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伊藤忠商事会長「コロナ禍こそ人と会ってなんぼ」

時価総額と株価で三菱商事を抜き、史上初めて総合商社のトップに立った伊藤忠商事。「商社マンは現代の商人」と語る岡藤正広・会長CEOに話を聞いた。

<この記事のポイント>

●在宅勤務は「生産性が上がる」と言われるが、それは全くの嘘
●ラクすることが新しい働き方と勘違いされている面がある
●国が配布した布マスクは、先に他社が請け負っていたが、数が多く単独ではこなせなくなったため、政府から相談されて受けた
●サイズが小さかったので「大きくした方がいい」と提案したが、政府サイドから「仕様書通り作ってほしい」と言われた

①なし

岡藤氏

現状維持は衰退

商社マンというのは、現代の商人です。商人が忘れてはいけないのが「お客さん目線」。仕入先も、得意先も、その先の一般の消費者も商社にとってはみんな大事なお客さん。どうやったらお客さんに喜んでもらえるか、これを考えるのが大事です。商人がでんと座っていたら商売にはならない。常に自分から動いて、自分を変えて行かないといけません。

いまインタビューを受けているこの応接室もそうですよ。応接室の絵画を10年も20年も変わらず同じものを飾っている企業があるでしょう。それではあかんと思います。定期的に模様替えすることで、お客さんに一目で「この会社は常に変わろうとしている」と伝えたい。

ここも以前は東山魁夷の日本画を飾っていましたが、いまはご覧の通り、パリの写真家がマリリン・モンローを撮った作品を大きく引き伸ばして3面の壁に飾っています。ジェームズ・ディーンやケネディ大統領との2ショットとか、スカルノ大統領との写真もあって、インドネシアのお客さんが来た時は盛り上がりましたわ。でも、数年経ったら、またガラリと変えて、盆栽でも飾ろうかと思ってるんですよ。

③マリリン・モンローを飾った応接室

マリリン・モンローを飾った応接室

社長になった当時は、この部屋のソファも家具もイマイチだったんです。隣の僕の部屋の絨毯は使い古しで破れていますが、それはいい。でも、お客さんを迎えるところはきちんとしたものでないと。

それで家具を一新しようとしたら、あるイタリア製家具の社長が売り込みに来たんですね。ところが、一切値引きをせえへんと言う。高価なものは買えませんから、向こうの売り上げが足りない時にもう一度来て欲しいと頼みました。「その代わり、安くせえよ」と。結局、あちらの都合のいい時期に割引きにしてもらって、徐々に変えていきました。

だから変える時には、タイミングも大事。本社ビルの建て替え計画も進めていますが、実は、7年前に『文藝春秋』のインタビューを受けた時、「本社を建て替えると、その会社はダメになる」というジンクスを紹介しました(笑)。

今だって、この思いは変わってませんよ。ただ、東京都をはじめとする皆さんと一緒になって進める神宮外苑一帯の再開発には協力せなあかん。周辺の再開発にあわせて建て替えると、高さ制限も緩和されて今の倍近い階数にできる。そうでなかったら建て替えへん。

伊藤忠は時価総額と株価で三菱商事を抜き、史上初めて総合商社のトップに立ちました。ウチはもともと4番手の時代が長かったから、社内を見渡すと、どうも天狗になっとる雰囲気もある。長年トップを走ってきた三菱商事とは違って、「勝ち方」を知りませんから、ここで満足したらすぐ抜き返される。そうならないように今は株価と時価総額に加えて、2021年3月期の純利益でもトップに立つ「三冠」を狙っています。

商社にとって現状維持は衰退です。マグロと同じもんで、立ち止まったらあかん。次のビジネスを求めて泳ぎ続けないと。ここで満足したらお客さんにもすぐ見破られます。

②建て替え予定の本社

建て替え予定の本社

生産性向上? 全くの嘘や

新型コロナの影響で在宅勤務やリモートワークなど、日々の働き方も変革が迫られています。ただ、何でもかんでも新しい取り組みを始めればいいわけではない。

緊急事態宣言が出された4月上旬は、まだどんなウイルスかはっきりしませんでしたから、人命優先を考え、「全員、在宅勤務にせえ」と指示を出しました。ただ、緊急事態宣言が解除された5月末以降は、段階的に出社する社員を増やしたんです。結局、今はまたこの状況のなかで在宅勤務ですけど。

在宅勤務は生産性が上がると言われますが、それは全くの嘘やと思う。通勤に時間がかからないぶん仕事ができるといっても、普段、朝7時に家を出ている人が、7時から仕事をするかといえば、やらないでしょう。家でお茶を飲んでテレビを見始めたら、そのままダラダラするやろうし、嫁さんから「ちょっとアンタ、手伝って」と言われたら無視できません。生産性は3分の1くらい落ちるはずです。

会社に居ればしんどくてもブラブラできませんから、仕事に集中せざるをえない。すると新しいアイデアも浮かんで来る。社員同士、しょっちゅう顔を合わせていれば自然と人間関係ができて会社へのロイヤリティ(帰属意識)も生まれる。そこのところはなかなか、効率とか理論で割り切れないものがあるんと違うんかなと。

伊藤忠でも、コロナ禍における働き方改革が誤解されて、ラクすることが新しい働き方やと勘違いされている面があります。苦しい状況ではありますが、商社が「人と会ってなんぼ」であることを忘れてはあかんと思いますね。

資源や鉄鋼といった重厚長大産業をメインとする商社であれば、在宅勤務のお客さんも多いですから、家で仕事をしていてもいいかもしれない。でも、ウチのように生活消費関連が中心の会社は違う。子会社のファミリーマートは緊急事態宣言の間も営業を続け、そこには食品卸会社の日本アクセスが1日3回、せっせと商品を運んでいる。それなのに、「コロナの感染が怖いから」と本社の人間が家に籠って、「どやねん」と電話するだけではあかんわな。

もちろん、これまでのようにお客さんと頻繁に顔を合わせるのが難しいことはわかっています。ただ、心がけ次第で、できることはたくさんあるはずです。

子会社の婦人服ブランドを担当する、ウチの30歳過ぎの女性社員は、在宅勤務中も様子が気になってお店を見て回ったそうです。銀座三越の店舗に行ったところ、多くの女性スタッフが鏡の前に並んで、どうすればマスクを着けても笑顔が伝わるか、一生懸命研究していたらしい。

彼女はその様子を見て、「自分のように若い社員がずっと家にいたらいけない」と目から鱗で、その日は一日中店頭に立って手伝い、応援するために自腹で14万円分の服を買って帰ったそうです。この話を聞いて、これやな、と。この心意気こそ大事なんです。

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銀座三越

宣言明けに特別慰労金を支給

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