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ロシアから脱出したウーバー最大のライバル企業 アーセン・トムスキー(インドライバー創業者・CEO)世界経済の革命児70 大西康之

ジャーナリストの大西康之さんが、世界で活躍する“破格の経営者たち”を描く人物評伝シリーズ。今月紹介するのは、アーセン・トムスキー(Arsen Tomsky、インドライバー創業者・CEO)です。

「世界経済の革命児」アーセン・トムスキー_クレジット:Twitter@ArsenTomsky

アーセン・トムスキー
(自身のツイッターより)

ロシアから脱出したウーバー最大のライバル企業

自国兵士の命、国際的信頼、海外からの投資。ウクライナ侵攻でプーチン大統領が失ったものは数多あるが、最大の損失は優秀な頭脳の流出かもしれない。業界団体の推計によるとロシアのIT人材の国外流出は2月下旬の侵攻開始からわずか1ヶ月で5万人を超えたという。企業ごと国を離れるケースもある。配車アプリで急成長するロシア生まれのベンチャー企業「インドライバー」もその1つだ。

「私と下の娘はサンタクルーズで開催された『サーファーズ・パス』ハーフマラソンを完走した。トレーニング、減量、体質改善など準備に3ヶ月をかけた。彼女をとても誇りに思う」

インドライバーの実質的な創業者アーセン・トムスキーは5月23日、ツイッターでこうつぶやいた。トムスキーは熱心なマラソンランナーとして知られ、シカゴマラソンや東京マラソンを完走している。

ロシア生まれのトムスキーが戦争の最中に娘とマラソンを楽しめるのは、複数の米有力ファンドから出資を受けた2018年に、仕事と生活の拠点を米西海岸に移したからだ。

インドライバーの「イン」は「インディペンデント(独立した)」の意味。インターネットを介し、顧客がドライバーと交渉して目的地までの価格を決める、この新しいタイプの配車アプリは2012年、シベリアのヤクーツク(サハ共和国の首都)で産声を上げた。

サービスを思いついたのは市内でコンクリート作業をする労働者として働きながら北東連邦大学で無線物理学と電子工学を学んでいたアレクサンドル・パブロフ。サハ共和国ではソ連崩壊以来、バスや飛行機のサービスが廃止され、移動手段はもっぱらタクシーになった。ヤクーツクでは真冬になると最低気温が摂氏マイナス50度を下回る。タクシー会社はここぞとばかりに料金を釣り上げ、市民の大きな負担になっていた。

そこでパブロフはロシア最大のSNS「フコンタクテ」に知り合いのドライバーの電話番号を載せた。「自分でドライバーに電話して勝手に価格交渉してください」という原始的なサービスは、瞬く間に5万人のユーザーを集めた。ヤクーツクの人口が28万人であることを考えれば驚くべき浸透度である。

これに目をつけたのが、ヤクーツク生まれの起業家であるトムスキーだ。地元のニュースポータルYkt.Ruで成功を収め、ベンチャー投資家としても活動していたトムスキーは「1万ドル(約135万円)でドライバーのリストを買い取ろう」と持ちかけた。パブロフは申し出を拒否したが、やがてロシア軍から徴兵の知らせが届き、サービスを維持するためトムスキーの傘下に入った。2013年のことである。

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