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あなたの知らない中国共産党 西村晋

組織を支える末端党員の正体。/文・西村晋(文化学園大学准教授)

中国式統治システムの「手強さ」

今世紀に入り、わが国では中国崩壊論が何度となく流行してきた。その一部はそれなりに説得力のある理由があるにもかかわらず、現時点まで将来予測に何某かの役に立った例がない。それはなぜか。

その最大の理由は、日本人が現代中国を支える中国共産党(以下、党もしくは中共)の中央ばかりを観察し、末端組織や一般党員の姿を殆ど無視してきたからである。

中国崩壊論は次の様な思考法で作られがちである。(1)中国は寡頭的な専制体制である。(2)寡頭的な独裁であるから社会の末端で発生した問題を把握できない。(3)或いは、問題を把握できたとしても硬直的な体制ゆえに、或いは多元性に欠ける体制ゆえに、現場の力を動員できずに問題解決の手段を解っていたとしてもそれを実行できない。つまり、中国が寡頭的で、しなやかではない体制であることや、現場を軽視した支配をしているといったことを前提に組み立てられているものが典型的な中国崩壊論である。

実のところ、中国社会の末端、職場や地域などには各種の自治組織や会議体・合議体が備えられている。また、それらの自治組織と密接に関係していたり、重複する役割を持っていたりするのが、これから解説する中共の基層党組織である。これは政府が社会の末端を統括するための手間や予算を節約するという側面もあるが、同時に、社会の末端の現状や問題を把握する耳目や、社会の末端で改革を実行させるための手足ともなる。

現代中国が様々な問題を抱えていることは否定のしようがなく、中国の体制を翼賛するつもりは全くない。だが、肯定するにせよ、批判するにせよ、草の根の大衆や現場からのボトムアップと、一党独裁が巧みに組み合わされた中国式統治システムの「手強さ」を無視するべきではない。

筆者は2012年から9年間、中国内陸の河南省の大学に勤務していた。周囲の同僚の過半が共産党員であり、大学の中には共産党組織が備えられていた。そして、担当した学生の少なからずが入党に向けて種々の学習や活動をしていた。中国で暮らし、また、日系企業ではなく中国人に雇われていれば、職場などで共産党の末端組織や末端幹部や一般党員に触れる機会が必ずある。これは私だけの特別な経験ではなく、中国の企業や学校で働く機会さえあれば誰でも体験できる、ごくありふれたものだ。

日本ではあまり注目されていないが、中国社会で必要不可欠な役割を果たしている党の末端組織の活動について解説しよう。

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アリババ創業者も党員だった

「現場」に根をはる党組織

中共といえば、日本の報道では習近平主席や政治局常務委員などの超幹部ばかりに注目が集まる。しかし、こうした党中央は氷山の一角どころか、組織の頂上でしかない。中国において中共の最重要とされている組織は、末端の「党支部」だ。一つ一つの党支部は50名未満のメンバーで構成される小さな組織でしかない。2021年末の時点で434.2万の党支部が存在する。

中共の組織は中央・地方・基層に大別される。「基層」とは、地域や職場など社会の末端部分を指す。中央の対義語である。だが、この基層という言葉に「下流」「底辺」「三流」といったマイナスイメージはない。あえて日本語で近い言葉を挙げると「現場」「草の根」あたりであろうか。この「基層」に根をはっていることこそ中共の強みである。

中共中央組織部によると、2021年末の時点で中共党員は9671.2万名存在し、毎年、増加傾向にある。党員のほとんどは政治家でも官僚でもなく、農家やサラリーマン、工員、教師、退職者、そして学生である。何らかの幹部ではなく、また党務専従者でもない一般の中共党員は、ほぼ全員が、村、都市の地域コミュニティ(社区)、企業、軍や学校などに設置される党支部に所属している。日本の政党の支部は各地域に設置されているが、中共の党支部は地域に設置されるものよりも職場に設置されるもののほうが多い。また、村や社区の党支部に所属しているものは少数で、多くの党員は職場の党支部に所属している。

入党を希望するのは大学生など若者が中心で、その動機は、純粋に党活動に興味があるとか、国有企業への就職に有利になるから、と様々だ。学生の場合、学内の党活動を通じて他学部の学生と交流し、恋人や友人を見つけるといった出会いの側面もなくはない。時には職場などで模範的な活躍をしている者を末端幹部が党に勧誘することもある。中共の勧誘を嫌がるインテリや中産階級も最近は珍しくない。

党員は模範たるべし

入党希望者は大学や職場などの党支部で数年かけて研修と審査を受ける。そのプロセスで重視されるのは政治的な知識や思想・態度以上に、日ごろの学習態度や勤務態度、協調性やコミュニケーション能力等の面で、周囲の模範であるかどうかだ。

一般党員は、党支部で一体なにをしているのか? というと、定期的に集まって勉強と話し合いをし、さらに、ボランティア活動を行う。

党支部の学習はとても重要な機能だ。党員は政治思想や党内法規や党中央の新しい方針などを学習し続けなければならない。政治思想は指導者が代わるたびにアップデートされるし、党の規約もたびたび改正されるので、入党後も学習を続けなければならない。これは若い党員に限った話ではなく、中高年の党員でも、新しい知識や思想を学習し続けなければならない。

また、特に企業内の党組織では、政治思想のみならず、経済知識や事業活動に必要な技術的な知識なども学習する。これは業務時間内に行われる社員教育とは別個のものである。国有送電会社の国家電網の一般党員の場合、1か月に6時間以上の学習と、年間2篇のレポート提出が課される。更に党課と呼ばれる集中講義を年1回受講する。

ボランティア活動は党の規則などで義務化されているものではないが、殆どの基層党組織にボランティア活動があると見て間違いなく、また、ボランティア活動をしたことがない中共党員というものもほぼ存在しない。

もちろん、中共党員のボランティア活動には、社会一般からの党や党員への信頼を高めるという効果も見込めるだろうが、これはおそらく副次的なものである。ボランティア活動は党組織の「建設」活動と見做される。ボランティア活動を通じて党員の意識や協調性を高め、また、組織の団結をはかるという教育・訓練の効果を重要視しているものと思われる。災害時のボランティア活動のほかに、平時でも公共スペースの掃除などのボランティア活動を行う。

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ボランティア活動に励む党員

党支部は非党員との接点

中共で党支部が最重要とされている最大の理由は、社会の末端で非党員と交わる最前線となる組織だからである。党支部は非党員の一般人に対して、党の方針や政策を説明・説得するプロパガンダを担う。

「中共のプロパガンダ」というと、日本ではメディアへの統制や政府系メディアの翼賛的な報道ばかりに目が向くところだが、他者に情報を伝え、納得させる上で、教育訓練を受けて組織化された生身の人間からの説明や説得に勝るものはない。

中共の末端組織は様々な方法で意見の吸い上げを行う。日ごろの仕事や生活の中で、党員どうしはもちろん、党員と非党員は交流している。というより、日常の生活や仕事のために交流せざるを得ない。つまり、職場で愚痴を聞いたり近所での井戸端会議をしたりといった交流が、中共の末端組織による問題の把握に繋がり得るのである。

中国の社会問題、例えば、10年以上前に注目された食品安全問題であったり、2010年代中ごろから深刻化した大気汚染問題や受験競争過熱や住宅難であったり、近年、注目されている子供のソーシャルゲーム規制であったり、この様な問題は、なにも、党中央の幹部や政府やメディアが現地住民の意向と関係なく勝手に騒ぎ立てているわけではない。最初にこれらの問題が発見・議論されるのは一般の生活者の愚痴の中である。

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