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桂文珍×有働由美子 藤山寛美先生の一言が人生を変えた

news zeroメインキャスターの有働さんが“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、落語家の桂文珍さんです。

Zoom、メタバース、DX……100歳まで落語のネタは尽きまへん

有働 師匠と久しぶりにお会いできるのを楽しみにまいりました。

文珍 僕も! 何十年ぶりやろな。

有働 15年は超えていると思います。私がNHKに入局してから30年が経ちましたが。

文珍 その30年前、正月のお笑い番組でご一緒したんですよ。

有働 ああ! そうでした。

文珍 あの時、劇場で爆笑をお取りになった新人アナウンサーは有働さんだけでした。

有働 え、爆笑ありましたっけ。

文珍 そうですよ。何かおもろいことを言われたんですわ。

有働 緊張していたことしか覚えていない……。

文珍 懐かしいですね。その後、「おはよう日本」をおやりになって。その頃、番組から僕にオファーが来て「有働さんが出ている番組には出ないかんな」と思って行ったら、スーツが用意してあって、週5回、サラリーマンをテーマにした小話をしてくださいと言われて。要はイッセー尾形さんみたいな1人芝居を求められたんですけど、僕は経験がない。僕の落語を聞いたことがないディレクターさんのアイデアだったんです。

有働 そんな裏話が。

文珍 結局、NHKの茶室を借りて撮影したんですよ。

有働 用意されたスーツを着て?

文珍 いいえ、「落語はこうなんですよ」と着物に着替えて。その時やったのがウインドウズのネタです。

有働 窓際族の!

文珍 そうそう。「窓際で働いているのにウインドウズはないよな」と言ったら、あなたがスタジオでめちゃめちゃウケてくれました。

有働 そんな細かなことまで記憶されているんですね。

文珍 よう覚えていますわ。それを日本IBMの偉いさんが見ていて、社内の講演会に呼ばれたんですよ。ものすごく感度の高い人ばかりで、ザーッと笑ってサッと引くんです。情報処理が速い。

有働 さすがIBM(笑)。

文珍 有働さん、NHKを辞めてどうなさるのかなと思っていたら、ご活躍のほどを見せていただいて感動しています。「news zero」のメインキャスターになられてどれくらいですか。

有働 4年目に入っております。

文珍 このところ世情に大変な動きがあるからご苦労ですな。

文珍×有働

桂さんと有働さん
衣装協力:ダーマ・コレクション/アジュテ ア ケイ

契約金が上がるパターン

有働 師匠は、吉本興業を辞めてフリーになろうと思われたことはないんでしょうか。

文珍 いきなり、核心にツッコんでくるな。それが有働さんのええとこやね。1969年から会社にお世話になっているのでこういう言い方になりますが、僕より年上の社員の方は、もう相談役くらい。ただ、53年いてもやっぱり面白い。

有働 じゃあ辞めようとは……。

文珍 辞めようと思ったことは一度もないですね。ただ、前のマネジャーさんから「師匠はどうして吉本を辞めないんですか?」と言われたことがあるのよ。

有働 マネジャーさんなのに!?

文珍 面白いでしょう。それで辞めない理由を考えてみたら、1つは劇場があるということ。自分のやりたいものを表現できる場所があるということですね。もう1つは、仲間。面白い仲間がいっぱいいるという環境は、ちょっと代えがたいものがあります。

有働 たしかに。

文珍 サラリーマンの方が飲み会の3次会でやっと言い出すようなことを、いきなり話せる。「それ、あかんのちゃうん?」みたいなこと(笑)。そういう冗談を許し合い、多様性を昔から認めているのが寄席というところですよね。

有働 時代に先んじていますね。

文珍 そういう意味では、落語は、今風に言うとサステイナブルな伝統芸能なんです。アップデートもできるし、サステイナブルに後輩たちに伝えてもいけます。そういう場所と仲間が揃っているので、吉本を辞めることはないなと思います。

有働 だとすると、会社には文句なしですか。

文珍 文句を言おうかなと思った頃に契約金を上げてくるんですよ。

有働 さすがだな(笑)。阿吽の呼吸があるんですね。

文珍 そうなんです。半世紀以上もいるから50年契約みたいにしてくれたらありがたいんですけど、そうはしませんね。毎年契約更改があるんですよ。

有働 今もですか!?

文珍 今もです。

有働 絶対ないでしょうけど、来年切られるかもしれない可能性もあるってことですか。

文珍 もちろん。今日までそういう崖っぷちのような人生を綱渡りをしてまいりました。でもええお客さんがいてくれて、面白い噺をさせていただけるのは幸せですし、生きがいですわな。

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吉本興業「伝説の1日」

スー・チーさんが笑うとき

有働 師匠がこの世界に入られたきっかけは、大学時代に落語を見に行って、自分もやってみたら学生さんたちにウケて「いけるんちゃう」と思ったことだそうですね。お父さまに反対されながらも、そのままプロになられて。

文珍 そうです、そうです。

有働 そこから落語家、タレントとしてだけでなく、テレビのキャスターまで、多岐にわたるお仕事をされていたイメージがありますが。

文珍 たとえば報道番組でミャンマーに行き、自宅軟禁から解放された直後のアウン・サン・スー・チーさんに会いに行ったことがありましたね。「スー・チーさんはお笑いになることはあるんですか」とお伺いしたら、「『(軟禁状態の)私は何をやっているんだろう』と思って声を上げて笑うときがあります」とおっしゃったんです。自嘲というのか、自分のことを笑ってしまうと聞いて、人間はどんな状況でも笑いが必要なんだと。

有働 そうかも。また、スー・チーさんにその質問をした人は、世界で初めてだったでしょうね。

文珍 そうそう。カンボジアへ取材に行った時には、まだポル・ポト派の分子が残っていたので彼らにインタビューしてくれといわれたこともありますね。同行の報道の方は、相手を刺激してムカッとさせて本音を引き出そうとなさる。ところが僕の仕事は相手を機嫌よくする仕事じゃないですか。

有働 そうですよね。

文珍 相手はポル・ポトやし困ったなと思っているうちに、カメラさんは遠くから望遠で撮っていました。いつでも自分らは逃げられるようにって(笑)。

有働 「おいおい」と思いますね(笑)。でも今となっては得難い経験じゃないですか。

文珍 そうですね。報道の仕事ではできるだけ現場を見るようにしていましたし、多角的に物事を眺める訓練というか、勉強になりました。ただ、そういう仕事から落語の方にどんどん重点を移していきまして、やっと自分の芸ができ始めたのは、この10年以内のことですね。

「芸を身に付けとかんと」

有働 50歳を過ぎてからはテレビの仕事を削って落語一本に集中されていますよね。

文珍 そもそも、テレビというものの宿命として、出演者の寿命というか旬があるんですよ。ところが芸の世界というのはよくできていて、年齢を重ねないと描けない世界がある。独特の間合いなんかが、年齢とともにできるようになるんです。ある先輩は「息が切れてるだけちゃうか」と言うてますが(笑)。

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