森功

15%の法人税額控除を押し切った“今井チルドレン”|森功

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 昨年、騒動に火のついた首相の「桜を見る会」では、秘書官やSPたちが首相のそばに寄り添い、走り回っている姿が映像で紹介された。そのなかでとりわけ目立っていたのが、経産省出身の佐伯耕三である。安倍晋三首相の地元支援者や芸能関係者をアテンドし、甲斐甲斐しく世話をしていた。
2020年が明けても花見の会を巡る批判はおさまらない。1月20日に第201回通常国会が始まると、待ち構えていた野党が衆参の予算委員会で桜を見る会を追及すると、首相はたじたじとなる。国会で繰り返すその屁理屈は、まるでモリカケ問題とウリ二つだ。

 そんな通常国会の中、霞が関の役人たちのあいだで注目されているもう一つのテーマがある。昨年12月12日に発表された税制大綱の「5G導入促進税制」だ。米中をはじめ世界中が技術開発に鎬を削る次世代通信規格5G分野で乗り遅れている日本企業に対し、投資額の15%を法人税から控除するという税制改革案である。政権与党はいつものように、国を挙げた先端テクノロジーのバックアップとPRする。だが、財政難の折の大盤振る舞いでもある。

 5G導入促進税制を平たくいえば、新たな基地局など通信網の整備を税金で支援するという投資減税政策である。対象となるNTTドコモをはじめKDDIやソフトバンク、さらには携帯電話事業への新規参入を表明している楽天にとっては、願ってもない話である。今の国会で法案を提出し、成立を目指すという。この政策の発案者がほかでもない、首相の事務秘書官である佐伯である。ある経済関係省庁の幹部が嘆く。

「5%ならまだしも、15%という法外な控除ですから、あの甘利さんでさえ異を唱えていました。先端技術の開発を促す政策といえば聞こえはいいけれど、特定の企業優遇税というほかありません」

 財政健全化・消費増税を主眼としてきた財務省ならいざ知らず、甘利明といえば、かつて麻生太郎や菅義偉と並ぶ安倍首相を支える三側近の一人に数えられ、経産大臣も経験した産業政策通だ。これまで経産省の経済政策を後押ししてきた。その甘利は宮澤洋一のあとを受けて自民党税制調査会会長に就き、安倍政権から財政健全化・消費増税の推進派を封じ込める役割を期待されてきた。

 その甘利でさえ、15%の税控除に待ったをかけたというのだが、実はそれだけではない。

 首相のスピーチライターだった佐伯を秘書官に引き上げた経産省の先輩官僚である今井尚哉首相補佐官や元「一億総活躍推進室」次長の新原浩朗経済産業政策局長も、「さすがに15%はやり過ぎではないか」という意見。だが、佐伯がそれを押し切ったという。

「驚いたことに佐伯氏は当初、30%の減税を主張していました。このときは財務大臣の麻生さんや甘利さんがストップをかけた。税額控除はせいぜい5%だろうと言っていたんですが、なぜか佐伯氏が粘りに粘ったんです」

 先の経済関係省庁幹部はこうも言った。

「15%の法人税額控除となれば、東日本大震災の復興関連減税や米軍基地を抱える沖縄振興の税制と同程度の優遇措置にあたる。それほどの大幅な減税なのです。10%でも大きすぎると反対意見が多く、揉めに揉めたんですけど、佐伯氏は総理に泣きついたのでしょうね。最後は総理の判断で15%に決まりました」

 そこまで減税にこだわる理由は今一つはっきりしないが、佐伯はいまや先輩の今井を飛び越え、安倍首相に政策を直訴できるといわれる。5G減税は、まさにその一例なのかもしれない。経済関係省庁幹部はかなり怒っていた。

「法人税減税に必要な財源の規模からすると、トータルで100億円ほどなのですが、やはり携帯電話業界に対する特別扱いといわれても仕方ありません。携帯電話会社はタダでさえ儲かっていて、いちばん恩恵を受ける最大手のNTTドコモなんかは4兆円規模の内部留保があるのですから」

 将来に備えた社会保障のために国民は消費増税に耐えろ、と言いながら、大企業は法人税減税でため込んだ蓄財を吐き出すどころか、さらに税金で稼がせてやろうとする――。5G減税はそう見えなくもない。

 経産内閣と呼ばれる第二次安倍政権で、経産官僚たちがアベノミクスを生み出し、推し進めてきたのは言を俟たない。その政策は功罪相半ばする。だが、8年目という長すぎる政権では、そろそろ彼らの弾がつきかけている。そして、度の過ぎる無茶な政策がたびたび顔を出すようになっている。

 政権が長くなり、権力が集中すればするほど、中枢の横暴が始まるのは、ある意味で世の常なのだろう。かたや頂点に立つ者は、腹心の知恵を借り、歴史に名を刻むまで、権力の座に居座ろうとする。だが、無策の権力者にとって、それは容易ではない。しょせんは傍にいる知恵袋たちが頼りなのだが、実はまわりにはそう優れた腹心がいない。政権は次第に馬脚をあらわし、足元が揺らぐ事態が増えていく。(敬称略)

(連載第7回)
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■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。
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