分断と対立の時代の政治入門

新型コロナウイルスで不安を煽られやすい世代は? / 三浦瑠麗

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※本連載は第13回です。最初から読む方はこちら。

 新型コロナウイルスの広まりにつれて、中国発のデマ情報などが多数SNSに飛び交っています。こうしたパンデミック騒ぎのときには政治や官僚、マスコミなどのいわゆるエスタブリッシュメントに対する不信感が噴出しやすい。誰もが一家言を披露したがり、個別の政治家やインフルエンサーは危機感を煽りがちです。黙って見ているというのはつらいことなので、何かコメントをするとなると、やはり政府批判や危機感を煽る方がサマになってしまうからでしょう。

 しかし、こうした事態においても、日本政府は比較的穏当な均衡性のある対応をしています。個々の課題はあれども、チャーター機による邦人救出やその後の急ピッチでの受け入れ態勢の準備などを見る限り、問題を認識してからの動きは適切な範囲内だったと思います。前年から持ち越したスキャンダルに関する政府批判がなくなるとは思いませんが、問題が起こった際にきちんと対応ができていることは、政権支持率にもプラスに影響するでしょう。長期政権には確実に飽きが出ますが、人びとが政権を変えたいという願望を持っていたとしても、より魅力的な選択肢が提示されなければ、大きなうねりにはならないからです。

 前号前々号は、旧民主党の政治家が多く参集している立憲民主党と国民民主党の合併が誰得なのか、そしていったいどこにアプローチをすれば政権交代が可能なのかというテーマを取り上げました。データが示すように、SNSで大きな支持を得ているような錯覚を覚える「安倍政権批判」は大した動員力や拡散力を持っていません。日本人の多くはマイルドであり、反○○というメッセージで支持を惹きつけるには限界があります。特定の一つの政党だけを支持するのではなく、与野党双方をフェアに評価しようとする人たちがそれなりの数存在することは、日本政治を穏健にしているのです。

 そこで、本日は日本社会における変化への願望はどれほど強いものであるのかを観察してみたいと思います。

 欧州では、多くの国で主要政党が支持者を失い、新しい政党が人々の実感しやすいところでシングルイシューの公約を掲げたり、あるいはラディカルな改革の旗を上げたりすることによって支持が集まっています。米国でも、民主党の急進派が大胆な財政政策の組み換えを主張したり、トランプ政権が現状打破的な政策に走っているところです。変革期待は政治変動が起きる前の要素として考えておくべきだと思います。

 人びとが現状を変えたいと思う時には、まず現状否定があります。そして仮に副作用があったとしても現状を変えたい、という気持ちが続くことになる。では、弊社(山猫総合研究所)の「日本人価値観調査2019」の調査結果の数字を見てみましょう。

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※いずれも単位は%

「最近の日本は正しい方向に向かっていると思う」という問いに対しては、回答者の6割以上が現状を否定していることが分かります。

 回答を年齢別にみてみると以下のグラフのような結果が得られました。現状否定の程度はさほど大きな差がありません。しかし、現状肯定の度合いについては少し楽観的な人が多い70代に比べて、18-19歳や20代の回答は低調で、10ポイント以上の開きがあります。

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 では、変革期待についてはどうでしょうか。「短期的に混乱があったとしても変革が必要だ」という意見について賛否を問うたところ、変革期待を持つ人はおよそ6割、持たない人は3割弱でした。

 ただし、この問いに関しては、下のグラフが示すように回答に大きな年齢差が出ます。70代以上では7割近くの人が変革期待を持っているのに対し、18-19歳では4割ちょっとの人しか変革期待を持っていないのです。どうしてそのようなことが起こるのでしょうか。

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 年齢差がもたらす違いを確認するために、もう一つ設問を見てみましょう。「日本には既得権をぶち壊す強いリーダーが必要だ」という意見について同様の賛否を問うたところ、6割弱が賛成し、3割弱が反対しました。そして、こちらも年代による価値観ギャップは明確です。70代以上の回答者は7割弱の人が強いリーダー待望論を持っているのに比べ、18-19歳では4割強にとどまり、待望論は年齢が上がるにつれてどんどん高まっていきます。

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 つまり、この調査結果を見る限りは、年齢が上の人の方が、強い変革期待や多少のハレーションを伴うリーダーシップを望んでいるということになります。その原因は、本調査だけでは明らかにはなりません。しかし、官僚や政治家などのエリートへの不信感や、富裕層や大企業に対する不信感を見ても、回答者の不信レベルは一般に高く、こちらも年齢とともに上がっていく傾向にあります。

 対照的に若者は何にせよクールであり、現状を肯定はしていなくとも年長世代ほどエリート不信を抱えておらず、大企業や富裕層などの層が優遇されているとは高齢者ほど思っていません。現状に対する認識は年齢によってさほど変わりませんが、強い「不満」を抱えているのはむしろ上の世代だということです。

 新型コロナウイルスの伝播のような事例でも、不安を煽られやすいのはこうした壮年世代や高齢者なのかもしれません。民意の暴走の懸念については上の世代の価値観や行動を見た方がよさそうです。

 強い不満を抱えている層が結集すると何が起きるのかについては、次回に譲りたいと思います。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。


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