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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#11

第二章
BIRD SONG / 自由の小鳥

★前回の話はこちら。
※本連載は第11回です。最初から読む方はこちら。

 父親との交渉が思いがけないほどラッキーな形で決着した翌日。僕は新宿の中古電気店に意気揚々と向かい、ダブルカセット・デッキをまとめて3台購入した。当時、僕の部屋のステレオの「軸」となっていたのは、上京する際に持ってきた「A&D」のシステム・コンポ「GX COMPO 830」。元々持っていたダブルRECリバース・デッキに、新たに買った中古のダブルカセット・デッキ3台を重ねると計4台になる。タワーのように聳え立つその威容を眺めながら、自分に与えられた時間の長さと短さに想いを馳せた。

 今までも新曲の音源をカセットMTRで完成させるたびに、SONYの「DAT(デジタル・オーディオ・テープ)ウォークマン TCD-D7」にミックスダウンし「マスター」を作っていた。そこまでは同じだ。ただし、これからはそのあと昼夜問わずすべてのデッキを稼働させ、工場のようにダビングを繰り返すのだ。まさに、ひとり工場制手工業!  孤独なるマニュファクチュアの始まりだ!

 竜宮城のように煌めく下北沢で飲み歩く僕だったが、自分に対してひとつの「締切」を作っていた。それは、ゴールデン・ウィーク明けの、5月10日。棚倉千秋さんの元に先月分のバイト代をもらいに行くタイミングで、彼に新しい楽曲を聴かせたい、という目標。「俺はプロになります!」などと偉そうに啖呵を切って突然辞めたのにも関わらず、飲んで踊って泥酔しているだけでは先が思いやられるから……。

 繰り返される真夜中の祭典と時間潰しのダベり。そんな中、親友と呼べるほどに急速に仲良くなったのが、界隈の顔役として愛されていた「カズロウ」こと、お調子者の前田和朗だった。本当の読み方は「かずあき」らしいが、誰もそう呼ばないし、本人曰く両親も「カズロウ」と呼んでいると聞いて「ほな、カズロウやん」と僕は笑った。二つ歳下の1975年生まれ。彼自身は人好きのする陽気な性格でありながら、端から見れば相反する個性のように思えるニルヴァーナのカート・コバーンに心酔していた。

 カートの追悼盤のようなイメージで1994年秋にリリースされた《MTV・アンプラグド・イン・ニューヨーク》のアナログをカズロウから「先入観なしに聴いてみてよ」と渡された時、僕は言った。

「あはは、ジョージ・マイケルみたいなこと言うなぁ、キミ」

 高校三年生の秋にリリースされ、大ヒットしたニルヴァーナのセカンド・アルバム《ネヴァーマインド》は発売当初に手に入れ、人並みには聴いていた。ただマイケル・ジャクソン・ファンの僕からすれば、1992年9月の「MTV・ビデオ・ミュージック・アワード」でドラマーのデイヴ・グロールがマイケルの扮装をして茶化し、侮辱してからは心理的に距離を置かざるを得なかった。何より、バンド界隈に多数生息し勢いを増していたニルヴァーナ・ファンが、ジャイアンの威を借りるスネ夫のように調子に乗ってマイケルを揶揄し、彼らの論理からすれば負けない喧嘩を僕にふっかけてくるのが許せなかった。

 ただし、あまりにデジタル偏重のサウンドが充満した「80年代」からの揺り戻しでその頃大流行していた「MTV・アンプラグド・シリーズ」、生身のアコースティック・サウンドで聴くニルヴァーナの楽曲は驚くほどの魔力に満ちていた。カートが亡くなって一年経ってようやく、轟音と傍若無人な立ち居振る舞い、ファンや支持者達が醸し出すノイズの向こうで僕には見えなかった、ニルヴァーナの凄まじさに気づいたのだ。ヴァセリンズや、ヤング・マーブル・ジャイアンツの素晴らしさもカズロウに教わった。

 カズロウは日中、青山にある「SHIMA」という名門美容室の見習いとして働き始めたばかりだという。周りの女子達が言うには「SHIMA」は超一流の美容室で、難関を通り抜けただけでも凄いとのこと。今までの音楽仲間に比べて明らかにお洒落なムードに包まれたカズロウは会うたびに毎回、ナイキのエア・モックやエア・ハラチ、プーマのディスクブレイズなど一風変わったスニーカーを履いており、一々僕が驚いてブランドやシリーズの名称を覚えようとするのでよく笑っていた。

 日中は青山で働き、夜はクラブやライヴハウスで騒ぐかDJ、というカズロウの忙しくも愉しげな生活。ただ、仲良くなってみると彼には彼で悩みがあった。両親から先祖代々続く桜新町駅のそばにある由緒ある和菓子屋「さくら庵」を継いでほしいと頼まれ、困り果てているというのだ。両親曰く、自分達は従来のみたらし団子や「こし餡」のオーソドックスな饅頭を売り続けてゆくから、「新しい店」をカズロウに任せたいんだ、と。ひとり息子だから逃げ場がないんだ、ようやく好きな仕事についたのに、といつもボヤいていた。

「オヤジが桜新町で土地見つけたって言うのよ。ともかく家建てるって。下が店舗に出来るようにしておくらしい。そこ俺にくれるから、まずは二階に住めって言うんだよね」

 彼は月曜朝方の「ぶーふーうー」で、フラフラ揺れながら僕にグダグダと愚痴った。火曜日は美容室が休みなので、業界の若者達がクラブやライヴハウスに深夜集う。月曜夜は、いつもよりも泥酔するのが彼のルーティンだった。

