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出口治明の歴史解説! APUが卒業式と入学式をいち早く中止した理由

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年3月のテーマは、「女性」です。

★前回の記事はこちら
※本連載は第19回です。最初から読む方はこちら。

【質問】「クレオパトラの鼻が低かったら世界の歴史は変わっていただろう」という有名な言葉があります。クレオパトラはそんなに絶世の美女だったのでしょうか。

世界三大美女の一人として知られるのは、クレオパトラ7世フィロパトル(B.C.69~B.C.30)ですね。かの有名な「クレオパトラの鼻が……」という言葉は、フランスの哲学者ブレーズ・パスカル(1623~1662)が、1つの比喩として書き残したものです。実際のところ、クレオパトラがどのような容姿をしていたのかは、わかっていません。

クレオパトラが美女の代表とされるのは、ガイウス・ユリウス・カエサル(B.C.100~B.C.44)、マルクス・アントニウス(B.C.83~B.C.30)という共和政ローマの有力者たちがメロメロになったからです。クレオパトラは、とても美しい声の持ち主で、話し上手だったようです。プトレマイオス朝(B.C.305~B.C.30)のファラオ(女王)ですから、気品は相当なものだったのでしょう。

クレオパトラは18歳のときに父である先代の王が亡くなり、兄弟で最も年長だった彼女は、弟のプトレマイオス13世と兄弟婚を行って共同で王位に就きました。彼女はエジプトを守るため、強大なローマと同盟を結ぼうと考えます。つまり、国の将来ビジョンを描ける戦略家だったのです。

クレオパトラがカエサルと出会ったのは紀元前48年です。その頃、ローマではカエサル派とポンペイウス派との間で内戦が起こっていました。優勢だったカエサルは、ローマから逃げた元老院派のグナエウス・ポンペイウス(B.C.106~B.C.48)を追ってエジプトにやってきます。その時、クレオパトラはカエサルと出会います。彼女が21歳のときでした。

ローマと良好な関係をつくろうと考えていたクレオパトラは、カエサルがやってきたことをチャンスととらえたことでしょう。実は、弟のプトレマイオス13世は、ローマとは敵対しようとしていたのです(のちにローマ軍によって殺される)。

クレオパトラは色香でカエサルを虜にしたのではなく、その賢さを武器にしたのだと思います。小鳥のような美しい声でおしゃべり上手、そして、聡明で会話のレベルが高いクレオパトラとカエサルは、一緒にいて刺激しあい、お互いに楽しかったことでしょう。2人の間にはカエサリオンという子どもが生まれました。

紀元前46年、内戦に勝利したカエサルの凱旋式がローマで開かれます。クレオパトラは、ローマへ出かけました。このときクレオパトラは、大きなプレゼントをカエサルに贈ります。翌年1月1日から始まるユリウス暦です。

1年間が365日と4分の1日とされる現在の太陽暦(グレゴリオ暦)は、このユリウス暦が土台になっています。愛するカエサルのために、彼女がエジプトからローマに連れてきた天文学者に作らせたものです。

クレオパトラはウィリアム・シェイクスピア(1564~1616)の戯曲『アントニーとクレオパトラ』などいくつもの文学作品に描かれていますが、宮尾登美子さんの『クレオパトラ』が恐らく実態に近いのではないかと思います。ぜひ、一読してみてください。

【特別篇】出口さんが学長の立命館アジア太平洋大学(APU)は、今年の卒業式と入学式を中止すると2月20日に発表しました。政府が新型コロナウィルス関連で小中高などに臨時休校を要請したのが28日ですし、他大学に比べても意思決定が圧倒的に早かったのは、歴史の知見から導き出されたものなのでしょうか。

あえて意思決定にかかわる要素をあげるなら、「現状分析」、「歴史」、「専門家の意見」の3つを大切にしました。

まず現状分析です。APUは学生数約6000人の大学ですが、学生の約半数が留学生で、日本人学生も約9割が大分県外から来ています。卒業式と入学式には学生のご家族等を含めて2000人以上が、日本各地、海外各地から集まります。海外だけでなく日本国内でも感染が増えつつある中、どんな方がどこから来られるか、APUではコントロールできない。しかも皆さん、たくさんお金をかけて航空券や宿泊先を手配しておられるので、早く決断した方がいい。しばらく様子をみようとか他大学と足並みを揃えようなどといっておられる状況ではなかったのです。

僕の頭によぎったのは世界の歴史です。この連載でも14世紀の黒死病(ペスト)などパンデミックをたびたび取り上げてきました。また、コロン(コロンブス)が新大陸に持ち込んだ病原菌で、先住民のほとんどが亡くなったという話もしました。病原菌には、歴史を動かす力があるのです。報道を見ているだけですが、歴史からいろいろ学んできた僕からすると、この新型コロナウィルスという未知のウィルスは、数週間やひと月で終息するとはとうてい思えなかったのです。

しかし、それは歴史好きの単なる素人の考えにすぎません。僕は何よりも校医の先生の意見をよく聞きました。よくわからないことが起こったとき尊重すべきは、専門家の意見です。先生は「日本中、世界中から学生と家族が集まれば、感染予防のコントロールは困難です。つらい判断でしょうが、私としては中止されたほうがいいと思います」というご意見でした。

医師というプロの意見を聞いたうえで、学長としての判断は二通りありました。プロの忠告に従って中止する。プロの忠告は忠告として決行する。しかし、僕には迷いはありませんでした。

これはコンプライアンスの基本的な問題だと考えていたからです。コンプライアンスとは単なる「法令遵守」ではありません。何か問題が発生したときにきちんと誰にでも説明できるかどうかです。もし卒業式、入学式が原因で最悪の事態が生じたとする。そのときにはおそらく「事前に専門家の意見は聞いたのか?」と問われるでしょう。

僕は、専門家のアドバイスを覆すような根拠を持っていませんでした。「卒業式、入学式はみんなが楽しみにしているから」「中止すると関係者に迷惑をかけるから」などは、感情論の仲間で論理的な説明にはなりません。これでは、アカウンタビリティ(説明責任)が果たせない。問題が露見したときに、誰に対しても意思決定の過程がきちんと説明できる、釈明できるということは極めて重要です。コンプライアンスの根幹です。自分がわからない場合は、率直に専門家の意見を尊重するべきだと考えました。

歴史を振り返っても、リーダーが専門家の意見に逆らって愚かな決断を下した例はいくらでもあります。以前、項羽と劉邦というライバルの話をしましたよね。

2人の差はプロの意見を聞くかどうかでした。自分を万能選手だと思っていた項羽は、なんでもかんでも自分だけで状況を分析し判断して決めてしまう君主でした。ライバルの劉邦は、自分の能力が高くないとわかっていたので、専門家の意見をよく聞いた。その結果、個人の能力は勝る項羽が、チーム戦を挑んできた劉邦に敗れたわけです。

僕は自分のことを「チョボチョボで物事を知らないアホな人間」と思っているタイプなので、専門家のいうことを素直に聞いて最終的な物事を決めたのです。

とはいえ、これでホッとした、と言える状況では全くありません。現段階では、世界各国への拡大が続いており、終息の兆しは見えていません。今後、さらに重要な判断を迫られる場面がくるかもしれません。新型コロナウィルスの流行で、私たちは歴史の世界的な大きな流れのただ中にいるのだなと改めて突き付けられた感じがしています。

(連載第19回)
★第20回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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