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「尖閣“日中激突の海”を見た」1月、調査船の行く手に現れた中国海警船 山田吉彦

調査船の行く手に現れた中国海警船。それを阻む海保巡視船との息詰まる攻防。/文・山田吉彦(東海大学海洋学部教授)

中国海警局が待ち伏せ

1月31日午前4時30分。この日は月明りもなく、調査船の船橋は漆黒の世界だった。石垣島の名蔵湾を出航してから、すでに10時間が経っていた。北北西からの向かい風が強く吹く。船首は波と風を真正面から受け、時折、盛り上がった波が船橋の窓を覆った。船はピッチングの上下動が激しく、普段は船酔いすることのない筆者も酔い止めの薬を飲むほどだった。

この調査船は、東海大学の海洋調査研修船「望星丸」(2174トン)。尖閣諸島海洋状況調査のため、石垣市が傭船したものだ。船内には中山義隆石垣市長をはじめとした石垣市職員による状況調査団11名と、海洋環境の学術的な調査を委託された東海大学を中心とする研究者12名が乗船していた。

船橋では船長と航海士官たちが緊張の面持ちでレーダーを覗いていた。円形のレーダーの中には、本船を囲むように5隻の船の存在を示す赤いポイントが出ていた。右舷側に2隻、左舷側に2隻、船尾方向に1隻。調査船を守りながら尖閣警備に赴く、海上保安庁の巡視船である。

いよいよ調査船が魚釣島を基点とする接続水域の境界に近付くと、他に2隻の船が、調査船に接近してくる様子がレーダーに現れた。中国海警局の警備船(海警船)が、われわれを待ち伏せしていたのだ。

しかし、海上保安庁の巡視船が警備態勢を敷いていたため、中国の海警船は調査船に近づくことはできず、1隻ずつ左右にわかれて、巡視船の外側を調査船の速度に合わせ並走していた。

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山田氏
©山本皓一

領海侵入する中国海警船

無線から意味不明な中国語が聞こえ、続いて片言の日本語で「こちらは中国海警局、望星丸、応答しなさい」と呼びかける声が聞こえた。

すると間髪を入れず、「こちらは日本国海上保安庁、貴船は日本の接続水域に入っている。領海には入らないようにしなさい」と応答する声が聞こえ、同じ声で中国語が続いた。事前に石垣市には海上保安庁から連絡があり、海警船への対応はすべて海保が行うことになっていたため、調査船は一切応答していない。安易に海警船に対応すると、中国海警局が管轄権を行使したことになってしまうからだ。

調査船、海保巡視船、海警船、合わせて8隻は、まるで隊列を組んでいるかのようにお互いの距離を変えず同じ速度で進んだ。針路は、北北西。尖閣諸島・魚釣島の方向だ。

6時30分頃、魚釣島を基点とした領海内に入った。この時、海上保安庁から海警船に対し、「日本国の海上保安庁である。貴船は日本領海内に侵入している、直ちに退去を求める」と無線で退去が勧告された。

尖閣の夜明けは遅く、7時20分頃が日の出だった。この時刻に合わせ、船の上空を海上自衛隊のP-3C哨戒機が飛行した。哨戒機は東シナ海全体を見渡している。尖閣諸島から離れた位置で展開している中国海軍と中国海警局の動きが、警備に当たっている海上保安庁に伝えられた。海保、海自は連携し、石垣市の調査を安全に遂行させる体制をとっていたのだ。

付近が明るくなると、魚釣島の輪郭がはっきりと現れた。島に張り付くように3隻の巡視船が警戒にあたっている。350トン型の高速巡視船2隻とヘリコプター搭載型の大型巡視船で島を守っていた。

調査船は領海内に入るとすぐに海水を採取した。それとともに海中投下式の測定器を使い、海水温、塩分プロファイルなどを垂直方向で測定した。海水は調査船の船底にある装置で取水し、投下式の測定器は遠隔操作でデータを取得することができる。この手法をとったのは、中国の海警船からは調査の状況を把握するどころか、調査船が尖閣海域を走っていた様子しか確認できないようにするためだ。いずれ中国は、尖閣諸島周辺において同様な調査を行うことが予測されるため、調査の実態を隠したのだ。