「ええー! 家もらえんの!? ええやん」

 桜新町駅と言われても世田谷の土地勘のない自分には正直ピンと来なかったが、東京に拠点のある彼が羨ましかったのは事実。「ええやん」という感想は皮肉ではなく正直なものだった。家賃がかからず東京で暮らせるだけで、どれだけ夢に近づけることだろうか。

「いいことなんもないよー、俺は美容師になるって何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、何回も」

「あああああ!!!! もうわかったって、あはは」

 僕は笑いながら、ぬるくなったビールを喉に流し込んだ。

「SHIMAでようやく働き始めたばっかりなのにさ」

「凄いらしいなー、その店」

「今はさー、まだ見習いだよ、制服着てさ」

「あ、そうなん?」

「私服はまだ禁止。おまえらのお洒落なんて信じないってさ、あはは。白のハイネックにつなぎ着て働いてるよ」

「へー」

「20年くらい経って40歳越えて、それで気が向いたら団子屋だって継ぐけどね。何回も言ってんのにオヤジたちは外堀から埋めてくんのよ」

「でもさ」

「ん?」

「オヤジやオカンの店で一緒に働くんちゃうやろ?」

「まぁね」

「新しくメニューとか考えてやれるならもしかしたらオモロいかもよ。団子もヘアスタイルも手作業でデザインするのは一緒やん?」

「一緒っていうか」

「キミ鋏使ったりメイクするの上手いならそういうの得意なんちゃうん?クリエイティヴっていう意味では繋がりないこともないと思うで」

「ひとごとだと思って」

「おしゃれな内装にしてさ、美容室みたいなスキッとしたイメージの団子屋」

「あはは、なんでゴータ君まで俺を団子屋にするんだよ。じゃ、考えてみてよ。何か新しい団子や饅頭のアイディアあんの?」

「ブルーベリーとかマンゴー包んだ饅頭はどう?」

「聞いたのは俺だけど、そんなにすぐアイディア出すなよ、あはは」

「あはは、美味そうやん。知らんけど」

 酔っ払っていたゆえの超テキトーな返答。しかし十年後、美容師をキッパリ辞めたカズロウの作ったブルーベリー団子が昼間のテレビで取り上げられ、大ブレイクすることになろうとは……。この時のふたりはまだその未来を知らない。

「ぶーふーうー」でカズロウとダベり、始発も動き始めるのでボチボチ帰ろうとした時、僕は大学入学後に先輩達の部屋飲みで「安い」日本酒を飲まされる洗礼を受けたせいで完全にトラウマになってしまった、とふと彼に洩らした。すると途端に、眠そうだったカズロウのやる気にスイッチが入ってしまった。「ゴータ君は本当の日本酒の味を知らないからそんなことを言う、いい酒はもっとスーッと身体に入ってくるから」と言われ、下北沢駅前、彼の行きつけの先輩・ケースケさんのバー「敦煌」にハシゴ。世田谷育ちのカズロウは顔が広い。歳は二つ下だが、完全なる東京ネイティヴのカズロウの振る舞いは、一味違った。

 九州から樽で届いたばかりだという「究極の銘酒」をカズロウが奢ってくれるという。

「普段は一杯1500円、中々届かないですよね」

「そうなんだよ。最近、気づいた人多くなっちゃってさー」

 ケースケさんも自信満々だ。

「僕、マジでポン酒ダメで」

「そう言う奴にこそ、飲んで欲しいからさ」

 カズロウが言った。

「奢るよ」

 ケースケさんが、それを遮った。

「わかった、わかった、話は聞いてたから、ゴータだっけ?今日は初めて来てくれた記念に店から一杯目は奢る」

「まじですか?ケースケさん、いいんすか? めっちゃ優しいですやん」

 飲んでみて驚いた。本当に水のようにスーッと入ってくるではないか。

「今まで飲んできた日本酒と違う、水みたいにめちゃくちゃ澄んでます! おおお流石、一杯1500円。めっちゃ美味しい!」と、僕が感動して飲み干した瞬間。

「あーーーっ!」

 黒いハットを被ったケースケさんがバー・カウンターの向こう側で目を見開いて叫んだ。

「ごめん! カズロウ! そっち単なる水だった! おまえに頼まれてた水!」

「え?」

「渡す方間違えた!」

「えーっ? そんなことあります!?」

 素っ頓狂な僕の声を聞くや否や、あまりにも思いがけない展開に、カズロウは大笑いして床に崩れ落ちた。ケースケさんも完全にツボに入り「ごめん、ゴータ、マジでごめん!」と息が出来なくなりながら、平謝りし続けた。

 1995年5月9日。家に帰って眠って起きると、前日に亡くなったというテレサ・テンの訃報がワイドショーで取り上げられていた……。「愛人」「つぐない」など彼女のヒット曲の数々がどのチャンネルを回しても流れてくる。大好きな曲「時の流れに身をまかせ」はカラオケでもよく歌うレパートリー。ただ、偉大なるシンガーが亡くなったことに驚きはしたものの、その時の自分の心の奥には正直焦りしかなかった。5月10日のランチタイム、棚倉さんに新しい曲を持っていく。そう勝手に決めたのは僕なのに。

 気がつくと、自分で決めたタイムリミットまで、もう1日しか残されていなかった。

★今回の1曲ーNirvana - Come As You Are (Live On MTV Unplugged, 1993 / Released in November, 1994)

(連載第11回)
★第12回を読む。

■西寺郷太(にしでら・ごうた) 
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としてもSMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、私立恵比寿中学、「ヒプノシスマイク」など多くの作品、アーティストに携わる。
近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。
代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
現在NHK-FMで放送中の「ディスカバー・マイケル」に案内役としてレギュラー出演。
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