、西欧が支配する政治と経済に適応して生き延びるか、西欧の餌食になって植民地化されるか、という選択をせまられ、独立の道を選んだ。

尊王攘夷から一転、開国となったのである。

ところがこの決断は日本を二重の拘束の中に身を置くことになった。

つまり、植民地を拒んで日本人であり続けるためには西欧化しなければならず、かといって西欧化したならば、日本人でなくなってしまう、というディレンマである。

西欧化を進める中でいかにして日本は日本であり続けるか――。

この問いに対して近代の知識人は、西欧の論理と日本の伝統の結合を基盤とした価値や思想、文化の創出で応えた。

例えば正岡子規は、伝統的な風雅の道である俳諧を独立した文芸としての俳句へと転換することで「文学」を発明し、岡倉天心は狩野派や大和絵の画工たちを「芸術家」にした。彼らは日本の伝統的な様式を、西欧近代の枠組みの中で再生して日本的でありながら西欧的であるような、日本にとっても西欧にとっても画期的な文化の創造を試みたのである。

福澤諭吉の『文明論之概略』もまた、その問いに対する理論的解決の試みであったといえる。

この書が19世紀前半に活躍したフランソワ・P・ギゾーの『ヨーロッパの文明史』および19世紀中葉に活躍したヘンリー・T・バックルの『イギリス文明史』に依拠したことはよく知られている。

しかし、もちろん諭吉はギゾーやバックルの説をそのまま日本語にして紹介したわけではなく、内容を咀嚼した上で自身の論を展開しているのだ。

本書において世界は、「文明国」のヨーロッパとアメリカ、「半開の国」の日本、中国などアジア諸国、「野蛮の国」のアフリカとオーストラリアに分類されている。

「半開の国」は、『文明論之概略』で次のように定義される。

農業の道大(おおい)に開けて衣食具(そな)わらざるにあらず、家を建て都邑(とゆう)を設け、その外形は現に一国なれども、その内実を探れば不足するもの甚だ多し。文学盛(さかん)なれども実学を勤(つとむ)る者少く、人間交際に就ては、猜疑嫉妬の心深しといえども、事物の理を談ずるときには、疑を発して不審を質すの勇なし。模擬の細工は巧みなれども、新に物を造る工夫に乏しく、旧を脩(おさむ)るを知て旧を改るを知らず。人間の交際に規則なきにあらざれども、習慣に圧倒せられて規則の体(たい)を成さず。これを半開と名(なづ)く。いまだ文明に達せざるなり。

 一方、「文明国」の定義はこうである。

天地間の事物を規則の内に籠絡すれども、その内にありて自から活動を逞(たくまし)うし、人の気風快発にして旧慣に惑溺せず、身躬(みず)からその身を支配して他の恩威に依頼せず、躬から徳を脩め躬から智を研き、古を慕わず今を足れりとせず、小安に安んぜずして未来の大成を謀り、進て退かず達して止まらず、学問の道は虚ならずして発明の基(もとい)を開き、工商の業は日に盛にして幸福の源を深くし、人智は既に今日に用いてその幾分を余し、以て後日の謀(はかりごと)を為すものの如し。これを今の文明という。野蛮半開の有様を去ること遠しというべし。

こうした定義をもとに、諭吉は日本はヨーロッパ、アメリカを目指すべきだと説くのだが、ヨーロッパとアメリカにしたところで発展の段階であることには変わりがなく、今の状態を最上と定めるわけではないとする。

さらに西洋の文明に倣うとは単に事物の外形を真似すればいいというものではなく、断髪をしたり牛鍋を食べたからといって文明人になれるわけではないと釘をさす。

諭吉が目指していたのは、西洋の文明を学ぶことによって、日本人が自然に文明の精神を獲得することであった。

今日、福澤諭吉の思想について考える上で、常に意識せざるを得ないのは、丸山真男の所論において結実したような、近代主義イデオローグとしてその思惟を了解してしまっていいのか、という疑問である。

そうした解釈は、諭吉の思想家としての有効性を限定するのみでなく、私たちが今日、福澤諭吉の著作を読む時に感得しているような、可能性や刺激とは著しく乖離しているように思う。

一つの立場に安住できず、2つの視点、価値観、立場に乗り上げ、相互の議論、糾明を内なる声として対話させながら、なお現実に相渡ろうとしている諭吉の相貌は、『文明論之概略』の緒言の中の高名な句「一身にして二生を経るが如く、一人にして両心あるが如し」の直前の一節に現れている。

今の学者はこの困難なる課業に当るといえども、ここにまた偶然の僥倖なきにあらず。その次第をいえば、我国開港以来、世界の学者は頻(しきり)に洋学に向い、その研究する所、固より粗鹵狭隘(そろきょうあい)なりといえども、西洋文明の一斑は彷彿(ほうふつ)として窺い得たるが如し。また一方にはこの学者なるもの、二十年以前は純然たる日本の文明に浴し、ただその事を聞見したるのみにあらず、現にその事に当てその事を行うたる者なれば、既往を論ずるに憶測推量の曖昧に陥ること少なくして、直ちに自己の経験を以てこれを西洋の文明に照らすの便利あり。この一事に就ては、彼の西洋の学者が既に体を成したる文明の内にいて他国の有様を推察する者よりも、我学者の経験を以て更に確実なりとせざるべからず。今の学者の僥倖とは即ちこの実験の一事にして、然(しか)もこの実験は今の一世を過れば決して再び得べからざるものなれば、今の時は殊に大切なる好機というべし。

