小説「観月 KANGETSU」#43 麻生幾
第43話
合同捜査(3)
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「もちろん。オニマサがどれだけの方かは警視庁でも鳴り響いています」
萩原の表情が初めて緩んだ。
だが正木の表情は依然としてまったく変わらなかった。
「わかりました」
そう言って深く頷いた正木が身を乗り出した。
「では、さっそくながら──。まずは、事件概要書、今回、お持ちですか?」
正木が訊いた。
「ええ、交換しましょう」
涼と砂川が立ち上がって、それぞれから数枚の書類を受け取った。
「こちらからお尋ねしてえことがあります。よろしいか?」
真っ先に本題に入ったのは正木だった。
「電話の件ですね?」
萩原のその言葉に、正木の目が大きく見開かれた。
萩原は隣に座る砂川に目配せした。
「その記録とは、真田和彦名義の携帯電話からの発信のもので、架電先は、熊坂洋平が営むパン屋の代表番号です」
砂川は滑舌(かつぜつ)良く説明した。
涼は慌ててメモ帳にペンを走らせた。
砂川が続けた。
「残存する1年間の発信歴のうち、その発信があったのは、真田和彦が殺される前の3週間のみ、計32回。うち、11回は、熊坂洋平の妻、久美が殺された翌日、さらに6回はその翌々日の架電です」
「最長の架電時間はいつんもんです?」
正木が訊いた。
「熊坂久美が殺された翌日に架電された、1時間27分です」
応えたのは砂川だった。
「こちらからも1つ、お伺いしたい。熊坂洋平の携帯電話や店の電話の記録はすでに?」
萩原が訊いた。
今度は、正木が涼へと視線を送った。
「もちろん入手しています」
胸を張るようにした涼が続けた。
「熊坂洋平が使用しちょんのは、妻、久美名義ですが、あらためて確認しましたが、いずれにしてん、真田和彦への架電はありません」
正木が続けた。
「それと、さきほど仰っちょった中での、もう1つ、真田和彦が、9月30日、大分に行っちょん、そのことについてお聞きしたい」
「それについても私から──」
砂川はそう言ってメモ帳に目を落とした。
「それを最初に知ったのは、真田和彦の自宅に行った時、自室にあったカレンダーのその日付に、大分行き、の記述があったからです。で、搭乗記録にも真田和彦の名前が残っていた上に、羽田空港で搭乗者を写した防犯カメラの映像にもその姿が記録されていました」
「ちなみに、真田和彦はその日の最終便で東京に戻っています」
萩原が付け加えた。
「大分空港からの交通手段は?」
正木が訊いた。
「空港に支店があるレンタカー会社やタクシー会社にも捜査本部の別の班が一斉照会しましたがいずれもナシ。バスを使ったようです」
さっきから硬い表情を崩さない砂川が説明した。
「真田和彦の妻は……これによれば、恭子、ですか──」
正木は、警視庁の事件概要書に目を落としながら言った。
「こん恭子は、それらのことについち、何ち言ってるんです?」
正木が尋ねた。
「それがですね、熊坂洋平については何も分からないし、夫からもその名を聞かされたこともないと。真田和彦が熊坂洋平に頻繁に電話をしていた理由についても思い当たることはない、と供述しています。また、大分へ行ったことも初耳だと言って驚いた顔をしていました」
それを答えたのは萩原だった。
「しかし、こん概要書の二枚目にあるチャート(人物相関図)によれば、真田恭子は、大分県出身とあるけんど──」
「杵築には行ったこともないし、知り合いもいない、そう言っています」
「ただ──」
砂川がポツリと言った。
(続く)
★第44話を読む。
■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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