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「こんなはずじゃなかった」とボヤいた菅首相の“党内基盤の弱さ”

早期解散か、都議選ダブルか——。「解散するなら今でしょ!」。好条件が揃う中でも菅は早期解散に踏み切らない。高支持率でスタートした新政権の内憂外患。/文・赤坂太郎

「こんなはずじゃなかった」

ひとつの妖怪が永田町を徘徊している。「解散風」という妖怪が——。

マルクスらが生んだ共産主義という妖怪は資本主義が進んだ西欧では根付かず、皮肉にも資本主義が未発達のロシアに落着した。一方、衆院解散時期を巡り種々の思惑が交錯する永田町で、解散権を持つ菅義偉首相は妖怪をどこに落着させるのか。

解散風を強めているのは、高支持率だ。読売新聞の調査では74%。政党支持率は自民党47%に対し、立憲民主党は4%。その立憲は289小選挙区のうち候補予定者が200程度にとどまる。衆院議員の任期が来年10月21日までの中、こうした状況にあやかろうとする心理は否定しようもない。菅が首相就任の翌朝、早期解散論者で知られる選挙プランナー三浦博史と都内のホテルで朝食を共にしたことも議員らを色めき立たせた。

政調会長の下村博文は9月21日のBS番組で「自民党若手は、ほぼ全員が早く選挙してもらいたいと思っている。私が選対委員長ならば、党国会議員のほぼ総意で、即解散」と、党内の空気を代弁してみせた。

菅の状況も解散風に拍車をかける。一つは総裁選を通じて「答弁能力の不安」(自民党国対幹部)をさらけだしたことだ。「自衛隊は憲法で否定」や消費税率引き上げを将来的に容認した発言は、すぐに修正を余儀なくされた。じつは菅の失言は枚挙に暇がない。加計学園問題を巡る「総理のご意向」と記された文書を「怪文書みたいな文書」と発言、反社会的勢力が招待されていた桜を見る会について「反社の定義は一義的に定まっていない」と説明したのは記憶に新しい。「ボロが出る前に解散だ」(自民党若手)との声が上がるのも無理からぬところだ。

もう一つは、菅が「こんなはずじゃなかった」と周囲につぶやいた党役員・内閣人事で露わになった党内基盤の弱さだ。党総裁選の圧勝を支えた派閥の論理に翻弄され、人事は迷走。菅が目玉と位置付けていた官房長官、民間人登用のいずれも党幹部や長老の「干渉」で頓挫。官房長官には菅の政治の師である故梶山静六の長男、梶山弘志経済産業相が念頭にあったが、今も隠然たる影響力を持つ青木幹雄元参院議員会長や森喜朗元首相らの意見を受け入れ加藤勝信を充てた。民間人も新浪剛史サントリーホールディングス社長や竹中平蔵慶応大名誉教授の起用を考えたが、総裁選勝利の原動力だった二階俊博幹事長が「党内には優秀な議員がたくさんいる」と否定し諦めざるを得なかった。菅側近は「衆院選で勝利した首相でないと主導権を握れない。解散は近い」と息巻く。

さらに、菅と近い関係の日本維新の会が党の存亡をかける大阪都構想の住民投票が11月1日に設定されていることも早期解散説を助長した。菅が創設者の橋下徹元大阪市長や代表の松井一郎大阪市長と昵懇なのは周知の事実。馬場伸幸幹事長、遠藤敬国対委員長との結びつきも強い。菅は総裁選出馬の際に事前に馬場、遠藤に連絡。2人は「大阪から援軍の狼煙を上げた方が総裁選にプラスになる」と、菅が正式に出馬表明したタイミングで松井に「菅歓迎」の発言をさせるお膳立てまでしている。都構想と衆院選のダブル選挙になれば、大阪、兵庫の計6小選挙区で維新の配慮を受ける公明党も協力に回らざるを得ない。すると賛成多数の可能性が高まり、維新は生き残る。しかも「10月20日公示、11月1日投開票」の日程なら2021年度予算編成への影響も少ない。

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菅首相

板挟みの公明党

一方、苦悩を深めたのは連立を組む公明党だ。維新の思惑通りに衆院選と住民投票が重なれば、都構想に反対する自民党大阪府連との協力関係にひびが入る。小選挙区を考えれば対立候補を立てないとの維新からの便宜が必要だが、比例代表を見れば自民党の協力が必要。関西の公明党選対関係者は「あっちを立てればこっちが立たず。ねじれになれば大変だ」と警戒する。

もとより支持母体の創価学会が選挙態勢を組める状況ではない。コロナで約5カ月も活動を休止。ようやく9月から地域での集会を本格的に再開したばかりで、重点地区への動員など組織力を生かした「選挙マシーン」としての実力を十分に発揮できない。

公明党は菅政権発足前から、コロナ禍を逆手にとり早期解散封じ込めに躍起となった。仕掛けの一つが連立政権合意文書だ。菅政権誕生が確実視された9月初旬から、斉藤鉄夫副代表が林幹雄自民党幹事長代理と草案作りを始め、公明党の提案でコロナ対策を前文と2項目に盛り込んだ。公明党関係者は「事実上の解散阻止条項のつもりで提案した」と明かす。軌を一にするように山口那津男代表は「国難ともいうべきコロナの感染防止と経済社会活動の両立、この課題を乗り越えていくということが当面の最重要課題だ」と早期解散にけん制を繰り返した。

しかし菅政権発足から間もなくして山口は衆院選への言及を控える。きっかけは菅からの一本の電話だ。受けたのは学会で選挙を仕切る佐藤浩副会長。2人は安倍晋三政権時代から太いパイプを築いてきた。ただ、いまや菅は一国の宰相、佐藤は政党の支持母体の幹部に過ぎない。「立場が違い過ぎて佐藤から連絡をするのをためらっていた」(学会関係者)ところ、首相就任報告の連絡があったのだ。

佐藤は菅に対し「年内の選挙は困る」と以前のような直截な物言いはできない。そこで「コロナの影響で組織の動きが鈍い。しかも11月から財務(会員からの寄付)の準備など宗教的な行事が目白押しで大変だ」と遠回しにクギを刺すと、菅は「そっちの障害になることはないですから」と、年内選挙せずの意向を伝えた。

「秋から冬はコロナとインフルエンザが同時流行する懸念がある。いかに押さえ込むかが大事だ」。菅は佐藤に伝達後も周辺にこう漏らす。相前後して秋の臨時国会召集が10月26日以降の公算が強まった。ならば巷間囁かれた11月1日投開票は不可能だ。公明党内でも「学会の意向はともかく今が最大のチャンス」(幹部)との声が上がるほど好条件が揃う中でも、菅は早期解散に踏み切ろうとしない。

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山口代表

「実績」を示す時間がない

確かに早期解散はいくつかのリスクがある。2、3割の岩盤保守層の支えがあった安倍とは異なり、菅にはそうした支持基盤がない。「国民のために働く内閣」を掲げ、コロナ対策最優先を打ち出しながら、成果を示さず解散すれば世論の反発を招きかねない。

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