すでに出来上がってしまった文明の中にいる西洋の学者よりも、旧時代を血肉化しながら、西洋の文明を「彷彿」としつつある日本の学者が「好機会」に恵まれている、と諭吉は果敢に主張する。

自ら一種の自然として受け止められている日本文明の視点から西洋の文明を視ると同時に、西洋の視点からも、日本の文明を凝視せざるを得ないという、ある種の分裂を抱えていることこそが「今の学者の僥倖」だとする視点は、構造主義の用語を使えば、認識論的な断絶をみずから知見、了解のなかに常に抱え、というよりも意識し続けることだろう。

とするならば、諭吉を規定しているのは、自身の裡にある認識論的な切断を意識し、その断裂の上にこそ、立つ、立ち続ける事を決意し、その意志と姿勢を維持し続けることが「学問」にほかならないという、ある種の倫理ということになるだろう。

同様に「独立自尊」とは、何よりもまず民権と国権や、一国と世界といった対立を常に意識し、その亀裂の両側に片脚ずつ置いて立ち続けること、即ち相克を超越によって相克するのでなく、時代の進歩によって乗り越えられる相克のその先にさらなる相克を常に立ち続け、むしろその超越を望見するべき対立の、相克の場に立ち続けることであり、その孤立に耐えることにほかならない。

諭吉における認識論的切断は、「日本の文明」と「西洋の文明」ばかりではない、その思想と発言の全般に渉って見出せるものである。その分裂のあり方は、民権と国権、個別と普遍、一国と世界といった項においても認められるものであり、何よりも「実学」という概念は、知識が利用されていくべき「現実」の齋(もたら)す認識と、すぐれて理念的であるべく「学問」の認識を、2つながらに自己の裡(うち)に抱え続けるということである。

西欧哲学の批判理論の一翼を担うテオドール・アドルノは、第2次世界大戦における絶滅収容所を、文明の一帰結として位置づけている。

彼の根本には、「文明」をある種の自然としてしまったヨーロッパから、荒々しいほどの人為として展開するアメリカへの亡命体験がある。

文明は、人にとって親しむべき環境ではなく、むしろ人を馴致し、さらには支配する巨大な機構であることを、西海岸の娯楽産業の壮大なあり様と接することでアドルノは認識した。この巨大な文明機構は、人間の精神自体を産業化してしまい、そこから生まれた野蛮が強制収容所として結実したというのがアドルノの所論だが、文明それ自体のあり様に切断を見、近代において文明を認識することが「一身にして二生を経るが如く、一人にして両心あるが如」き、分裂を内包せざるをえないという諭吉の認識は、その分裂の前提たる文明の外在化において、アドルノ的な意識と通底する。

今日において問い返さなければならないのは、このような「文明」の外在化と、外在化に由来する切断が、私たちに可能か、ということである。

アドルノにしても、アメリカ的な産業文明の外在化に意識的であり得たのは、すぐれてヨーロッパ的な、古典的ともいえる教養意識によってであった。このような形での教養が、今日において徹底的に形骸化され、商業化され、断片化されてしまったことは云うまでもない。同様に諭吉が指摘した明治の学者たちの「僥倖」、つまりは東西双方の文明を、他者なるものとして認識するということが、今日において私たちには許されていない。

グローバル、つまりは地球的な文明といったものが、今日成立しつつあること、それは私たちから批判意識の「好機会」が、永遠に去りつつある、少なくもきわめて困難になりつつある事を示している。まず必要なのは私たちが、「僥倖」とほど遠い場所にいることを認識することだ。

では、「独立自尊」とはどうなるのか。

今日の「独立自尊」は、いずれにしても反省的な構造を持たざるを得ない。「好機会」を内面化し、方法的に規定しなおす事を通して、はじめて私たちは、文明の、現実と学問の亀裂を見出し、その淵の上に立つことができる。

何度繰り返しても不十分に思えるほど大事なのは、この亀裂は、今まで認められてきたような、そしてその認識のもとで消費されきったような対立や相克の線とは、まったく異なったものであるということである。

現在、諭吉の提議を生かす時に問われるのは、諭吉の思惟が時代時節に適応しているか、否かといった事ではない。むしろ私たちが、すべてを呑み込み、包含していく単一的な文明の進攻とその野蛮に対して、批判的に対することができない、という欠落によってこそ、諭吉の思想はその、今日における活力が問われているのだ。

もとよりかの事態を「僥倖」と呼ぶことが出来たことこそが、福澤諭吉の意志と知性の強さ、優越の根源であること、その強さこそが「独立自尊」を可能にすることを思い返すべきである。

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