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醜聞|中野信子「脳と美意識」
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醜聞|中野信子「脳と美意識」

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※本連載は第43回です。最初から読む方はこちら。

 昨年、新谷学さんにお会いする機会が何度かあった。泣く子も黙る週刊文春の元編集長であり、見るからにシャープで、新谷さんの鋭い眼光に射すくめられると、何もしていなくても「すみません」と頭を下げたくなってしまうような迫力を持った人である。現在は月刊の文藝春秋に移られ、編集長として新しい挑戦をはじめていらっしゃると伺っている。

 さて、醜聞はなぜ「醜」聞なのだろうか。

 スキャンダルという言葉はギリシア語のスカンダリオンが由来といわれる。つまずく、という意味の単語である。聖書にも登場する、躓きの石、ともかかわりのある表現であると考えられる。

 けれど、この語のどこにも、見たところ、醜という意味を持つ要素はない。日本語に訳されたときに、誰かが醜という文字を当てはめようと考えたのだろう。巧みな用語であると言えるし、日本独特の事情を表しているようでもある。

 広辞苑で「醜聞」を引くと「(人の行いについての)よくないうわさ。聞き苦しい評判。スキャンダル。臭聞」とある。「聞」はうわさ、評判という意味である。「醜」はよくない、聞き苦しい、ということを表すために使われた文字であるといえる。

 しかしなぜ、いわゆる醜聞的な記事が流れると、人々は、そこで報じられている内容を、よくない、聞き苦しい、と半ば自動的に判断するのだろう。私たちは、まったく面識のない誰かに対しても、社会的な規範を外れると、その人を罰したくなる性質を半ば生得的に持っている。こうした人間自身の持つ性質についても、醜い、と感じる人はいるだろうが、私たちはそこから逃れることはできない。わずかに抵抗できる余地があるとすれば、それは、私たちはそういう生き物であるから、自分でも気づかないうちに、無意識に自分を正義の側に置いたまま思考停止して、誰かを容赦なく攻撃してしまうことがあり得るのだ、と自覚すること以外にはないのではないだろうか。

 とはいえ、聞き苦しい、という割には、現実の人々の振る舞いはその言い分から乖離しているように見える。そのスキャンダルが聞き苦しければ聞き苦しいほど、その記事はより多くのPVを獲得し、その記事を掲載した雑誌も売れていくように思われる。人間の脳の中では、無意識に自分を正義の側に置いて誰かを攻撃することが、エンタメとして機能してしまうのだということを改めて思い知らされる。

 一方で、私の周りではちょっとびっくりするような声もある。複数の人から「『文春される』なんて、男の勲章だ」という言葉を聞いた。実際、本当に「文春される」事態になったとしたら、本人たちは慌てふためくのだろうとは思うが、面白い現象が起きているな、という感じはした。

 もちろん、週刊文春をはじめとした週刊誌等は、当然、これらを発行するのは営利企業であり、紙面が限られていることもあり、記事にするとしてもニュースバリューのある人物しか扱えない。つまり、記事化されるということは、それなりに世間の認知度が高く、認知度だけでいえば、記事化されることでさらに名前が広まるということにもなる。無名より悪名、を地でいくなら、これほど手っ取り早い手段もないかもしれない。

 丁寧に週刊文春の記事を見ると、文面としては、ただそこを指さしているのに過ぎないものがほとんどであることに気づく。もちろん、そこを指させば、大衆がどう反応するか、それを熟知した人がまとめているということにはなるのだろうが……。指さした人を責める向きもあるけれども、指さす人と、反応する側と、どちらにより多くの咎があるのだろうか。

★第44回を読む。

■中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者。東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。17年、著書『サイコパス』(文春新書)がベストセラーに。他の著書に『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)など。※この連載は隔週土曜日に配信します。

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