原発から逃げた政治 脱炭素の“宗教化”はエネルギー危機を招く 竹内純子
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原発から逃げた政治 脱炭素の“宗教化”はエネルギー危機を招く 竹内純子

文・竹内純子(国際環境経済研究所理事・主席研究員)

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竹内氏

産業革命以上の「大革命」

世界で「脱炭素」の流れが加速しています。11月には、イギリスで第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が開催予定。2015年に採択されたパリ協定に基づき、各国が地球温暖化対策を協議しますが、各国首脳に加え、岸田文雄新首相も出席する見通しと報じられています(10月末現在)。今回はホスト国たる英国がかなり積極的に呼びかけていますが、中国やロシアの首脳は不参加の予定です。

菅義偉前首相は昨年、「2050年カーボンニュートラル」「脱炭素社会の実現」を宣言。さらに今年4月、「2030年度までに温室効果ガスを13年度比で46%削減する」と表明しました。岸田政権もこの目標を基本的に引き継ぐ方針です。日本のエネルギー政策は、まさに今、大きな転換点に立っています。

私は東京電力で18年間勤務し、退社後は独立の立場で、エネルギー政策についての提言をおこなってきました。電力事業に携わった経験を持つ者として、エネルギー政策の議論に欠けがちな消費者や現場の視点を提起したいと思っています。その観点からすると、現状の議論は、理想が独り歩きし、国民が背負う可能性のある負担やリスクが十分議論されていないのではないか、と思っています。

まず、日本政府が「カーボンニュートラル」を掲げたこと自体は評価に値することだと思います。脱炭素社会のビジョンを世界と共有したことには大きな意義があるでしょう。

ただ、カーボンニュートラルの実現は、産業革命以上の「大革命」です。2050年まであと30年、2030年までは10年足らずです。エネルギーインフラを転換するには非常に長期の時間がかかります。また、発電方法に関心が集中しがちですが、実は電気はエネルギー全体の3割程度です。後の7割はガソリンやガスなどを燃やして直接エネルギーを得ています。ここから出るCO2を削減するには、電化を進めて、同時に、電源を脱炭素化していくことが必要です。電化も伴うので、生活や産業構造の大転換を必要とします。方向性は正しいのですが、時間軸的には相当厳しいと言わざるを得ません。

温暖化の国際交渉では、CO2の削減目標の大きさを競う議論になりがちなのですが、約束は、現実の前では無力です。気候変動対策のために脱石炭を進めても、電力不足という現実に直面すれば、石炭を増産したり買い漁るしかない。

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事故前の福島第一原発

3つの「E」に着目せよ

脱炭素社会を目指す上で必要なのは、イノベーションです。イノベーションといっても、いま存在しない全く新しい技術を生み出すという意味ではありません。イノベーションとインベンションを取り違えた議論が日本では多いのですが、たとえばイノベーションによって再生可能エネルギー(以下、再エネ)のコストをあと2~3割下げられれば、電力を巡るビジネスモデルは全く変わります。

気候変動問題はエコの問題ではなく、エネルギー・経済の問題なのです。これまで、CO2排出量とGDPの間には強い相関関係がありました。この相関関係を断ち切り、環境と経済成長を両立させるには、今私たちが使っているエネルギーよりも、低炭素かつ、安価で安定供給もできるエネルギー技術を手に入れる必要があります。

そうした意味で、現在の日本におけるエネルギー政策の議論には、経済・安全保障の問題への目配りが十分ではないと思っています。

エネルギー政策の基本は「3E」です。

●Energy Security(エネルギー安全保障・安定供給)
●Economy(経済性)
●Environment(環境性)

エネルギー政策は、これらの要素から成る“三角形”を意識する必要があります。政策を持続可能にし、国民が直面するリスクを最小限にするためにも、3つのEのバランスを上手くとりながら、議論を進めるべきです。

太陽光産業は玉石混淆

ここからは、個別の発電方法について見ていきたいと思います。

今、最も注目が集まっているのは、温室効果ガスを排出しない再エネでしょう。太陽光・風力・地熱・バイオマス・小水力などです。

日本政府は10月22日、「エネルギー基本計画」を3年ぶりに見直し、閣議決定しました。その内訳は、2030年度に再エネの割合を発電量全体の36~38%、原発を20~22%、石炭火力を19%にするというもの。再エネについては現在の水準の2倍に引き上げることが目標とされ、主力電源化を徹底します。

