
【84-芸能】TikTokは中国が世界に放つアヘンか!?|吉田雄生
文・吉田雄生(アーティストプロデューサー)
小学生男子の将来つきたい職業・第1位
「新しい日常が当たり前」の時代がやってきた。従来の常識はあらゆる分野で通用しなくなっているが、メディアを取り巻く状況もまた日々変化している。かつて、イギリスのロックバンド、バグルズは『ラジオ・スターの悲劇(Video Killed the Radio Star)』で、MTVの登場で主役の座を奪われた「ラジオの悲劇」を表現した。今は YouTube が、テレビを舞台の隅へと追いやろうとしている。そのソーシャル・ネットワークの世界においてさえ、主役はコロコロ変わっている。そんな中、この1年で急速に伸びたソーシャル・メディアは、TikTok であろう。
TikTok は Douyin として2016年に中国で誕生したエンターテインメント・アプリである。中国で提供開始されるや、瞬く間に世界中に広がり、現在では150の国と地域で利用されている。2020年第1四半期のダウンロード数は全世界で実に3億1500万、「PokémonGO」がもっていた最高記録=3億800万を上回る数字をたたき出した。TikTok を運営する ByteDance(バイトダンス)の企業評価額は1000億ドルに達するという。
TikTok の最大の特徴は15秒の動画のコンテンツを次々と見られることである。使い方も簡単で、動画編集の技術やソフトを持たなくても、誰でも気軽に投稿できる。そのシンプルさが、若者たちの人気に火をつけた。自己承認欲求の強い若者たちは次々に動画を投稿し、見る側は指一本で画面を縦にスワイプさせることで、コンテンツをチェックできる。独自のリコメンド・アルゴリズムによって、自分にとって興味あるコンテンツが次々に出てくる。したがって、多くの興味が集まるコンテンツはあっという間に広がり、TikTok におけるスターになる――。
しばしば「ガラパゴス」という表現が使われるように、日本ではスマートフォンの普及が世界の先進国に比べてかなり遅かった。だが、2010年代後半になり、ようやくスマホが普及し始めると、若者たちはテレビを離れ、SNSやYouTube に夢中になった。テレビを観ないだけでなく、そもそも持っていない若者が急増した。YouTube は新しいエンターテインメントの発見の場所であり、そこから流行が発信されるようになった。HIKAKIN をはじめ YouTube のスターたちが、多額の収入を得るようになると、2019年の小学生男子の将来つきたい職業・第1位は、野球選手でもサッカー選手でもなく、YouTuber になった。
実は TikTok にはその YouTube 以上の中毒性がある。一度見始めたら、止まらない。歌ってみたり、踊ってみたり、癒してみたり、チャレンジしてみたり……15秒のコンテンツだから、次々に好きなものを探すことができる。
例えば「香水」という歌がある。「別に君を求めてないけど 横にいられると思い出す 君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ」という歌詞とメロディが何度も何度も繰り返し出てくる。本人のものもあれば、様々な人が歌ったり、真似したり、踊ってみたりする。いつの間にか「香水」は耳について離れなくなる。横浜のハンバーガー屋でアルバイトをしている瑛人という若者は TikTok だけで「時の人」となり、老舗の音楽テレビ番組に引っ張り凧となった。