目視調査のため島の陸地を双眼鏡で見ると、切り立った山肌が所々地崩れを起こしていた。2012年に東京都が行った調査の時と比較して、崩落している箇所が数倍に増え、草木が減少している印象を受けた。今回の調査は、島から2キロほど離れていたために、増殖しているといわれるヤギの姿を確認することはできなかったが、木の芽などを喰い荒らす食害が進んでいることが懸念される。また、島の周囲の海上には、漁業ブイに破片などプラスチック類のゴミが数多く漂流し、ゴミで埋め尽くされた浜辺も確認された。

野生のヤギが大量発生

ヤギの食害が深刻化
©山本皓一

海保巡視船が海警船を挟み込む

尖閣諸島は2012年の国有化後、管理も行き届かずに放置されているため、自然環境は危険な水準まで悪化している可能性が高い。今回の海水データの分析を進め、石垣市では、今後の海洋環境対策を検討する予定だ。

調査船が魚釣島に最も接近したときに、洋上に献花を行った。第二次世界大戦末期、この島の沖合で疎開船が米軍の攻撃を受け、多くの人々が命を落としている。また、魚釣島に漂着し、この島で息を引き取った人々の遺骨が埋められている。献花は、この方々の慰霊のためである。

献花の直後、海警船が調査船に船首を向けてきた。すると2隻の海保巡視船が海警船を挟み込み、行く手を阻んだ。身動きが取れなくなった海警船は、速度を落とし離れていった。

今回、姿を現した中国の海警船は、海警2502(5000トン)と海警2302(3000トン)の2隻。両船ともに領海侵入時には非武装の船である。両船ともに、海保巡視船にコントロールされ、調査船に近付くこともできなかった。

調査船は、無事に調査活動を終え石垣港へと戻った。帰路の船上において、調査に参加した中山市長は、「海上保安庁が守ってくれていて、中国船を脅威に感じることはありませんでした」と海上保安庁への感謝の言葉を述べていた。海上保安庁は、見事なオペレーションで海警船の行動を制御し、尖閣諸島を守っている。しかし、中国から漁船など小型船が大挙してきた場合、島への上陸を阻止することは難しいだろう。今後は、島における陸上警備が課題となる。

尖閣諸島問題を考えるにあたり、この島々の重要性に目を向けなければならない。東シナ海における海底調査では、銅の含有率の高い海底熱水鉱床が存在することが報告されている。また、東シナ海は、日本人の食を支える重要な漁場である。アジやサバ、サワラなどが生息し、クロマグロの産卵場である。東シナ海を「日本の海」として管理することは、日本の今後の社会の安定につながる。

また尖閣諸島海域は、黒潮の源流と呼ばれている。尖閣諸島周辺を通過した黒潮は、奄美大島南西沖で分かれ、太平洋岸を流れる本流と日本海の対馬海流となり日本列島を包み込む。全国の気象、海象に影響を与える黒潮の研究は、農業、漁業などにとって不可欠である。

さらに安全保障上も重要だ。東シナ海、特に尖閣諸島の管理体制は、今後、東アジアの平和に大きく影響を与えることになるだろう。中国が東シナ海で目指すのは、尖閣諸島における拠点の形成である。尖閣諸島は、東シナ海の扇の要に位置する。中国が台湾に向け軍事展開を準備している今、尖閣諸島をしっかりと日本が管理していなければ、中国につけ込まれかねない。このように尖閣諸島の管理は、日本人の生活に死活的な影響を与えるのだ。

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接近しようとする中国海警船を阻む海保巡視船(手前)
©山本皓一

菅官房長官へのレク

じつは今回の海洋調査を行うのに、5年の準備期間を要した。その大半は、政府から海洋調査実施の了承を得るために費やした。

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