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【元警察官連続強盗殺人事件#2】理想の警察官の『罪と罰』|伝説の刑事「マル秘事件簿」

 警視庁捜査一課のエースとして、様々な重大事件を解決に導き、数々の警視総監賞を受賞した“伝説の刑事”と呼ばれる男がいる。
 大峯泰廣、72歳――。
 容疑者を自白に導く取り調べ術に長けた大峯は、数々の事件で特異な犯罪者たちと対峙してきた。「ロス事件(三浦和義事件)」「トリカブト保険金殺人事件」「宮崎勤事件」「地下鉄サリン事件」……。
 老境に入りつつある伝説の刑事は今、自らが対峙した数々の事件、そして犯人たちに思いを馳せている。そして、これまで語ってこなかった事件の記憶をゆっくりと語り始めた。/構成・赤石晋一郎(ジャーナリスト)

★前編(#1)はこちら

「しゃべらない」=「話すことがある」

「てめぇには一切しゃべらないからな!」

 澤地は血走った目で私を睨み付けた。

 その激情ぶりを見て、私は“落ちたも同然だ”と思った。

 澤地が自著で語っていたように否認し、遺体も出てこない状況が続けば逮捕は出来ない。ところが、澤地は激情に任せて「しゃべらない」と口走ってしまった。「しゃべらない」=「話すことがある」ということだ。つまり、犯行を認めたに等しい。

 素人だな、と私は心のなかで呟いた。斉藤警部補には軽く目配せをした。意図は刑事同士の暗黙の了解で伝わる。

「わかったよ。俺は席を外す」

 私は大げさな演技をして、取調べ室を出た。

 斉藤警部補は目を見つめながら、ゆっくりと澤地に問いかけた。

「大峯はもういない。どういうことか俺に話してみろよ」

 澤地は私とのやり取りについて、自著でこう回想している。

〈直ぐにでも自供して一日でも早く拘置所に移りたいと考えていた。(中略)とにかくあのひとことによって、全てを素直に自供しようと思っていた私の出鼻をくじかれてしまった〉

 しかし、この言葉は方便だろう。

 澤地は最初、否認を続けていた。素直に自供しようという素振りはなかったのだ。プライドが高い男だ。不自然な信仰心を突けば、プライドは揺さぶられるだろう、と私は計算していた。 

 こうした手法は取調べ術の定石でもある。ただ澤地は刑事経験がなく、それを知らなかった。だから落ちた。

 取調室から出てきた斉藤警部補は、私の肩を叩きこう声をかけてきた。

「全部、うたったぞ(自供したぞ)」

 澤地が自供した話はこうだ。

 犯行は澤地に加え、猪熊武雄、朴龍珠という男3人で行った。澤地は太田氏に『厚木に金持ちがいて宝石に興味を持っている』と商談を持ちかけ、池袋のサンシャイン・プリンスホテルで落ち合った。そして言葉巧みに山中湖にある猪熊の別荘まで連れ出した。

 猪熊が厚木の金持ち役を演じ、澤地と朴は仲介役を演じた。猪熊と太田氏が別荘で商談を行っている最中、澤地は立ち上がってこう叫ぶ。

「もう芝居は終わりだ」

 驚愕する太田氏を3人で押さえつけた。澤地は警察仕込みの柔道技(送り襟締め)で太田氏の首を締め上げ、絶命させた。太田氏が所持していた宝石を奪うと、別荘の床下に穴を掘り、遺体を埋めた――。

山中湖の別荘で遺体が見つからない

 澤地の自供を受け、捜査本部が設置された。

 刑事部長が特捜本部長、王子署長が副本部長という体制のもと、現場責任者は古賀管理官(警視)で、捜査の指揮を執るのが若林係長という布陣だった。

 捜査一課からは刑事が11名(内デスク4人)が投入された。所轄からも私たち強行犯捜査係3人、刑事課の刑事、他部署にいる刑事経験者が動員される形で11名が捜査員として集められた。暴力団情報を提供してくれた築地署の刑事も招集された。捜査本部はおよそ34~35名の体制となった。

