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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#13

第二章
BIRD SONG / 自由の小鳥

★前回の話はこちら。
※本連載は第13回です。最初から読む方はこちら。

 1995年6月24日土曜日。二日雨が続いたがその日は晴れ、気温は25度近くまで上がっていた。石神井公園近くの湧井さん宅では、8月1日に発売されることになる STARWAGON 初のフル・アルバム《DISTORTIONS》のためのレコーディングが最終局面を迎えていた。この夜、アルバムに封入される歌詞カードのデザインを任された僕は、意気揚々と湧井さんと上条兄弟の暮らす一軒家に向かっていた。デザインと言ってもモノトーンのアルファベットがびっしり横書きに埋め込まれた洋書を湧井さんに見せてもらい、それをただ単に模倣しただけなのだが。最終段階で歌詞が変わった場合、打ち込み直さなければならない。ただし、その夜はリビングで明らかに神経質に苛立った様子の湧井さんがギター・ダビングを繰り返しており、少し場の空気が淀んでいた。

 ヘッドフォンをした湧井さんは、僕が来たことにも気づかない様子でひとり集中している。ギタリストの盛也さんが僕に近づき「ゴータ、今日は一緒に飲みに行こう」と囁いてくれた。

「あるってちょっとのとこに自分で焼く『スマイリー城』って焼き鳥屋があるから」

 双子の上条兄弟は群馬出身。「歩いて」を「あるって」という便利な方言は彼らから学んだ。上条兄弟は前バンド、女性ヴォーカルを擁した『LOCO-HOLIDAYS(ロコ・ホリデイズ)』ですでに一度ポニー・キャニオンからデビューしており、解散した後に STARWAGON を結成している。兄の欽也さんは、どちらかというとドラマーらしい豪快な体育会系キャラクターの持ち主。弟のギタリスト・盛也さんは少し大人しく芸術肌、繊細なイメージ。湧井さんはふたりのことを「キンの字」、「モリの字」と呼んでいた。自分から誘うようなタイプでない盛也さんが声をかけてくれたのが嬉しくて、僕ははしゃいだ。生ビールで「お疲れさまでした!」と乾杯するやいなや、質問魔の僕は彼に襲いかかった。

「盛也さん、あの、突然なんですけど、ロコ・ホリデイズって、最初どうやってデビューしたんですか? めちゃくちゃ気になってて」

「昔の話だけどねー。ゴータの曲の話しようよ、めちゃくちゃ良かったよ、あのカセット二曲とも。あんな歌声が綺麗だなんて笑ったよ。一ヶ月で何本配ったんだっけ?」

「300本は配ったと思います」

「そういうとこ、ホント凄いよ」

「いや、盛也さん、褒めてもらえるのはめちゃくちゃありがたいんですけど、それよりここのシステムなんですか? え? この焼き台、え?」

「セルフ、自分で焼くのよ」

「えー、めっちゃ面白いっすねー!」

「俺らここばっかだから、あはは。あのー、すいませーん、豚カシラとつくねと地鶏もも肉と、トントン串、ゴータもテキトーに選んで」

「あ、はい。盛也さん、今日は僕、せっかくのこんなチャンスなんで教えて欲しいことばっかりで。どうやってデビューしたか、って話なんですけど」

「あー、デモテープ送ったんだよね。ロコ・ホリデイズでしょ。うーん、多分、『宝島』だったと思うんだけど雑誌にポニー・キャニオン内に新レーベル発足って書いてあってさ。コンフュージョンって名前のメジャーの中にあるインディ・レーベルみたいなイメージかな」

「コンフュージョン? へぇー、それって何歳くらいの時ですか?」

「今のゴータよりちょっと上くらいかなぁ。俺ね、高校出て専門学校行ってて。ミューズ音楽院ってとこなんだけど」

「欽也さんもミューズなんですか?」

「いや、欽也は青学の二部に通っててさ」

「あ、僕も二文なんで同じですね」

 童顔の盛也さんは三年前の25歳の時、熊谷駅のキヨスクで煙草を買おうとしたら「あんた、いくつ?」と売り子のオバさんにドヤされたそうだ。1967年1月、早生まれなので実は湧井さんよりも学年で言えばひとつ年上だというのを知ったのは最近のことだ。

「で、俺がミューズにいた時、ロコ・ホリデイズのベース、ヴォーカルになる松野さんって子がいて。今はソロで『Ruby Ruby Star』って名前でCD出してるんだけどー。松野さんは、昼はミューズに通って、夜は青学に通っててさ。で、俺と欽也を見て、同じ奴がいると思ってたらしくて、ふふ」

