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池の眺めと善悪|町田康

文・町田康(作家)

私方の庭の東側には池が掘ってあって、池には錦鯉が放してある。餌をほおってやると競ってこれを食らう。けれども水の中のことで動きがゆっくりしていて、あまり競っているように見えない。

そんなことで鯉は私方の池で平和に暮らしていたのだけれども、先日、この池に変が起きた。

すぐ側を流れる幾本もの渓川から無数の蝦蟇が押し寄せてきて池を埋め尽くしたのである。

そしてその振舞たるやまったく以て傍若無人で、元から居た鯉を押しのけて縦横無尽に泳ぎ回る。或いは底に沈んで黙考する。岩の上から急に飛び込んで、ぼしゃん、という不粋な水音を立てる。などやりたい放題で、しかもその間、ひっきりなしにゲコゲコゲコ、ぐわつ、ぐわつつ、という不快な鳴き声をあげているのである。

しかしなによりも我慢がならないのはその姿形で、きたならしい色合いの皮膚の表面ハぼこぼこして瘢痕のようになって、身の内より出ずる粘汁によってヌラヌラしているように見える。また両手両足を広げて泳ぐ姿は屍骸が躍動しているよう。4本に分かれた指先が丸くなっていたり、漫画に出てくる狂人のように瞳が二重になって中の色が薄いのも気味が悪い。

それが1匹2匹なら気持ちが悪いのを我慢してたも網で掬い、渓川に放逐することもできる。だが、こんなにいたのではどうしようもない。そこでまあ、そのうち気が済んだら居なくなるだろうと考えて放置した。

そうしたところ居なくなるどころか、蛙仲間の間で「あそこいいよ」と評判になったのか、日を追う度に蝦蟇はその数を増し、池の水面は醜怪な蛙で埋め尽くされ、不快な鳴き声は耳を聾せんばかりの轟音となった。

というのは少々、大袈裟かもしれない。しかしそう言いたくなるほどに増えたのは間違いがない。

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