 澤地は「強盗殺人」で緊急逮捕されていた。だが、この逮捕が後に小さな混乱を呼ぶことになる。

 普通であればまず現場で遺体を確認してから、まず「死体遺棄」で逮捕する。そうすれば死体遺棄で20日、その後に強盗殺人で再逮捕して20日と、計40日間の拘留期間が取れる。大きな事件であれば十分な捜査期間が必要だ。

 ところが、澤地の場合は、先に強盗殺人で逮捕してしまったので20日しかリミットがない。

 自供から数日後、我々は山中湖に現場検証に行った。自供があるので遺体が出るものと確信し葬儀社も同行させていた。

 ところが供述通り床下をいくら掘り起こしても遺体が出てこない。ただ、土には腐敗臭が染みついており、髪の毛も混じっていた。かつて遺体が埋まっていたことだけは間違いなさそうだった。

 澤地はポツリとこう呟いた。

「猪熊のヤツ、遺体を移したな」

 共犯者の猪熊によって、遺体が持ち去れていたのだ。

 24日の新聞に澤地逮捕の報が出た。それを見た猪熊は慌てて遺体を掘り返し、行方をくらましていたのである。

迫るタイムリミット

 捜査員たちは焦りを感じた。

 先に述べたように、私たちは既に強盗殺人で澤地をパクっていた。20日以内に太田氏の遺体を探しあてないと立件が困難になる。

 幸い10日ほどして、関係者宅にいた猪熊が逮捕された。猪熊から「神奈川県の山林に遺体を捨てた」との供述を得て、無事に遺体を確認することが出来た。

 今振り返っても、ギリギリの展開だったな、と冷や汗が出る。

 山中湖の別荘には3つの穴が掘ってあった。澤地と猪熊は連続して強盗殺人を犯していたのだ。

 もう一人の被害者は桑野ミツさんという上尾の金融業者だった。澤地には警察官の息子がいた。息子名義で、桑野さんからお金を借りていたのだ。しかし返済が滞り、桑野さんは息子が勤務する神田署まで取り立てに行っていたという。

 澤地は桑野さんの行動に怒り、殺害を計画するようになったのだ。

 2度目の犯行は澤地と猪熊の2人で共謀した。手口は前回と同じように架空の儲け話を持ちかけ、カネを用意させて殺害するというものだ。

 まず澤地は千葉県の土地を担保に融資を受ける話を持ちかけ、桑野さんを誘い出した。もちろん土地の話はでっちあげ。今で言えば地面師のような手口である。車に乗せた桑野さんに澤地は襲いかかり、ロープで首を絞めて殺害した。

 この事件でいちばん印象に残っているのが、その後のやり取りだった。

 澤地らが車を走らせていると、かすかにうめき声が聞こえたという。慌ててトランクを空けると桑野さんがパッと目を開き、「橋本さん何をするの?」と問いかけたというのだ。彼女は気を失っていただけで、トランクのなかで蘇生していたのだ。澤地は「往生際の悪い婆さんだな」といい、首を締め上げ絶命させたという。

 遺体は再び山中湖の別荘に運び込まれた。桑野さんが持参していた現金2000万円を奪った後、澤地らは遺体を別荘の床下に埋めた。さらに犯行後には上尾の桑野さんの自宅に侵入し、金目のモノを物色した。これは、カモフラージュの為に、物取りの犯行に見せかけた可能性が高い。

指を一本落とした半グレ

 澤地が太田氏から奪った3000万円相当の宝石の売り捌き先は、暴力団や右翼などの裏ルートだった。しかし足元を見られて買い叩かれ、売価は700~800万円ほどだったという。桑野さんから奪った現金を合わせても澤地が手にした金は3000万円前後だったはずだ。