「え!?」

「で、話しかけてみたらなんかちんぷんかんぷんで噛み合わないって、で、双子かいと」

「そうなりますよね、めっちゃオモロいですね、んふふ、ちょっと待って、ください、ああ、お腹痛いです、あはは」

「専門学校に石井シゲオ君っていうベースも弾けるコンポーザー科の友達がいて、そいつがオーディションの話教えてくれたんだけど、すぐ送ったらすぐ返事が来て」

「おーーー! それが何年ですか?」

「四年前だから、デビュー自体は91年だね」

「トントン拍子じゃないですか」

「そこまでは、そうかもね。俺もびっくりしたし。そのレーベルに Dip The Flag ってバンドがいたり、今 DIP って名前だけど」

「DIPって、大学の先輩が好きで追いかけてたバンドです! レーベルメイトだったんですか?」

「Dip The Flag の時代はね。あと ROOF ってバンドもいたし、そこで False Love ってバンド手伝ってた湧井に会って」

 繊細なイメージの盛也さんだったが、飲み始めると自分でも意外なほどにウマが合って、インタビュアー気質の僕に対し嫌な顔せず、たまに思い出すため沈黙を挟みながらも優しい口調で答えてくれた。ロコ・ホリデイズが解散したのち、湧井さんが双子のふたりが暮らす上条家によく来ては、「村上春樹の小説は全部読め」だとか、「『銀河英雄伝説』のアニメは面白いから絶対に観ろ」だとか、アドバイスされて、色々影響を受けたこと。

 中高生の頃はREOスピードワゴン、ジャーニー、TOTO、ボストンなど「産業ロック」のバンドに夢中に。ある日キュアーと出会いそれまで好きだった音楽が急にダサく感じてしまってからは、エコー&ザ・バニーメン、スージー・アンド・ザ・バンシーズなどのニュー・ウェイヴを聴き漁るようになったこと。

「そのあとはマイブラ、ライド、ローゼズ、ペイル・セインツ、ハウス・オブ・ラヴとかそんな感じで」

「ローゼズって、ガンズじゃないですよね?」

「うん、ふふ」

 バンド名の由来となった「デリカ・スターワゴン」は、バンドの機材車のように見えているが、盛也さんが買った彼自身の所有だということ。ベーシスト林ムネマサとの出会いは、地元群馬の仲間に林の従兄弟がいて、その共通の繋がりの中で若い林が STARWAGON を観にくるようになり、ライヴの打ち上げなどで話すようになったこと。初期の段階で、ベーシストを入れた四人組にしよう、と思い立ち、専門学校時代に「コンフュージョン・レーベル」オーディションの存在を教えてくれた石井シゲオ君をバンド・メンバーに誘って何度かリハーサルはしたこと。ただし、彼が茨城県から通っていて機動性に欠けたこと。「評論家的な感覚」が三人以上に強く、あまりにも「音楽通のおっさんバンド」に見え過ぎる、ということで別の人を探していたところ、林がベースを弾けることがわかり新メンバーに抜擢したこと。

「おっさんバンドって言いますけど、盛也さんめちゃくちゃ若いですよ、28歳だなんて信じられませんよ。だって熊谷駅で三年前に煙草買っちゃいけないっておばちゃんに怒られたんですよね? 確か? あはは」

「いやいや、だってさ。俺、カート・コバーンと同い年だぜ、去年亡くなった時、めちゃくちゃ驚いたもん」

「あー、あの日」

「俺が風呂入ってたのよ、そしたら湧井が風呂のドア開けてさ。『モリの字、カート・コバーン死んだ』って。新聞に載ってて、それ見せに来てさ。だから林が入ったことで、なんか若返ったというかさ、下北沢のギター・バンドにこれで混ざれるかな?とか、正直ちょっと思ったね」

「パンクのドサクサに混ざったポリスのアンディ・サマーズみたいですね、あはは。にしても林くん、元気ですよね。俺から見ても若いっす」

 その時、「あー、やっぱりおめぇらここにいたのか、ゴータ、おっすー」という声とともに兄の欽也さんも自宅でのレコーディング作業を終えて、同じ店に飲みに来た。

「やっぱり双子だとセンサーあるんですかね、同じ店に来るなんて」

「いやいや、ここは定番だから、双子関係ない、あはは」

「あれ? 湧井さんは? なんか機嫌悪かったですよね?」

「ほっといた方がいい時もあるからさ。いいよいいよ」

「ま、特に一緒に住んでたら、そういう時もありますよね」

「それよりゴータの曲、めちゃくちゃ良かったよ、あのカセット二曲とも。いつものキャラ知ってるからあんな歌声が綺麗だなんて笑ったよ、周りの皆も大絶賛、ハイ乾杯ー!」

「あー!! さっき、盛也さんもほとんど同じフレーズで褒めてくれましたよ、あはは」

 僕は上条兄弟とカツンカツンと左右にグラスを傾け乾杯しながら、笑った。思えば、 STARWAGON というバンドにとって、傑作アルバム《DISTORTIONS》を録音していた、この頃が最も充実していた瞬間だったのかもしれない。彼ら4人の歯車は、この後、湧井さんの完璧主義と暴走、不機嫌さの中で少しずつ軋む音色を立て始める。

★今回の1曲ーーThe Stone Roses - Love Spreads (November 1994)

(連載第13回)
★第14回を読む。

■西寺郷太(にしでら・ごうた) 
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としてもSMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、私立恵比寿中学、「ヒプノシスマイク」など多くの作品、アーティストに携わる。
近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。
代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
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