再エネには多様な手段がありますが、風力や地熱は開発に8年以上かかるのが一般的なので、結局は太陽光発電の導入量次第です。ただ、今後の普及はそれほど楽観できません。

実は日本は、中国、アメリカに次ぐ世界第3位の太陽光発電導入量を誇ります。国土面積当たり、平地面積当たりでいえばダントツの世界一です。太陽光発電の普及が進んだ理由は、2012年に政府が導入した「FIT(固定価格買取)」制度です。太陽光発電などの再エネで発電した電力は20年間など長期にわたり、電力会社が固定価格で購入することが義務づけられています。

電力会社が発電する平均的な電気との差額は、「再エネへの応援コスト」として、消費者が電気代と一緒に負担します。今は年間約2.4兆円、一般世帯で年間1万円以上の負担です。「将来への投資だ」という声もありますが、無駄に高く設定された買取価格で膨らんだ分も多く、持続的な再エネ導入を考えるなら、きれいな言葉で誤魔化さず、この負担の抑制を考えるべきです。

また、太陽光パネルの設置に適した土地が減少しています。屋根の上や駐車場上などをしっかりと開発しなければなりません。私が最も懸念しているのは、地方で太陽光発電が「迷惑施設化」しているということです。FIT制度はエネルギー事業として地域と向き合う太陽光発電ではなく、投資案件としての乱開発を数多く許してしまいました。荒廃農地の活用もアイディアとして出されていますが、地域の住民の方々にとっては「里山」です。FIT制度で起きた失敗を繰り返さないよう、地域にとって有用な電源開発を進めることが必要です。

もう一つ必要な視点が、産業の健全化です。私は政策提言の傍ら、会社を創設して再エネに携わる事業者の支援もしていますが、今の太陽光発電産業は玉石混淆だと感じています。雑な補助制度は、消費者に少しでも安く、利便性の高い再エネを提供することを真剣に考えている事業者と、そうでない事業者とを同じに扱ってしまいます。市場で「玉」が磨かれて生き残る市場でなければ、消費者の負担で「石」の再エネ産業を支えることになってしまいます。

太陽光発電は電気を使う場所の最も近くで発電できます。中古住宅市場や住宅設備、屋根工事といった他産業との掛け算を丁寧に重ねて普及させていくことが必要で、政府の補助を期待するだけでなく、産業側も生存戦略を練るべきでしょう。

太陽光発電を含めた再エネは、化石燃料に頼らなくて済みますし、温室効果ガスを排出しません。ただ、欠点もあります。

自然変動電源とも言われ、発電量が天候によって左右されます。日本における太陽光発電の平均稼働率はおよそ12%。それも安定して12%なら良いのですが、いつ発電するか分からない。

電気は瞬時瞬時で作る量と使う量をぴったりとあわせなければなりません。「究極の生鮮品」で在庫を持つこともできませんし、「今足りないので後で使ってください」も多くの場合許されません。再エネが発電しないときにも確実に発電する、あるいは再エネの変動にあわせて火加減調節ができる電源が必要です。もちろん、蓄電池や水素は、電気の「在庫」を持てるようにする技術ですので、これらが大量に導入されれば、再エネの欠点を補うことができます。どのように欠点を補い、全体のコストを抑えながら、再エネを拡大していくかです。

また、太陽光パネルはほぼ中国等からの輸入ですし、廃棄やリサイクルの問題も含めて考える必要があります。

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エネルギーは「多様性」が大切

欠点のないエネルギー源など、どこにもありません。英首相だったチャーチルは、次のような言葉を残しています。

「石油の安全と確実性は、多様さにのみ存在する」

当時は石油の文脈で言われた言葉でしたが、エネルギー政策の基本です。チャーチルの言うように、エネルギーの安全保障において重要なのは「多様性」です。いつ何が起こるか分からないので、1つの電源に偏らず、あらゆる選択肢を残しておかなくてはなりません。太陽光発電普及のために集中的な投資をおこなうのは良いのですが、それが行き過ぎて多様性を忘れてしまっては、本末転倒でしょう。

政治が掲げた理想と現実

我が国のエネルギー政策で世論を二分しているのが、原子力発電の活用です。東日本大震災による福島第一原発事故以来、原子力発電への不信感は高まり、今秋の総裁選でも原発の是非が議論されました。

歴史を紐解くと、日本が原子力発電の実施に踏み出すことを定めた「原子力基本法」が制定されたのは1955年、ちょうど戦後10年です。広島と長崎の原爆投下の記憶が色濃く残り、「核」「原子力」などの言葉に対する拒否反応が強かった時代です。軍事利用と平和利用は全く違うという米国によるキャンペーンがあり、新聞各社などもそれに応じたことも確かですが、それでも日本が原子力発電の導入に踏み切ったのは、エネルギーへの強い渇望があったから。戦後復興を成し遂げるためには、安価で大量の電気が必要でした。

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