 その金を借金返済に充てようとしていた。澤地は金融機関だけではなく、警察官時代の元同僚、元上司、元部下など手当たり次第に金を借りていた。借金に追われ、金も尽きて追い込まれていた。警察官を辞め、新宿に居酒屋を開き華麗なる転身を図った澤地だったが、世間の風は想像以上に厳しかったということなのだろう。

 澤地は指を一本落としている。暴力団に不義理して詰めたのだという。もはや“”半グレ“と言っても過言ではない転落ぶりだった。 

 つまり、狂った歯車を止める術として強盗殺人を選んだのだった。しかも、偶発的な犯行ではなく計画的な犯行。もはや元警察官という“誇り”はそこにはなかった。人間は切羽詰まると、こうも倫理観を失ってしまうものかと虚しい気持ちにかられた。

 山中湖の別荘には3つの穴が掘られていた。

 残された一つの穴は、まだ使われていなかった。

「共犯の猪熊を殺して口を塞ぐつもりでした。そうすれば犯行が露見することはないと思ってました」

 澤地はこう供述した。自らの借金の為に2人も人を殺め、さらに共犯者まで殺そうと計画していたというのだから冷酷極まりない。

 捜査を終えて、澤地は起訴された。

 王子署の講堂に捜査員が集められ、ささやかなながら「起訴祝い」が開かれた。警視庁捜査一課長も駆けつけ、みなの労を労ってくれた。

 私はビールを片手に感慨にふけった。

(たった3人の刑事で始めた捜査で、ここまでこぎ着けることが出来た)

「ご苦労さん」

 わが王子署強行犯捜査係のメンバーである田中巡査長、楠本巡査部長と細やかな祝杯をあげた。

 澤地は93年に一、二審で出た死刑判決に対する上告を取り下げ、死刑が確定した。神田署に勤務していた澤地の息子は、依願退職を薦められ警察官を辞することになった。

 元警察官による連続強盗殺人事件はこうして幕を閉じた。

ドストエフスキーを読んで入信した心理

 事件後、元警察官を取調べることにやりにくさは感じなかったのかとよく聞かれた。まったくなかったというのが正直なところだ。私にとっては容疑者でしかなく、犯行の経緯にも同情すべきところはなかった。

 澤地は供述調書の中で犯罪に及んだ心理をこう振り返っている。

〈私はこのころドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいます。私がこの度犯した二件の強盗殺人事件の背景には、経済的破綻ということが根本原因であることは明確であります。しかし、実際に犯行に及ぶまでのプロセスのなかに、この『罪と罰』の主人公、ラスコーリニコフの犯罪哲学が、私に心理的影響を与えたことは見逃すわけにはいきません。

 この犯罪哲学を一口で申しますと『一つの微細な罪が百の善行に償われる』という、いわば犯罪容認論であると思います。すなわち彼は「高利貸しの老婆を殺害して、その私財を有効に転用しよう」という計画を立てるわけであります。私がこの本を読んで自分のなかに密かな犯罪心理が芽生えたのが、昭和59年6月ころでありました〉

 いくら読んでも共感できない論理だった。常に何か言い訳を探していたようにしか見えなかった。

 澤地は『罪と罰』を読んだ翌7月に宗教に入信した。犯罪心理が芽生えた直後である。供述調書で語った犯行心理との辻褄も合わない。やはり私が澤地に突きつけた「お前の信心はカムフラージュだ」という言葉は、真実だったのだろう。

 澤地が守りたかったのは己のプライドだけ、ではなかったのか。

 借金に悩むなら単純に「自己破産」をすれば良かったのだ。そうすれば直ぐに悩みから解放されたはずだ。しかし、元同僚から借りた金は踏み倒せないという小さなプライドが自己破産という選択肢を許さず、澤地を凶行へと走らせた。

 “理想の警察官”と呼ばれた男の、悲しすぎる転落劇だった。

(完)

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